番外編・君は魔法使い(エドワード王子目線)
書籍化記念の番外編第二弾です。
書籍はアリアンローズ様より10月12日に発売されました。
※三話「地味令嬢、王子の胃袋を掴む」と番外編「あなたの騎士に」に関係がある話です。
ルーラは魔法使いではないか。
僕、エドワードはそう思う時がある。
ルーラと婚約して二か月ほど経った十二月のある日の夕方。
大臣達との会議が終わり、僕は自室に戻ろうと城の廊下を歩いているところだ。
ふと、前を見ると艶やかな黒い髪。
「ルーラ?」
まだ城内の雰囲気に慣れないのか、少し緊張した様子の後姿。それは、まさしくルーラだった。
ルーラが王妃教育を受けている部屋は、今いる場所の近く。
王妃教育を終え、帰るところなのだろう。
名を呼ぼうと思ったら、ルーラは突然しゃがみこんだ。
ルーラの横には、若い清掃係の女性。見たことがない顔だから、新人の清掃係といったところか。
清掃係は慣れない手つきで必死で廊下のカーペットを拭いている。
カーペットには新しい大きなシミがある。会議で出された紅茶を片づけた際に使用人がこぼしたものかもしれない。
ルーラは清掃係に何かを言うと、立ち上がった。
清掃係も一緒に立ち上がり、ルーラに深々とお辞儀をした。
おそらく、ルーラはシミの落とし方を暗唱したのだろうと僕は推測する。
王妃教育で暗唱を押さえることができるようになったとルーラは言う。でも、押さえられる確率はまだ低いよう。
きっと、今も無意識に暗唱をしてしまったのだろう。
「ほら。また、魔法を使った」
僕はポツリと呟く。
清掃係は歩きだしたルーラの後ろ姿をじっと見つめている。
尊敬か感動か。僕からは見えないが、彼女の表情は想像がつく。
普通の貴族は使用人を助けるようなことはしない。
だから、僕の婚約者だろうがなかろうが、彼女はルーラという存在を特別に思ったに違いないのだ。
ディライト家には、代々魅了魔法が伝わっていた。
でも、魔力のないルーラがそれを使えるはずもない。
ルーラの使う魔法は、彼女の真っすぐな心と知識だ。
この二つに人々は惹きつけられてしまう。
城の使用人達に学園の生徒達。気が付けば、ルーラの魔法にかかった者が少しづつ増えている気がする。
例えば、少し前のこと。
数人の貴族が「まさか、殿下が有名な地味令嬢と婚約するとは。国を救った素晴らしい知恵の持ち主なのは認めるが、容姿が地味では……」と噂話をしながら城内を歩いていた。
彼らは文官長の元へ何か手続きをするために訪れたようだった。
偶然にその声を聞いてしまった僕は苛立った。しかし、事を大きくしても仕方がないと無視することにした。
ところが、彼らを文官長の部屋に案内していた使用人はその発言を許せなかったよう。
彼もまたルーラの魔法にかかった一人だったのだ。
彼は久しぶりに城を訪れて、城内をよくわかっていない貴族達をわざと遠回りさせて余分に歩かせた上、紅茶と共に出すお茶菓子をほんの少し減らしたらしい。
僕の護衛騎士がそのささやかな復讐の話を伝え聞き、教えてくれた。
その時、僕は吹き出しつつ、ルーラの魔法を実感したのだった。
そして、本人のまったく知らないところでもルーラは魔法をかけてしまっているよう。
少し前に平民の少年が騎士になりたいと、地方の騎士分団を訪れたそうだ。
彼は平民が騎士になることができる古い規則を調べてきており、雑用係として雇って欲しいと分団長に頭を下げたらしい。
それは、忘れかけられていた古い規則。
騎士団分団の雑用係を三年間続けた後、分団長が認めたなら、平民でも騎士団入団試験を受けられるというものだ。
その少年は「将来の王妃の護衛騎士を目指したい」と言ったそう。
ルーラが国を救ったことと僕の婚約者になったことは人々に大々的に発表された。
いうなれば、ルーラは国を救った英雄。
ルーラの勇気と知識は町で噂になったと聞くから、ルーラに憧れを抱く者がいても不思議ではない。
でも、平民が騎士団の門を叩くのは勇気がいること。
それに、古い規則を平民がどうやって調べたのか。
謝礼を払い学者に相談したのか。古い本を買ったのか。いずれにしても、金銭の工面が大変だったはずだ。
彼を動かしたのがルーラなら。やはり、彼も魔法にかかってしまったのだと思う。
なお、その少年の剣の腕は独学とはいえかなりのものだったらしい。
それもあって、分団長は古い規則を確認した上で彼を雑用係として採用したそうだ。
僕はルーラに声をかけるのを忘れ、こんなことを考えながら歩いていた。
すると、ルーラがふいに振り向いた。
「エドワード様! 後ろにいらしたのですね! 声をかけてくださればよかったのに」
「君を魔法使いだと考えていたから声をかけそびれた」なんて言えやしない。僕は咄嗟にごまかした。
「い、今、声をかけようと思ったところだったんだ。屋敷に戻るところだよね。馬車まで送るよ」
学園のことを話しながら歩き、僕達はあっという間に馬車についてしまった。
馬車の前で別れの言葉を告げようとした時のこと。
ルーラがカバンの中から小さな紙袋を僕に差し出した。
「エドワード様、これを。学園では人目が多く渡しづらく、カバンに入れて持っていました。今日、お会いできてよかったです」
「これは?」
僕の質問に答える代わりにルーラは暗唱を始めた。
『アーサーは旅立ちのために再びキャラメルを作ることにした。
「僕達の旅にはやっぱり、キャラメルが必要だと思わないか?」
アーサーはエドガーに尋ねた。
「そうだね。君との初めての旅を思い出すよ」
エドガーは微笑み、大きく頷いた』
ルーラが暗唱したのは、先週発売された『アーサーと三人の仲間四巻』の文章だった。
「袋の中身はキャラメル?」
僕はルーラの暗唱を初めて聞いた日のことを思い出していた。
あの日、聞いたのは『アーサーと三人の仲間一巻』のキャラメルについて書かれた文章。
その後、ルーラからもらい、僕はキャラメルを初めて食べた。
キャラメルは甘く美味しかった。
でも、美味しさよりもルーラが僕のためにキャラメルを作ってくれたのが嬉しくて。自然と笑みが浮かんでしまったのを覚えている。
ただ、ルーラからしたら、キャラメルが美味しいとニヤニヤする変な男に見えたのではなかろうかと、後で不安になったのだけど。
あれ以来、僕はキャラメルを食べていない。
相変わらず、キャラメルは『アーサーと三人の仲間』の影響で人気のお菓子だ。
しかし、キャラメルは貴族にとって行儀が悪いと言われる食べ物のひとつ。
歯にくっついたキャラメルを噛むことが下品に見えるのがその理由だ。
王子である僕は貴族の模範でなければならない。そんなわけで、僕はキャラメルを食べることを控えているのだ。
密かに誰かに買いに行かせることも、作らせることもできる。でも、いらぬ噂が立ち、王家の評判を落とすことは避けたい。
『アーサーと三人の仲間四巻』にはルーラの暗唱どおり、一巻同様にキャラメルが登場する。
読み終えた後、あの甘い味を思い出したものの、僕は食べることを諦めていたのだった。
「もう、四巻をお読みになりましたよね。読み終えたらきっと食べたくなると思い、屋敷で作りました。以前、お渡しした時、美味しそうに食べておられましたし」
まさか、ルーラがキャラメルのことを覚えていてくれたなんて。しかも、王妃教育で忙しいのに、僕のためにまた作ってくれるなんて。
驚いた顔の僕をルーラは照れたような表情で見つめている。
婚約してもルーラは変わらない。
突然始める暗唱。困っている人を助けようとする真っすぐなところ。
そして、その行動で僕を驚かせることも。
「キャラメルのこと、覚えていてくれだんたね。ありがとう。部屋で食べるよ」
言いながら、こみ上げる愛しさで体が熱くなる。
思わずルーラをぎゅっと抱きしめてしまいそうになり、僕は必死で堪えた。城に出入りする貴族の目があるからだ。
「あの……。これからは、キャラメルを食べたくなったら言ってください。こっそりとお作りしますから」
ルーラは恥ずかしそうに言うと、馬車に乗りこんだ。
「本当にありがとう。また明日、学園で」
僕は思う。
僕も城の使用人や学園の生徒達と同じ、ルーラの魔法にかかった一人なのだと。
ただし、僕にとってのルーラの魔法は、恋に落ち続ける魔法。
僕は一生この魔法にかかり続けるのかもしれない。でも、それで構わない。
「やっぱり、君は魔法使いだ。これ以上ないくらい君を好きだと感じても、すぐにもっと好きになる。まるで魔法にかけられたみたいに」
走りだす馬車を見つめ、僕は呟いた。




