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*閻魔の朗side*
霧は冷たく体を撫でる。
頭が冴えて来た。
そのせいか体から発する熱は落ち着いて来て、代わりに指先から頭の天辺までジンジンと痺れる感覚に落ち着かない。
「私はここに来て良いのか?」
不意に口をついて出た言葉。
それに当然の様に答えるのは河童。
「ただの閻魔ならば、この境界線から出る事は叶わない。
だが、あなたはどこにでも行ける。
“愛”を知ったからね。
そうなる様に知識を与え、その為にあなたを造ったのだ」
造った?
「どう言う意味だ?」
「あなたの花に浄化した御魂を同化させたのです。
本来“閻魔”は蓮の花の精霊。桃色の花弁が赤く色付き産まれ出る。
言うなれば冥界の働き蜂。だから楽しみや愛だの、そう言った感情は欠落して居る種族です。
花から産まれる事で性別もない。
だから私は、好奇心で感情豊な人間の御霊を選んで閻魔に転生させたのです」
だから仲間との考えの違いに違和感を感じていた?
「何度も挑戦して来ました。だが、失敗ばかりで……今までの閻魔は孤独に耐えられず枯れてしまった。
だから今回は名を与えてみた。
それに、この娘に出逢った事で目覚めた。
あなたは人界に足を踏み入れた瞬間消滅する代わりに性別を得る筈です」
多少なりとも驚きは隠せなかった。
刷り込みの如く知識を与えられていた事実に。
それは嫌ではなく、自ら進んで訊いた事もあった。
産まれから操作されていた。
何故?
好奇心と言ったが、それではすまないのではないのか。
だが、動き出したこの想いと体の疼きは止められない。
「引き返すか?」
河童が訊く。
その選択は毛頭もありはしなかった。
「いいや。私はゆうつきを救うと決めた」
振り返った彼女の姿が淡く光り、魂の形に変化した。
炎の様に揺らぐ人魂。
とても美しく、ゆうつきそのものの。
人界に入った証拠。
ゆらゆら揺れる魂が前へ進む。
それは自分の体に引かれて進んでいた。
私は、少しの戸惑いと、大きな期待から深呼吸し、一歩足を踏み入れた。
人界へ。
身体が溶けそうな程に燃え上がる炎が視界を覆った。
赤い、炎。
*ゆうつきside*
後ろで朗と河童の会話が聞こえる。
但し、私には到底理解し難い内容で……私なりに解釈すれば、朗は生まれ変わると言う事なの?
霧の中、いつの間にか二人を追い越して居た。
そして、足元の冷たい感触に見下ろすと、川に足が浸かって居た。
冷たさが足先からじんわりと身体中に染み渡る。
次の瞬間。
身体が軋み、まるで引き裂かれる様な痛みが足先から一気に脳天まで貫いた。
気付けば宙に浮いて居た。揺れる、言い表わすなら人魂と成った。
同時に何かに引っ張られる様に進み始める。
何処へ行くの?
誰に訊くでもなく訊いていた。
その吸引力はとても強く、けれども、後ろ髪を惹かれる様に振り返ると、さっき私が変化した場所に朗が足を踏み入れた所だった。
そして、朗が赤い炎と成って爆発した。
それは、触れたくなる様な温かな光で……けれども、私を引っ張る何かはとても強くて、朗の傍に行けなかった。
心から叫ぶ。
声が出せたか判らないけど、
―――朗!
出逢ったばかりのあの人と、何故か離れたくなくて。
ただ、名前を呼んで居た。
引っ張られる。
それでも朗を見ると、朗の立ち位置から村全体を赤い光りが駆け抜けて覆う。
私はそれを見ながらクルクルと回り、気付いたら赤い鳥居が視界に見えて……その前に並ぶ人達が祈りを捧げてた。
あれは、私を生き埋めにする時から聞こえていた声。
燃える篝火が祈りと鳥居の間に据えられて高く燃え盛る。
それは突如として、消えた。
そして私は鳥居目がけて急落下。
「……ふ。はぁ―――」
苦しい。
苦しい!
確かに目は開いて居る。
なのに見えるのは暗い闇。
「くっ!」
苦しい。
ここは。
土の中。
頭上から零れる土くれが口内に入り、ザラザラとした感触と砂の苦い味がの喉を塞ぎ苦しい。
両手足は冷たい大木に繋がれていて、全身は冷えて感覚が失われて居た。
ただ、項垂れた額から顎までに小さな空間があり、低く呼吸が出来て居たのだと気付いた。
だから苦しさから気を失って“仮死状態”になった。
それであの場所へ行って、朗に、出逢った。
今度は記憶がある。けど、苦しさからまた目眩を起こす。
今度こそ……死ぬかもしれない。
*閻魔の朗side*
躰が熱い。
熱くて、これが死を迎える事かと一瞬恐怖を感じた。
「落ち着くんだ」
頭に直接響いて来た声に目を開く。
見えたのは河童の姿。
「これ……は?」
「あなたは手に入れたのですよ。性別を、心を」
熱は徐々に退いていき、意識がはっきりとして来た。
「そして私も手に入れた。自由を」
「自由? 変な事を言う。河童はいつでも自由だった」
体から力が抜け膝をつく。
「朗。貴方は、閻魔がどんなものか知らない。
あの娘は、貴方と出逢わなければ殺されていた。
私の息子の様に」
息子?
「私の息子は仮死状態になった。私が留守にしていた間に。私が治せた。
なのに、河童は閻魔に尽くして来たのに、閻魔は容赦なく息子の魂を回収し、浄化してしまったんだ」
体に感じる冷たい風。
その風の様に河童の声色は冷たく胸を刺す。
「だから、あの冷たい生き物を変えたくて、何度も挑戦し貴方が生まれた。
貴方は私の息子の魂の欠片を躰に宿して居る。
本来閻魔は“魂”を持たない。だからあんなに冷たいのだ。
貴方は、閻魔であり、河童であり、人間の心を手に入れた新たな者だ」
河童の告白。
足に力を入れて立ち上がる。
そうだな。閻魔ならしかねない。
閻魔にとって河童は空気と同様。
居るのに居ない様な扱いだ。それがどんなに辛い事か今なら理解出来る。
大切な人を亡くした。
それがどんなに辛い事か、今なら解る。
……私も、ゆうつきを助けたい。




