表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
79/95

実と文昭 その三

 やり残したこと。それは、タツくんとノリくんに関する研究データをまとめることだった。具体的には、体調を崩した際にノリくんに投与する薬や、異常が見られたときのためのマニュアル、万が一、タツくんに眠る凶暴な遺伝子が暴走したときの沈静化の方法や、各方への根回しのやり方などだ。

 まとめるべきことはあまりにも多く、既存のマニュアルなども当然なかったため、作業はかなり難航した。私も手伝ったけれど、私にできることはやはり、そう多くなかった。

 文昭さんは時折、胸に手を当て、苦しそうにするようになった。少し歩いただけで息切れを起こすようになり、目の焦点が合わずふらふらと歩くことも多かった。

 私は心配し、休むように言ったけれど、文昭さんは断固として聞き入れなかった。そこには強い決意を感じられた。

 そんなある日のことだった。いつもは私が先に来て、研究の準備や資料の整理などをしてから文昭さんを迎えるのだが、その日は文昭さんのほうが先に来ていた。

 資料室の真ん中で、膝を折り蹲っていた。駆け寄ろうとしたが、囈言のような、呻くような声が聞こえて、思わず立ち止まった。

「死ねない……まだ……」

 それは私の脳の奥底まで届くような、あまりにも切実な声だった。

「まだ……死ねない。僕は……ノリを……外で暮らせるようにしてやらないと……タツと……ノリが……それぞれで……独立した、人間として……法の目を掻い潜りながら……ああ、いっそ……僕が法を変えられれば……僕にそれだけの力と……時間があれば……」

 文昭さんは、体調が悪くて蹲っているのではなかった。己に言い聞かせているのだ。もう満身創痍な身体を、今日も動かすために。きっと私が気づかなかっただけで、文昭さんは何度も何度も、儀式的にその言葉を繰り返していたに違いない。確かめたわけではないが、きっとそうだ、という確信があった。文昭さんの言葉には、何度も何度も同じことを言ったような、擦り減った重みがあったからだ。

 私はしばらくその場に立ち尽くし、文昭さんの言葉を噛み締めていた。私はあの日、文昭さんの研究を手伝うと言った。文昭さんを、愛したから。

 しかしそれは、文昭さんのすべてを、文昭さんが亡くなったあとも背負い続けるという、あまりにも重い運命の始まりでもあった。

 だけど私は、後悔していない。それだけの恋を、あの人にした。

 文昭さんが噛み締め、誓い、祈り続けたものを、私が守る。

 たとえそれが、法に反していても。タツくんやノリくんのためには、結局、ならなかったとしても。

 それが私の使命で、生きる意味なのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ