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してはならない事?
朗は不思議な笑みを浮かべ私を見つめる。
「今なら理解出来る。私がしでかした事。
河童の策略があったとしても、行動を起こしたのは私自身」
理解出来ない私は解らない恐怖から体を固くした。
「だが、結果を知っていたとしても、私はゆうつきを追い掛けただろう」
まるでその場に二人しか居ないと、錯覚を起こしそうな程、朗は私を見つめてる。
「龍神など、本来ならばこの地に入る事は叶わなかった筈だ」
雷鳴は未だ衰えず、けれども朗の声は静かに確かにそこに居る者にははっきりと聞こえていた。
「私が壁を破ったから、今まで“影”だけの存在だったもの達が姿を現すだろう」
まるで予言の様で誰も口を開かず聞き入る。
「ここが龍神を祭る土地ならば、奴は姿を現す。
それどころか、口伝の妖怪達も徐々に人前に現れて来るだろう」
知らず喉が鳴った。
私の不安を見透かす様に私を抱く朗の腕に力が入った。
「誰が不幸になろうとも、私に生まれた心は、想いは、止められはしない」
そう言った朗の瞳は限りなく澄んだ漆黒の闇。
私はその闇に囚われて、身動き出来ずに居た。
暗い闇の中に見える焔。
私を見つめる朗の気持ちに想いに、私の心は震えた。
「私はゆうつきを離さない。ゆうつきは、他の誰のものでもない。私だけのものだ!」
ゴロゴロと空が鳴る。
雷の光りが映し出す朗の姿は、この世のものではあり得ない美しさで、その完璧な形の唇から零れ出た言葉は、全て、夢の如し。
次の瞬間には、私は空に居た。
朗が私を抱いたまま、神社を後にした。
人成らざる力を持った閻魔の朗。
彼の腕の中から見上げた空は、あんなに見たかった青空とは正反対な暗い空で、冷たい雨は、土の中に居た私の体を更に芯から冷やして行った。
私は死ぬ一歩手前だったのだと、薄れ行く意識の中、ぼんやりと思った。
*閻魔の朗side*
腕の中、眠る様に気を失ったゆうつきの体が異様に冷たい。
顔色は悪く、唇は紫色に変化していた。
このままでは死ぬ。
駆ける足に力を込め、河童と別れた場所に戻る。
川の流れは早く、急激に増した水の量は河童の姿をすっかり隠していた。
「河童よ!」
叫ぶ。
「何だ?」
顔だけを覗かせた河童が呟いた。
「ゆうつきを見つけた。だが、体が異様に冷たい。このままでは死んでしまう!」
「それは治療すると言うよりも、温めてやればいい」
「どうやって?」
「濡れた衣を脱がし、直接お前の人肌で温めるんだ」
水の流れに静かに揺れながら、何故か河童が小さく笑った気がした。
私は兎に角ゆうつきを楽にしてやりたくて、聞いた通りにする事だけが頭を一杯にした。
周りを見渡すと、川から森林に続く道に小さな小屋が見えた。
あの場所なら、雨風は凌げそうだ。
直ぐ様行動に起こし、小屋の引き戸を開け、室内に入る。
魚網や、竹などが置いてある物置小屋の様であったが、人一人が寝転がれる空間はあった。
急がなければと焦る。
..
漁師の寝泊りする小屋だったのか薄いカビた布団があった。
ゆうつきの着物は白いもので、人柱として旅立つ為に死者の衣を着せられたのだと判る。
濡れて貼りついた着物は土で汚れていた。
細い帯を解き、着物を開けると、白い肌が目に飛び込んで来た。
元の着物の白よりも白い肌。
脱がしきると、触れた素肌の異様な冷たさに私も震えた。
そして河童に言われた人肌を考えて、自身も裸体になる。
着ていた花の衣は薄くても頑丈で、自在に形を変えられた。
..
布団にゆうつきを包む様に体全体で抱き締め寝転がり、花の衣を被る。
肌の触れた箇所から二人の鼓動が一つに重なる。不思議な感覚。
時間が経つにつれ、徐々に肌に温かみが戻ってくるのが判った。
小屋はガタガタと音を立て、雷鳴が変わらず小さく大きく鳴り、地響きをも立てて居た。
世界が終わる音。
壁が崩れ行く音。
気付かされる私と言う異質な存在。
閻魔が知り得ない事。
漁師、人の生業。
布団、眠る時使うもの。
河童から得たものと、河童が言った浄化された魂の記憶なのかもしれない。
浄化したにも拘らず、稀に記憶を有するものが居る事を閻魔は知っている。
それに、河童の息子の魂の欠片。
多分それが、河童の癒す知識が人肌の事を訊くだけで理解し、今の行動に繋がったのだろう。
これからどうなるのか判らず、不安が頭を覗かせた。
時間が経つも音は変わらず大きく小さく聞こえ、小屋を震わす風は強い。
それでも、外の騒がしさとは裏腹に私の心は静かで変に冷静な自分が居た。
今更どう足掻いても始まってしまったものは止められはしない。
そして自分にとって一番大事なのはこの腕の中の存在。
ゆうつき。
温かになった体は呼吸も安定していた。
落ち着いて来た事で、気付いた事がある。
ゆうつきの体と自分の体の違い。
ゆうつきの体は柔らかく、丸みを帯びて居た。
私の体は、どの閻魔もそうであった様に平らな胸と、堅い筋肉を備えた腹と手足に成って居た。
閻魔が捉えていた男女の違いは“魂の色”だった。
体など、死してからは何の意味も持たなかった。
だが、腕に抱くゆうつきの体を強く意識する自分が居た。
記憶ははっきりとは無くとも、感覚が覚えて居た。
. .
ゆうつきが女だから私は男に成ったのだ。
それが“想い”の結果。
だが、想いは実るのだろうか?




