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思わず叫んで居た。
「おばあちゃん!?」
見た目は可愛い少女の姿。
肩までの短いストレートの黒髪と、緑の肌と薄黄色のふっくらとした唇。
黒の瞳は大きめでキラキラとした河童の証である星が煌めいて居た。
「優月。優星。
大きくなったわね」
にっこりと笑みを浮かべた少女。
「おば……「“優良”と呼んで」
強く言われて、“今の姿=おばあちゃん”はやっぱり無理があると納得なんかしたりして。
「まずは、言っておかなければならない事がある。
皆を巻き込んで悪かった」
優良が深々と頭を下げた。
何が?
「何で?? おば……じゃなくて、優良。が、この世界を護ってるんでしょ? なら私達は感謝こそすれ、謝る理由はないよ!」
姉ちゃんの言う通りだと頷く。
「だって。始めたのは、三界の均衡を崩したのは……僕らだ」
僕の肩を抱いたままだった朗に体を預けて、恐ろしさに身が震える。
「その認識が間違って居るんだ。
先も言ったが、始めたのは私だ。私は、“イザナミ”」
イザナミ?
「日本神話のイザナミ?」
父さんが呟く様に訊く。
「その“イザナミ”だよ。優太」
優良は満面の笑みを浮かべた。
「混沌とした何もない所に性別の無い神々が生まれ、無性の神々はすぐに身を隠した。
隠れる前に神々は自らを産んだ混沌から二対の神を造った。
二対の神は、互いの不完全な所を補い合い成長し、やがてその特徴と性質から男女に分かれ夫婦と為った。
そして国を産み。そこで神を産み育てた」
「イザナギとイザナミ」
余りにも有名で、詳しくは知らなくても誰もが知っている古くからある神話。
「私達は愛し合っていた」
優良の満面の笑みが寂しげな笑みに変わった。
そう。余りにも有名な話。
「火の神を産んだ時、その炎で大火傷をおって、そのせいで私は死んだ。
それでも……」
憂いの浮かぶ瞳が薄く開き、優良の体が揺れる。
「イザナギは“黄泉の国”に迎えに来てくれた。
けれども、私の姿を見た彼は……逃げた」
揺れた体は形を変えた。
その姿は恐ろしく悲しい姿。
優良は語る。
変化し視えるのは死者の体。
腐乱した体に、突き刺さる雷。
「
頭に大雷。
胸に火の雷。
腹部に黒い雷。
下腹部に裂く雷。
左手に若い雷。
右手に土の雷。
左足に鳴る雷。
右足に伏す雷。
死して尚、私の体から産まれるもの達。
黄泉の国で産まれた八体の魔物。
逃げる愛しい夫の背中に手を伸ばす。
伸ばせども、
伸ばせども、捕まえられなかった
」
胸が押し潰される。
愛しくて悲しくて……愛し合った筈なのに。
裏切られて、辛くて苦しくて―――なのに、愛しい気持ちは無くならなくて……。
すごくよく解る。
朗を想う気持ちに似てる。
「私は別れた後も、イザナギを想って身を焦がし、その姿を探した。
そして気付いたの。彼もいずれ死ぬ。そうすれば此処へ来るのだとっ……」
美しい顔が歪み血の涙を流す。
「だが、いくら待ってもイザナギは来なかった!」
「死すれば必ず黄泉の国へ来る筈なのに。
なのにイザナギは来なかった。
哀しくて悲しくて……確認したくなった。
一度はイザナギが黄泉の国へ来たのだから私だって戻れる筈。
そう考えた。
だから別れた場所“黄泉比良坂”まで行った」
気付けば“閻魔帖”が宙に浮かび輝いて居た。
それは増幅機の役割を果たしていて、まるでそこに居る様に皆に視えていた。
....
イザナミは暗い岩場を朽ちた足で進む。
あの世とこの世の境にある黄泉比良坂を塞いだ大岩の前でへたり込む。
愛しいイザナギが塞いだ入り口。
そこに縋り付いて泣く。
愛しい夫の名を呼びながら。
すると聞こえて来たのは優しい声色の娘の声。
「イザナミ様。泣かないで下さい」
長い黒髪を後ろで緩く結んだ娘。
「菊理媛かい?」
彼女はイザナミとイザナギの別れの時、この大岩を挟んで二人の心を繋いだ巫女だった。
彼女は泉守道者と共に大岩の前であの世とこの世の護り人となって居た。
「どうされたのですか?」
菊理媛が訊く。
「イザナギがいつまで待ってもこちらに来ぬ。
彼はどうして居るのだ?」
菊理媛が黙る。
「どうしたのだ?」
不安が胸を押し潰す。
「毎日千人が命を落とし、毎日千五百人が産まれて来ます」
いきなりの話の転回に戸惑うイザナミ。
それはつれないイザナギの仕打ちに発した言霊の呪い。
―――千人が死ぬ。
イザナギはそれを打ち消す言霊を言った。
―――千五百人が産まれる。
神の言霊は絶対。
「今まで死ぬ事が無かった人々は混乱し……イザナギを真っ二つに切り、右側は小さな国土と成り、左側は細かく切り刻まれ最初の千五百人の赤子に成りました」
信じられない言葉に驚いた。
「小さな国土の中心には涙の泉が出来、それは“命の泉”と成り、そこにイザナギ様の血から産まれた薄桃色の大きな花が幾つも咲きました。
花弁が血の色に熟れ、そこから産まれた精霊達は“閻魔”と呼ばれ、死んだ者の御霊を浄化し、新たに産まれる準備をする役割を持つ者に成りました」
菊理媛の説明に身が震え、待てど暮らせどイザナギである彼は黄泉の国へ来る事は無いのだと悟った。




