静かな決着
「悪いな。お前らがそのうちここに来るんじゃないかと思って、俺はここ最近、この研究所に入り浸りだったんだ。そしたら、ノリのやつが来たからな。俺がいたんじゃあ話の邪魔になるだろうと思って、こっそり話を聞かせてもらっていたら、お前たちがやってきた」
「だから、僕たちの話も盗み聞きしていたわけですか」
僕は冗談交じりに言った。一先ず命の危険が去り、キタガミさんも無事だったことで、気が緩んでいた。
「ああ、資料室のドアの前で聞かせてもらっていた。そうしたら、どうにもノリの様子が普通じゃなさそうだったんでな。こっそりドアを開けて、様子を伺ってたんだ。気づかなかったのか?」
「まったく気づきませんでした。この研究所は、音が響きませんから」
「まあ、お前はそうだろうな、俺に背を向けてたわけだし。ノリのほうも……タツの後ろにいる人間のことまで、気にしていられるような精神状態ではなかったか」
キタガミさんは落ち着いていた。防刃チョッキを着ているとはいえ、ナイフの前に立ちはだかるのは相当な勇気を必要とするはずだが、そんな様子はおくびにも出さなかった。おかげで、僕も昂ぶりかけていた気持ちが落ち着いていく。
「ノリ、お前にゃ俺を殺すことはできねえ。力の面じゃねえ、心の面で、だ。諦めろ」
唯一の武器を奪われたノリは、力が抜けた様子でそのままリノリウムの床にへたり込んだ。心の武器さえも、すべて奪われたという様子だった。
「……少し休んでろ、ノリ。俺はタツと話がある。そこの二人、ノリを頼めるか。安心しろ、武器は俺が持ってるし、こいつはもう暴れやしねえよ」
いきなり自分たちに話の矛先が向いて、伊東さんと実さんは驚いた様子だったが、すぐに真剣な表情で頷いた。
それから僕はキタガミさんと一緒に、最初に訪れた休憩室へと移動した。キタガミさんが奥の席に座り、僕は手前に座る。
「……タツ。お前はまだ、俺を憎んでいるか?」
静かな低い声で、キタガミさんが切り出した。憎んでいる。どうなのだろうか。そもそもキタガミさんと決別したのは、キタガミさんのことが信じられなくなったからだった。今や、キタガミさんが僕に隠していることは、何もないと言えるだろう。それでもなお、僕はキタガミさんを憎んでいるのか。
「……正直、分かりません。タツのことも、母のことも、父のことも、キタガミさんのことも、自分自身のことも。初めて知ったことばかりで、僕は、どう受け止めたらいいのか」
僕は今回のことを――母の死、父の研究、クローンとして生まれ育った自分自身にまつわるすべてを――世間に公表しようと本気で思った。それは本心だ。ただその理由は、正義感や使命感というよりは、僕が僕自身のことを受け止めたいという気持ちが強いような気がしていた。世間から、どんな反応が返ってくるのか。僕やノリはどんな立場になり、どのように扱われるのか。それを見て、僕は僕なりに今を受け止めて、自分の身の置き方を考えたいのかもしれない。ノリのクローンとしてではなく、タツというひとつの知的生命体として。




