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河童様  作者: なぁ恋
産み女神
60/70

 

「その地の呼び名は“冥土(めいど)”と言い……イザナミ様の居られる黄泉の国は、現在は“地獄”と呼ばれる様になっています」


菊理媛は正直に包み隠さず話して聞かせた。

菊理媛は神に仕える巫女で在ったからそれは当たり前の事。

イザナミが知りたがったから応えたまで。


イザナミは更に訊く。


「“地獄”とは何ぞ?」


少しの戸惑いを見せた菊理媛が、それでも答える。


「一度堕ちれば二度とは戻れぬ場所。

罪を犯した者が堕ちる所」



理不尽だと涙が零れる。

それともそれは真実?



「今の世界はどうなっている?」


神人(かみびと)の国と、徒人(ただびと)の国と、妖人(あやかしびと)の国とに別れて居ります。

神人の国は天に在り、今はもう殆ど姿を見せません。イザナギを神を殺めた徒人に見切りをつけた結果、最初の神々と同様に姿を隠す事にしたみたいです」


兄弟神以外の全ての母で在るイザナミは、それでも徒人への愛情が消えないのを自覚する。

妖人については何とも言い難い複雑な思いがあった。


何故なら、イザナミが死する時に流した涙や血、痛みや苦しみ、その他諸々の汚物から産まれたのが妖人達だ。


産まれた時の、その状態と性質を受け継ぐものだ。

 

 

 

徒人はイザナギとの楽しく幸せな日々から産まれ、反対に妖人は苦しみや痛みから産まれた負の存在。


徒人は兎も角も、妖人は前の存在を憎んでいるに違いなかった。


「イザナギ様の身を持って造った冥土で徒人達は“輪廻”する事に納得し、死を受け入れたのです」


「妖人の者は?」


菊理媛は即座に答える。


「納得しませんでした。

イザナミ様からのみ産まれ出た存在だからその言霊には捕らえられない。と、更に、死ぬ運命を受け入れた徒人達を機会があれば喰おうとしました」


目に浮かぶ様だとイザナミは溜め息を吐いた。


何故なら今尚、躰に巣食う雷達はイザナミの肉を喰うて居た。


それは母乳をねだる赤子の様でイザナミも拒まずに居た。

何故なら、死者であるイザナミの躰は黄泉の国の特徴か、一日経てば元に戻って居たから。

それでも喰われる事は痛みを伴う。


どんな産まれにせよ、愛しい我が子だから耐えられた。


だが、徒人と妖人の関係はそんな思い等有る筈も無く、産まれの違いから、


徒人は慈しみ護られ育ったゆえに力無く。


妖人は孤独に戦い育ち、単体から産まれた事で神に近い能力を持って居た。



その力の差から手に取る様に想像出来た。


千人の死者の中にはそういった死に方をした者も少なくはないだろう。

 

 

 

それに、徒人の内面に在る“魂”は、イザナギ、イザナミの力の欠片。

それを摂取する事で妖人の力が増すのだと憶測出来た。


「“冥土”はどうなっている?」


「まだ不安定です。

妖人も冥土へ向かう徒人の魂までもを喰らおうとしています」


そうすると、どうすればいいのか。

“千人の死者”が或いはそれ以上になる恐れがある。


「今は桃の実の霊力でそれらを抑えて、逃げる様に冥土への道を歩いて居る状態です」


“桃の実”はイザナギがイザナミを退ける為に投げつけた霊的力の高い樹の実。


その力は絶大。

イザナミはその時の切なさを思い出して胸が痛んだ。


でもそれ程までに怒り浸透して居たイザナミを撃退させ、且つ冷静にさせた強い力のある確かなものであった。


「それでも隙を付く者も出始めました」

 

 

 

菊理媛の話に寄れば、徒人は個々の違いはあれど“寿命”を平等に与えられ、それを過ぎると魂と体の分離が起こり、体は土に還り、魂は冥土への道へ着く。


妖人らは、徒人らの体よりも、その魂を欲する傾向があり、体を喰らうのはその中に在る魂を取り出す為とも考えられた。


何しろ、誰も妖人と話せる者はおらず、殆どが憶測。

冥土への道は、桃の熟れた実のぶら下がる樹々が、その道の始まりから終わりまでを照らして居た。

イザナギが、イザナギの国の徒人らを護る様、そう桃の神に命じたから。


だが、妖人の数は増える一方で切りがなかった。

故に、桃の神の力が弱まる時が稀にあり、そこをついた妖人らはごっそりと道途中の魂を攫って行くのだ。

妖人らは待つ事を苦に感じないらしく桃の樹と同じ数の妖人が冥土への道を桃の樹を取り囲む様に立ち並び、ひたすらに機会を狙って居た。


それは異様な執着と光景。


イザナミは身震いした。


まるで、妖人は自分で、徒人はイザナギ。


自分がイザナギを欲する想いが乗り移った様に行動する妖人。

 

 

 

黄泉の国は、イザナギが千人の者でしか動かす事の出来ない大岩で入り口を塞いだ閉ざされた世界。


外の情報は何も入っては来ない。

その気になれば訊く事も可能だったが、イザナミは哀しみの淵に居た。


それがやっと地上の様子を訊くまでになった。

それもイザナギ恋しさに行動した結果だったが、その真実に胸を痛める。


どうにかしなければ。


何か使命めいた気持ちが沸き上がる。

それはヤル気になった。

本来イザナミは前向きで強い女性だった。


「菊理媛。そなたは水に属する神族だったな」


「はい」


イザナミは考える。

最初に産んだ“ヒルコ”不完全な姿で産まれた事で“三途の川”の水底に沈めた子ども。


「ヒルコを探して来ておくれ」


考えて、朧げに見えて来たもの。


死ぬ事を運命付けたなら、簡単に死なぬ様にしてやるのも手。

 


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