立ち塞がる影
「ノリ、自棄になるな。僕たちの未来を、もう一度ちゃんと考えよう。僕も一緒に背負うから」
「そんな綺麗事、聞きたくないんだよ! 死ね!」
ナイフを持ったまま、ノリが突進してくる。僕のポケットには、まだキタガミさんから貰ったサバイバルナイフが入っている。しかし取る気にはならなかった。ノリを刺すなんて、できない。
なら、どうするのか。このまま大人しく刺されるのか。逃げる? でも、こんな狭い資料室で、いったいどこへ……。
思考が研ぎ澄まされているのが分かる。時間がスローモーションのように流れている。気持ちは冷静なのに、どうするべきか分からなくて、行動に移すことができない。
そんな僕の前に、ひとつの影が音もなく現れ、視界を阻んだ。
もう二度と会うことはないと思っていた人。
僕の前に立ち塞がったのは、キタガミさんだった。
ノリも驚いた様子で、刃を突き立てたまま呆然としている。
僕は我に返り、慌てて叫んだ。
「きゅ、救急車! いや、その前に……止血? 何か包帯代わりになるようなもの……」
「落ち着け、タツ」
キタガミさんは振り返ると、宥めるようにそう言った。声色は落ち着いていて、苦痛の色は感じられない。胸にはナイフが突き立っているが、出血はない。ナイフを抜いたら血がどばどばと流れ出てくるのではないかと怖くなったが、そんな僕の不安をよそにキタガミさんはするりとナイフを抜いた。ナイフにこびりついているのは、赤黒い血液。しかしそれは最近の、少なくとも今キタガミさんから出たものではない。古い血痕だ。
怪我を、していない?
キタガミさんが、着ていたデニム生地のジャケットの前ボタンを開けた。ジャケットの下に、キタガミさんは黒いチョッキを着ていた。ナイフの傷がついている。
「防刃チョッキだ。仕事柄、危ない目に遭うこともあるかもしれねえからな。念の為、いつも着るようにしてるんだ。とはいえ安物だから、本気でナイフを突き立てられりゃあ、無傷というわけにはいかなかっただろうが。……どうやらそういうわけじゃなかったようで、助かった」
キタガミさんはノリのほうを見て、そう言った。表情は見えないが、穏やかな声色だ。
「……キタガミ……さん」
ノリは茫然自失といった様子で、ただそれだけ、言った。
「久しぶりだな、ノリ。ずいぶん懐かしい気がするぜ」
「……どうして……いつからここに」
「ずっと前からよ。あなたたちがここに来る前から」
代わりに答えたのは、実さんだった。




