1
貴方はそっと微笑んで、私の好きにすると良い。と言ってくれた。
それは私との別れを意味する選択。
それ程の代償。
ただ、愛しただけ。
それだけなのに……。
*********
*朗side*
優月と優星がそれぞれに呟いた言葉は、何故か胸を抉る。
二人はそのまま意識を失い倒れた。
優月を私が、優星は龍がそれぞれに抱き留め、皆に植え付けられた疑問符を解くには、やはり水先に帰るのが先だと考え家路に着いた。
今までで一番衝撃的な事柄。
耳に残る呼び名に、心の奥底から沸き上がる想い。
「閻魔の朗」
優月が呼んだ。
閻魔とは、あの閻魔だろう。
何故私の名が閻魔と関係しているのか?
水先に帰り着くと、もう夜も更けていた。
水先の両親は起きて待って居て、二人は驚く風もなく、私達を迎え入れた。
「お帰りなさい。長くをご苦労様でした」
水先の母が私の母の手を取り頭を下げた。
「いいえ。貴女もよく黙っていてくれました」
二人の会話に理解した。
二人は互いに居る場所を知りながら沈黙していたのだと。
「そうね。ちゃんと話さなければならないわね」
母が微笑みを浮かべ私を見た。
「私はあの鬼の子を助ける事を選び、貴方には寂しい思いをさせました」
寂しい?
そうか。両親に感じていた違和感は、私が拗ねていたからか。
そう唐突に理解した。
恥ずかしさに視線を反らす。
「今はもう。小さな子どもではありませんから」
そう答えるのが精一杯だった。
そんな事よりも心配なのは優月の事だ。
優良の離れへ皆で集まり、
姉弟を並べて布団へ寝かせる。
「水先の祖先と言うが“閻魔”とはそもそも何だ?」
閻魔の朗。
優月が私に口付けた時、何かが視えた。
そして優月が呼んだ。
“閻魔”と。
持ち帰った閻魔帖を人型の化け猫が二人の頭上に置いた。
「閻魔帖。これを書いたのは最初の閻魔と人間の混血だと優星は言った」
誰か答えてくれ!
「そもそも、“混血”は存在しなかった。
二界を混乱させた原因、閻魔の混血。混乱を呼んだ混血がその事態を治めた。
名前を優良と言った。
.
母は壁を造り、それ以降も見守り続けて居たんだ」
口を開いたのは、水先の父。
「閻魔の男と人間の女、二人の愛……それが罪の始まりだった」
唐突に始まった昔語り。
まるでその場に居た様に話す水先の父が不思議で絶句する。
「閻魔の優良とは、水先の祖母、優良の前世なのか!?」
言葉にして確信した。
「そう。それに、僕も関係者の一人」
柔らかい笑みを浮かべた水先の父が告白する。
「僕は優良の最初の伴侶だった。いわゆる水先家に閻魔の血脈を交わした男の生まれ変わりだ」
何の冗談だと詰め寄りたくなるのを押さえ訊く。
「優月も?」
その問いにも簡単に頷いた水先の父。
「朗、君もその一人だ」
そうだろうと、どこかで解っていた。
“私が……愛した閻魔の朗”
優月の呟きに、懐かしさと切なさを感じた。
私は誰なんだ?
―――知りたいか?
心の奥底から聞こえる声に戸惑う。
―――知りたいか?
「僕が“目覚めた”のは優星が産まれた時。
母はただ黙して居たけれどね。
さすがは最初の女性。我慢強く、心も強かった。
たった独りでこの日を待ち侘びて居たのだから」
背中を押す様に言われた言葉に、妹を見る。
部屋の隅に座る母の腕で眠る優良。
河童の姿をした優良。
あの時優月が反応した。
「優良は、優良か?」
確認しなくては前へ進めない。
「魂が名前を呼ぶんだよ。恐らくは優良だ」
愛しげに優良を見遣る。
閻魔の朗。
私の血脈にも閻魔の血がある。
巡る輪の中に魂の記憶も含まれるならば、優月が呟いた言葉に答えがある。
私は……閻魔。
そうであるならば、優月は何者なんだ?
「そう慌てないで」
水先の母の言葉で急かす気持ちに余裕が持てた。
「優月と優星二人が目を覚ましてからそう言った話をすればいいわ。
取り敢えずはおかえりなさい」
その笑顔に安堵し、疑問に感じた事を訊いてみた。
「母があの病院に居ると知って居たのですか?」
「知っていたわ」即答した。
家は座敷わらしに自分の記憶を視せる。
ならば、そこに在る全てを把握出来る。
「私が頼んだのよ」
答えたのは母。
「あの時点では、まだ離れる訳にはいかなかったの」
鬼の混血は確かに、離れれば死んで居ただろう。
「助けに来てくれたお父様にもその状況はすぐに把握出来たわ」
隣に寄り添う父に微笑む母。
だが、そうまでして助ける価値はあったのか?
私を置き去りにして、妹を孕んだままで。
表情を読んだのか、父が口を開いた。
「お前も自分で言っただろう?
“河童の本能”がそうさせると、妙は身籠っていた。母性が可哀想な子どもを見捨てさせなかったのさ」
自分も河童で在るが故に、認める事も出来なかったが、何の反論も出来なかった。




