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人界。妖界。冥界。
瑞雲村は、この三界の中心に在った。
故に“迷い人”もよく現れた。
冥界に行く筈であった魂が、迷い込む場所、それぞれの世界と冥界との境目。
“地獄”へ堕ちない為の壁が連なる所。
壁は地獄の亡者である餓鬼がそう言った魂を捕らえ様と待ち構えて居る場所でも在った。
それを救ける事も閻魔の役目。
産まれてすぐ、自分の役割と世界の仕組みについて理解した。
理由が有るとすれば“閻魔”で在る。
それで十分だった。
命の泉から出る時、花弁は身体を纏う衣に成り、後にはまた蕾が成る。
永遠と続く生業。
それだけの為に生きて居る閻魔一族。
たまたまその時の護りの者が、産まれて間もない朗だった。
閻魔の朗。
何故自分が閻魔であるのか。
..
永遠に続くであろう作業に早々に嫌気が差し、つまらないと思って居た。
そう言った思いを持つ閻魔はそうはなく“疑問”を持った時点で異質な存在として排除される。
故に自然と迷い人の担当になって居た。
この場所は広大に見える。だが、実際はどの世界よりも小さく、迷い人は皆同じ場所に向かう傾向にあった。
正確には“餓鬼”に呼ばれて居るのだが、それを自覚出来る者は少ない。
大抵この場所に来るのは、自分が死んだのを理解して居ない者だ。
それを説得し、冥界へ導くのが私の役目。
餓鬼は地獄に堕ちた者の成れの果て。
迷い人を仲間にしようと常に目を光らせて居た。
地獄に堕ちれば、輪廻は無いに均しい。
それが怨めしくて呼んで居るのだ。
同じ存在に成れ。と。
自分の考えを仲間に話すと“怒りや呪い”そう言った感情等はなく、それが奴らの存在する意味。
言うなれば餓鬼は地獄の閻魔みたいな存在なのだと、年老いた閻魔が結論付けた。
だから余計に腹が立った。
餓鬼があだなすならば、それを食い止めるのは閻魔で在るべきなんだ。
そう言った煮え切らない思いが沸々と胸にしこりを作って居た。
そんな中、久々に現れた“迷い人”はしっかりとした形を成して、そこに居た。
いつもよりも多い数の餓鬼共が、風さえも迷い人を捕らえ様と騒いでいた。
だから、助けた時自然と視たのかもしれない。
女の魂の強さと輝きを。
自分の上に在る存在を、どうしようもなく意識して、手放したくないと思ったのだ。
「私は“ゆうつき”あなたの名は何と言うの?」
「朗。……ゆうつきは、綺麗だな」
正直に話すと、顔を真っ赤にしたゆうつきが、私の上から飛び退いた。
「……何をおっしゃるのですか?!」
綺麗で、目の前に立つゆうつきを可愛いとまで思った。
閻魔が無性なのには理由があった。
そして、簡単に性別を手に入れる事も出来るのだと理解した。
混乱し、体が震える。
“綺麗”“可愛い”
言葉は知っていた。
だが、使い方を知っているとは思わず、自身の口から出た言葉に驚いた。
その驚きを隠せずに震える身体が止まらない。
「朗。朗? あなたは何者?」
まるで恐ろしいものでも見ているみたいに訊く。
「……閻魔だ」
それが自分の全てで当たり前だった。
「此処は何処?」
自分が死者だとゆうつきは知らない。
「現世と来世の境目」
訊かれた事に答えるが、それをすぐに理解出来るかと言えば、そうではないだろう。
現にゆうつきは目を見開いて体を固くした。
「来……世?」
その意味は死者であると言う事。
“来世”それは三界の誰もが知る言葉。
死後の世界。冥界の別名。
「私は死んだの?」
青ざめた顔。見てられなくて、思わず抱き寄せて居た。
心が騒つく。
躰が痛みを感じて汗ばむ。
「あの、獣は何?」
「地獄の餓鬼」
「地獄……」
震えるゆうつきの体と声。
「私は何をして地獄へ堕ちるの?」
護りたい。
「何も……此処は迷った魂が辿り着く場所だ」
「私はゆうつき。自分の名しか覚えてないの」
「混乱した魂は稀にそうした記憶を無くす者もいる」
事故か、他殺か、もしくは自殺。
ゆうつきは首を傾げて考えた。
「私は、死んでないわ」
きっぱりと言い切る。
思わず体を放し、その目を見つめた。
淀みのない瞳。
何故かそれが真実だと感じて、もう一つの可能性が頭を過る。
「まだ、生きている?」
病死、他殺、自殺。
どれでもないなら“仮死”そう言った状態になってもこの場所に現れる。
「まだ、助かる?」
ゆうつきが訊ねるから、応えたくなった。
「魂と肉体が繋がって居るから死んでないと判るんだ」
訊いた事がある。
人間には妖怪よりも弱い生き物だが、中には霊力を持つ者が居ると。
それは誰に訊いた?
「河童だ」
河童は妖怪だが“命の泉”の管理をしている。
閻魔の花を健やかに育てる役目。




