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もうひとつの実験

「被験者って……どういうことなんですか?」

「記憶を消されているんでしょうか。あるいは、覚えていないうちに被験者にされたのか……。息子にも、ちゃんと訊いておけばよかったですね」

「息子さんに訊ねなかったのは、どうしてですか?」

 伊東さんは僕が息子さんと同じ被験者であると信じて疑っていないようだが、ひとまずそのことは置いておくことにする。

「訊ねられなかったんです。息子は、いきなり心筋梗塞を起こして亡くなりました。私に何も告げないまま。持病も何もなかったのに、いきなりです。息子に行われた実験が、何か関係していることは明らかです」

 僕は言葉を失った。キタガミさんが行った実験で、息子さんが亡くなった? もし僕も伊東さんの言うとおり同じ実験の被害者だとするなら、常に急死のリスクを抱えているということではないか。それに、キタガミさんが関わっている実験というものが存在するなら、それにはおそらく父が一枚噛んでいるはずだ……。

「もちろん、息子がそうだったからといって、あなたも同じように、その、命を落とすと決まったわけではありませんが、リスクとしてあることは知っていただきたいと思いまして」

「……その実験というのは、そもそもなんなんです?」

 伊東さんは唾を飲み込むと、ゆっくりと言った。

「……とても、とても恐ろしい実験です。正気の沙汰ではありません。ヒトの遺伝子を、都合のいいようにつくり変えてしまうのです」

「……なんですって? どういうことですか?」

 てっきり、クローン研究のための被験体となり、身体に何らかの異常を来して亡くなった、という話かと思っていたが、どうやら違うようだ。遺伝子をつくり変えるとはどういうことなのだろう?

「つくり変えるとは言いましたが、具体的に何をどういうふうにしているのかは、私には分かりません。ただ、遺伝子をいじくり、性格をつくり変えていることは確かです。白鷺組は、自分の組にとって都合のいい、素直に何でも言うことを聞き、なんの恐れも抱かず組のために平然と死ぬことができる、そんな使い捨ての兵隊が欲しかったようなんです」

「息子さんが、そんな研究の被験者になったということですか? というか……遺伝子をいじって、性格がそこまで変わるんでしょうか?」

「遺伝子は、人の性格の半分以上を決定していると言われています。もちろん、環境によるところも大きいのですが」

「それでも……遺伝子をいじって性格を変えてしまうというのは、にわかには信じがたいですね」

「私もそう思っていましたが、北神を探れば探るほど、本気でそんな研究をやっていたという情報が山ほど出てくるんですよ。北神はただの医者で、研究者ではありませんから、誰か協力者がいたはずですが、そこまでは突き止められませんでした」

 キタガミさんは、父の他にも誰かの研究を手伝っていたのだろうか。

 あるいは、父が人の性格をつくり変えてしまうという恐ろしい研究を……?

 いや、クローン研究とどちらが恐ろしいのかなんて、分かったものではない。どちらも倫理に反するものだ。僕は、麻痺してきているのかもしれない。

「息子はその実験の被験者となり、そして、失敗したんです。素直で優しい性格にはなりましたが、身体が何らかの異常を起こして、突然死してしまったのでしょう」

「そう、なのですか……」

 伊東さんが、真剣な表情で僕の目を見る。

「あなたは、北神の実験の被験者だったのでしょう。思い出してください。北神の健康診断とやらに、不審な点はありませんでしたか?」

 僕はクローン研究のことを言うべきかどうか、しばし迷った。僕は伊東さんの思っているような被験者とは違う。

 クローン研究を、他人に打ち明けるのは当然だが初めてのことだった。世間に知られたら、僕もノリも当たり前に暮らすことができなくなるのは分かりきっていたからだ。

 けれども、伊東さんは信用できる、そんな気がした。伊東さんには、息子さんを喪った後悔と、強い復讐心がある。しかし、それと同時に、前に進みたい、他の犠牲者を出したくないという気持ちも確かにあるように思える。

 キタガミさんのことも確かに信頼しているから、キタガミさんを悪く思っている人に情報を与えるのは後ろめたさもあるが、僕にとっても伊東さんにとっても、真相を突き止めることはプラスになるはずだ。キタガミさんを知ることは、きっと、僕自身を、そして父を知ることにも繋がる。

 僕はひとつ息を吸うと、静かに言った。

「伊東さん。僕は、あなたの言う実験の被験者ではありません。ただし、別の研究に関係しています。そしてそれは、もしかしたら、性格をつくり変える研究と繋がっているのかもしれません」

「別の研究……ですか?」

 想像もしていなかった返事らしく、伊東さんは目を丸くした。

「はい。これから話すことは、絶対に他言はしないと約束してください」

 僕がそう言うと、伊東さんは真剣な表情になって頷いた。

「もちろんです。私の話も、他言は無用でお願いします。マスコミに洗いざらいぶちまけて白鷺組を破壊するのは、私の役目ですから」

「分かりました」

 僕は深く頷いた。

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