ナイフ
「いいですね? 叔母さん。叔母さんも、捕まることになると思いますけど……」
実さんは驚いた様子で固まっていたが、呼ばれたことで我に返ったらしく、ハッとした様子で真剣な表情に戻り、僕の言葉の意味を噛み砕くように目を光らせた。
「……ええ。他でもないタツくんがそう言うなら、私に止める権利はないわ。それに私は……実は、前からそうしたかったんじゃないかと思うの。疲れた気持ちと、タツくんたちのことを想う気持ちと、文昭さんに対する気持ちの板挟みになってた」
実さんは少しの沈黙のあと、決然として言った。それは、世の中すべてへの宣言のように思えた。
「もう終わりにしましょう。……何もかも」
「ふざけんな!」
しみじみとした空気を引き裂いたのは、劈くようなノリの声だった。研究所の冷たい壁にノリの声が吸収されていくような気がする。この研究所は声が響かない。どれだけノリが叫んでも、外に聞こえることはないのだ。良いことのはずだが、今の僕にはどうにもそれが寂しいことのように思えた。
「僕を抜いて勝手に決めるな! 僕はそんなの許さない。もう僕は、止まれないんだ。引き返せない!」
「だったら、どうするつもりなの?」
ノリがポケットから何かを取り出した。鈍く光る金属。サバイバルナイフだ。血がべっとりと付着している。
「そのナイフは……」
「……母さんが持ってたものだ。職業柄、危ない目にも遭うから護身用だって。その護身用を奪われてちゃ、世話ないけどな」
「……それくらい、心を許していたのかもしれないね」
伊東さんがぼそりと呟いた。言うつもりはなかったが言ってしまったという感じだった。案の定、ノリは目を剥いて伊東さんを睨みつける。伊東さんは少し怯んだ様子を見せたが、すぐにノリの目を見つめ返した。
「私は、君と君のお母さんのことをすべて聞いたわけではない。殺害に至るまで、君にしか分からない苦悩があったんだろう。君たちをずっと放っておいたのも、君たちを心から愛さなかったのも、親として最低だと思うよ。自分の生活が苦しくなって、そうなってから初めて子に頼るのは、身勝手な話だろう。でも君のお母さんは、護身用の武器を携帯するほど慎重だったのに、君には……」
「うるさい! そんなの、僕を見下していただけだ。心を許していた? そんなわけあるものか!」
「……私には、分からない。君がそう思うなら、正しいのは君のほうなのかもしれない。出過ぎた真似をしたね」
伊東さんは肩をすくめ、大人しく引き下がった。しかしその態度が、さらに火に油を注いでしまったようだった。
「僕はタツを殺す。そして自分も死ぬ。邪魔するなら、お前たちも殺す」




