人生を懸けるに値するもの
「……嘘だ」
実さんの話が終わり、重い沈黙が訪れた。それぞれの中で、内容を整理し、考えている。そんな間だった。
沈黙を破ったのは、呻くようなノリの声だった。
「嘘だ。僕が外に出られるよう、準備をしていた? そんなわけがない……父さんは、僕のことなんか嫌いだったはずだ!」
一人称が僕に戻っている。やはり無理をしていたのだ、と思う。一番、残虐な遺伝子を信じていたのは、そんなものが存在すると信じたかったのは、他ならぬノリだったのだ。
残虐な遺伝子があるから、自分は虐げられた。残虐な遺伝子があるから、母を殺すことができた。母が殺されるに至ったのは、親の責任を放棄し、自分を閉じ込めようとした父のせいだ。
残虐な遺伝子という、意思がなく、自分ではどうしようもできないもの。父という、既にこの世にいない、物言わぬ存在。
それらのせいにしてしまうことが、一番楽なのだ。間違いなく、自分は被害者でいられるから。
そんなノリを駄目だとか、醜いとかはまったく思わない。自分を守るために必要なことだったのだと思うからだ。
僕には想像することしかできない。クローンだから仕方ないと諦めてきた人並みの人生を、実はクローンに奪われていたと知り、激昂し、実の母を殺害した、ノリの心情を。強がれば強がるほど、痛々しく見えるそのボロボロの心を。
でも僕は、他の人と比べれば、想像することができるはずだ。だって僕は、ノリから生まれた。
「……ノリ。嘘かどうかは、すぐに分かるよ。……そうですね? 実さん」
「……ええ」
実さんが頷く。
「奥の資料室に案内するわ。本当は、私と文昭さん以外は入ってはいけないんだけど……まあ、そんなことは今更ね。タツくんとノリくん、それから優さんに関する研究の資料や……文昭さんが一生を懸けて遺そうとした、ノリくんのためのマニュアルも、そこにある。結局、完成させることはできなかったけど……」
実さんの視線が空中を漂う。どこか遠くを見ているようだ。最後まで成し遂げることができなかった父のことを――愛しい人のことを、想っているのかもしれない。
「見てもらえれば、分かると思う。文昭さんは、本当に……あなたたちを愛していた。私にとっては、恋敵みたいなものなのよ、実際。文昭さんが、あなたたちのことなんてどうでもいいと思っていたら、私は文昭さんと一緒になれたはずだもの」
冗談めかした調子ではあるが、嘘というわけでもなさそうだ。実さんは、それこそ人生を懸けて、城戸文昭という人を愛したのだ。
実さんが人生を懸けて愛した城戸文昭が、人生を懸けて遺そうとしたもの。
僕には、そのすべてを見届ける使命がある。




