ターゲット
リビングのテーブルに、僕と伊東さんは向かい合って座った。少し前まではリビングにいるだけで何かに見られているような恐ろしい思いに駆られていたものだが、今ではすっかり慣れてしまった。流れた時間はそう長くはないものの、物事が急激に動きすぎたのだ。
家と職場はそう離れていないものの、帰宅しキタガミさんと連絡を取り、会って話をして、別れて、とするまでにそれなりの時間は経過している。時刻は二十二時をまわり、外はすっかり暗くなっていた。
一応、最低限の礼儀としてお茶は出したが、どちらも口をつけようとはしなかった。それもそうである。むしろお茶など出さないほうが自然だったかもしれない。
「まず、あなたのお名前を聞かせていただいてもよろしいでしょうか。私の名前は知っているのに、あなたは名前を明かさないというのは、フェアじゃないでしょう」
僕は頷いた。もとより彼に身分を隠すつもりはない。
「僕は、城戸辰徳といいます」
僕が名乗ると、伊東さんは驚いたように目を見開いた。
「城戸? 北神でなく?」
今度は僕が驚く番だった。
「あの、どうしてそこでキタガミさんが? キタガミさんをご存知なんですか?」
伊東さんは頷く。
「ええ。私は、北神悠次を追っていたんです。やたらとここに出入りしているようだったから、ここにはきっとご家族が住んでいるのだろうと思っていたのですが」
僕は唖然とした。てっきり僕は、自分が見張られているものだとばかり思っていた。見張っていたのがまさかキタガミさんのほうだったとは。キタガミさんも、自分が見張られているとは思っていない様子だったし。
「キタガミさんを……?」
「……あなたは、北神の素性については、ご存知ですか?」
伊東さんは緊張した面持ちで、ゆっくりとそう言った。僕とキタガミさんの関係が分からない以上、暴力団のことを明かしていいものかと悩んでいるのだろう。
「はい。キタガミさんは白鷺組に雇われている闇医者ですよね。僕はわけあって、キタガミさんに健康診断をしてもらっているんです」
してもらっているというより、されているというほうが正しいのだろうが、どうしてもキタガミさんを悪く言う気にはなれなかった。
「なんですって……? じゃああなたも、被害者側だったということですか」
「被害者側?」
どういうことだろう。
「私が北神を追うようになったそもそもの理由は、息子が北神の被害者だったからなんです。おそらく、あなたと同じです」
「ちょっと待ってください。話がよく……」
「もちろん、北神からあなたが本当の話を聞いているわけはないでしょう。分かりました。あなたを信じて、私の知っていることをお話しします」
伊東さんの目から僕に対する敵意が消え、代わりに憐憫の色が現れた。僕と息子を重ねているようだ。
有無を言わさず、伊東さんは語り始めた。




