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*響夜side*
目の前で繰り広げられている事態が中々理解出来ない。
確かなのは、優星が龍珠を使って俺を成人させた事と、優星自身が先祖からの力の源“閻魔帖”を手に入れた事。
そして、水先家の“輪廻転生”の事実を知る。
その輪の中に俺は居るんだろうか?
優星……温かい彼女の手を握る。
確かに温かい。そう感じられた。躰の変化は感覚も変えたのかもしれない。
この温かみを失いたくはない。
だが、鬼の花嫁を離縁させた事で、一つの可能性が頭を掠めた。
木道の言い方をすれば、優星は“龍の花嫁”ならば、解除が可能。
怖い。
優星を失うかもしれない恐怖が身体を固くさせ、思わず握る手に力が入る。
「ん……」
眠る優星が小さく声を上げ、ゆっくりと瞼が震えて開いた。
長い睫毛が震えて、ゆっくりと開いた眼。
揺れる瞳が定まって、俺を真っ直ぐに見る。
「私の龍」
大きな溜め息を吐いて、
「お腹が空いたぁ」
と、微笑んだ。
それは一気にその場の雰囲気を変えた。
ふふふ。と微笑みを顔一杯に浮かべた優星が握ったままだった手に力を込めた。
「綺麗な髪。私、貴方の役に立てたかな?」
それは幸せそうに頬を染めた。
俺は、安堵と胸に広がる温かい気持ちに、また目頭が熱くなった。
零れそうになった涙を留める様に、優星が体を起こし俺を抱き締めて来た。
「私はルージュを辞めないから」
頬擦りされて、耳元で囁かれた。
俺は、その細い体を抱き返し、溢れる笑みを留める事が出来なかった。
「今度は響夜くんのお母さんを助けなきゃね」
優星の言葉にはっとする。
すっかり忘れていた自分に罪悪感が一気に沸き上がった。
...
「違うよ。見つけたんだよ。救う方法をね」
俺の表情に察した優星が真っ直ぐに俺の目を見て微笑んだ。
「あと、ちょっと混乱してる。だから、閻魔帖を使うのはしばらく待ってもらわないといけないけどね」
優星が申し訳なさそうに小首を傾げた。
閻魔帖が教える前世。
「前世を思い出したのか?」
........
「思い出させられた。って感じ。
だからまだ実感はないの。
閻魔帖を手にしてると、断片的に視えるの。“閻魔帖の記憶”みたいな」
腑に落ちない顔付きをした優星。
「ゆづは?」
すぐ隣に視線をやると、それに気付いて視線を移動させる。
「―――ゆづ?」
優月は上体を起こして、とろんとした定まらぬ視点を宙に泳がせていた。
*優月side*
そびえ立つ尖った山が四方を取り囲む。
最初に目にしたのはそういった風景が広がる大地。
どうして此処に居るのか判らない。
いつの間にか飛び込んで来た世界。
ゴウゴウとした風音が耳に五月蝿く、長い髪が風に踊る。
煩わしくて、何度も撫で付けた。
私は優月。
取り敢えず、名前は覚えてる。
自分が何者か解って居るならまあいいか。
たった独りで居る事が不安で歩き出す。
土が擦れて足裏に痛みを残す。
それで裸足なのだと判った。
でも、此処に来る前は何処に居たのかな?
それが思い出せない。
それに体が何だか軽過ぎて、不確かで不安で、とても心細かった。
此処は、何処……どこ?
*********
「優月?」
私を呼ぶのは、誰?
私は、優月。
優月は、僕。?
「優月!」
僕を揺する手の強さに視界が開ける。
「あ……朗?」
僕の両肩を掴み揺すっていたのは朗。
その必死な形相に驚いた。
「何?」って訊く間に抱き締められた。
強く抱かれて息苦しい。
「優月……優月だな?」
その訊き方に首を傾げる。
「ゆづ?」
姉ちゃんが朗の後ろから顔を見せた。
「覚えてる?」
一瞬考えて、
「……何を?」って反対に訊く。
「意識が飛んでたの。
呼んでも目覚めないから朗が慌て揺すったの」
意識が?
「……夢見てたみたい」
自分が“優月”である事だけが判ってた。
「知らない場所に突然置いていかれて戸惑ってた」
朗の腕の力が更に強くなり苦しくなってもがく。
「朗。苦しいよ……」
「すまない」
渋々と体を放す朗の顔が、不安げで首を傾げる。
「ここがどこだか判る?」
姉ちゃんに言われてちゃんと周りを見ると、懐かしい我が家、離れに居ると解った。
いつの間に帰ったのかな?
「さあさ、まずは腹ごしらえしなさいな。
お腹空いてたら正常に考えられないわよ」
母さんの姿が目に見えて、何故か懐かしくて。
「さ! 皆席に着いてね」
母さんの手料理の並ぶ机。
妖怪の事について告白された時にもこうして皆で並んで食べたっけ。
それにしても、
沢山の疑問符が頭を過る。
食事をしながら話す内容は、閻魔帖から前世にまつわる逸話。
「“閻魔帖”は優良が自らの血を使って書いた妖書で、優月と優星の能力を目覚めさせるもの。
更に言えば前世も絡んだ事柄が今になって何らかの形で甦って来ていると?」
「意味があって同じ時に輪廻転生し、理由があって思い出そうとしている」
朗の問い掛けに、父さんが答える。
「それは、どうしても必要な事?」
―――耐えられない。
心が叫んでる。
「そうだね。少なくとも僕はそう思ってるよ」
「何でそれが解るんだよ?」
―――心が痛い。
「それは……優月は聞いてなかったね。父さんも、僕も当事者だからね」
「誰なの?」
―――怖い。
「うん。僕は優良の伴侶。言ってみれば今の水先家を作ったアダムみたいな人物さ」
―――苦しませる為に産んだ訳じゃない。
「……五月蝿い!」
どこからか聞こえて来る呟く声に、耳を塞いで頭を振る。
「優月?!」
隣に座ってた朗が肩を抱いてくれて我に帰る。
「あ……」
皆の視線が痛い。
「ゆづは誰なの?」
誰?
―――私は、優月。
「僕は“優月”だよ」
口から出た言葉に違和感を覚えた。




