番外編・あなたの騎士に
書籍発売記念に番外編を投稿します。
書籍は10月12日、アリアンローズ様から発売です。
※1話と2話の間、ルーラがエドワード王子と出会う前の話です。
※王立高等学園で働く少年目線の話です。
「なぁ、ルーク。今日の昼休みはしっかり休んだほうがいいがいいんじゃないか? 午前中はかなりこき使われたし。俺はヘトヘトだよ」
弁当を食べ終わったロディは、いかにも疲れたと言うようにため息をついた。
俺はサンドイッチをパクリと口に放りこむと、首を横に振った。
「いや。俺は剣の稽古をする」
ゴクリとサンドイッチを飲みこみ、俺は傍らに置いていた木刀を持って立ち上がった。
と言っても、これは木の枝を自分で削ったもの。木刀とは呼べないかもしれない。
俺、ルークとロディは同じ十六歳。王立高等学園で清掃員として働いている。
四月のはじめに採用されて、まだ二週間ほどしか経っていない新人ではあるが。
生徒達があまり来ない裏庭の隅で弁当を食べるのが、俺達の昼休みの過ごし方。
弁当を食べ終わると、ロディは芝生にゴロンと寝転がって昼寝。俺は剣の稽古をするのが日課になっている。
「そうか。しかし、騎士に憧れてるからって剣の稽古なんてよくやるよな。じゃあ、おやすみ」
ロディは呆れたように言って、ゴロンと木陰に寝転がり目を閉じた。
そう。俺は騎士に憧れている。
憧れの始まりは、『賢い姫と魔王』という本。幼い頃、母さんが字を教えようと貸本屋で借りてくれた童話。
物知りな賢い姫が、国を滅ぼそうとしている魔王の存在に気づくことから物語は始まる。
姫は知恵を使い魔王を倒す方法を探す。それを助け守るのが姫に仕える騎士。
姫のために魔王と戦う騎士の姿は格好良かった。
それに、その騎士は元々平民の普通の少年。彼が賢い姫に剣の腕と勇気を認められ、姫だけに仕える騎士になったというエピソードにも俺は心惹かれた。
字を覚えてからも、俺は何度も『賢い姫と魔王』を借りてくれと母さんにせがんで困らせたものだった。
「おやすみ。ロディ」
眠ってしまった様子のロディに呟き、俺は木刀を構えた。
すると、背後からクスクスと笑い声が聞こえた。
「お前、貴族でもないのに騎士に憧れているのか。どうせ、平民向けのチンケな物語を信じているんだろう」
「平民は騎士になれないと定められているのを知らないのか?」
振り向くと、俺を見下すような笑みを浮かべた数人の男子生徒が立っていた。
王立高等学園は貴族のための学校。だから、彼らも貴族。
ここで雇われた時に、生徒に話しかけられても余計な口をきかないよう教えられている。もちろん、反抗的な態度をとるなとも。
それ以前に平民なら当然知っている。
身分に金。それを持っている貴族に逆らえばどうなるのかを。
「そ、それは……」
慌てて木刀を下ろし、彼らが早く行ってくれればいいのにと諦めたように俺は思った。
「それは木刀のつもりか? ちょっと見せてみろよ」
にやりと笑う男子生徒に、俺は力なく木刀を差し出した。
すると、彼はにやけた顔のまま木刀を庭に立つ石像の台座に叩きつけた。
「えっ?」
茫然とする俺の前で、彼は同じ動作を繰り返す。
三度目で、木刀はバキッと音を立てて折れた。
「叶わない夢なんて諦めたほうがいいぜ。夢が砕ける前に折ってやったんだ。感謝しろ」
男子生徒達は何が面白いのか声を上げて笑った。そして、そのまま行ってしまった。
「ルーク、大丈夫か? ったく。貴族ってやつは。中にはいるんだよな。あぁいう平民を見下す奴らが。気にすんなよ」
目を覚まし様子をうかがっていたロディが、俺に駆け寄る。
ロディは、折れた木刀を拾い上げ俺に渡してくれた。
「すまねぇ。ロディ」
俺だって、わかっていた。
エスプランドル王国の騎士団には貴族しか入団できないと。
でも、騎士への憧れは俺の支えだったんだ。
父さんは俺が幼い時に病死した。
そして、十歳になってすぐに母さんも馬車の事故に巻き込まれて死んでしまった。
一人ぼっちとなった俺は、ある食堂で住み込みで働き始めた。
これは、平民ならさほど珍しいことではない。
貧しい家の子どもは平民のための学校に通わず、十歳あたりから働くこともあるから。
だけど、母さんがいない生活は心細く、寂しかった。
そんな日々の中で、俺は『賢い姫と魔王』をわずかな給料をやりくりして繰り返し借りて読んだ。
剣の稽古を自己流で始めたのもこの頃だ。
童話の中で賢い姫は、平民だった少年の剣の腕と勇気を認め自分だけの騎士にした。
誰に褒められることもなく、必死で働く毎日。
俺も誰かに認められたいと思っていたのかもしれない。
そして、誰かがこの日々から連れ出してくれるかもとも。
だけど、彼らの言っていることは正しい。
図星を突かれたみじめな俺の心の中は真っ暗になったよう。
剣の稽古をしていれば、いつかは。
そんな淡い夢は、木刀と一緒に折られてしまったみたいだ。
その時、ぼんやりと佇む俺の横で植木がガサリと揺れた。
「あ、あの。先ほどの方達は間違っています。平民の方でも騎士になれます」
植木の後ろから聞こえるのは少女の声。それは、小さな震える声だった。
この場所には植木が何本も植えられていて、少女の姿ははっきりと見えない。
植木の間には隙間があるから、彼女はそこにずっといたのかもしれない。ただ、そんな場所にいた理由が思いつかない。
「えっ? な、なんだ。突然……」
戸惑う俺が見えていないのだろう。少女はブツブツと何かを呟き始めた。
『かつて、一度だけ平民が騎士団に入団したことがある。
彼の名はアルベルト。独学で剣技を学んでいた男である。
エスプランドル歴三百年。当時の国王陛下は地方の視察に向かう途中、王位を狙う王弟の手先に命を狙われた。
その命を救ったのがアルベルトだった。
同行していた騎士達が次々と倒れる中、付近の村に暮らすアルベルトがたまたま通りかかった。そして、助太刀に入り王弟の手先を退けたのだ。
国王陛下はアルベルトを騎士にしたいと言い、彼のために平民が騎士団に入団できるよう規則を整えた。
それは、下記の二項である。
「その一。平民で騎士団に入団を希望する者は、騎士団の分団で三年間雑用係をしながら騎士の精神や剣技を学ぶこと。三年後、分団長の推薦を得た者は騎士団入団試験の受験資格を得る」
「その二。騎士団入団試験合格後、二年間は騎士見習いとする。見習い終了後、騎士団長が認めた場合、騎士団に正式に入団できることとする」
平民を騎士に取り立てることの反発が貴族達からあったため、すぐに騎士とはしないこのような規則になったとされている。
また、アルベルトは騎士団に入団したが、その後、平民が騎士団の入団試験に受かったことはない』
本を読んでいるのだろうか。少女は長い文章を一息で言い終えた。
「えぇっと、難しくてよくわからない部分もあるが……。平民が騎士になるには、騎士団の分団で働けばいいのか?」
この少女は、どうやら俺に平民が騎士になる方法を教えてくれたらしい。
何が何だかわからないまま、俺は今聞いた話を頭の中で整理していた。
「は、はい。そうです。『エスプランドル王国騎士団の歴史』という本に記載があります。平民の方が騎士を志すことが少なく、実例から時間が経ちすぎてしまったため忘れられている規則のようですが」
「でも、規則は規則だろ。大きな町や国境の町には騎士団の分団が駐在していると聞いたことがある。そこに行って雑用係になれば、いいってことだ」
俺は、心の中に暖かい火が灯ったように感じていた。
淡い夢がはっきりとした形となって俺の中に戻ってきたようだ。
「はい。『エスプランドル王国騎士団の歴史』千五百ぺージを読むようにそこで言ってください」
と、ここで、俺はこの少女は何者だろうとやっと疑問に思った。学園の生徒なのだろうが、貴族のような感じがしない。
疑問を口にしようとしたが、ロディが先に焦ったように言った。
「おい、そろそろ昼休みが終わるぞ。もう、行かないと」
すると、今まで小さな声だったのに、慌てたように少女は急に声を張り上げた。
「ま、待ってください! 先ほどの人達を止められずにすみませんでした。あの人達が間違っていることに気づいていたのに。勇気がでず」
彼女が伝えたかったのはさっきの規則よりこの言葉だったのかもしれない。急に変わったその声に俺は思った。
「あんたは悪くねぇよ。それより、規則のこと、ありがとな。じゃあ、俺は行くな」
平民の俺に謝るなんて、やっぱり貴族らしくない。
そもそも、この少女には勇気がある。平民である俺に話しかけ、規則を教えてくれたのだから。
少女が何者か気になるが、行かねばならない。俺は植木に背を向けロディと歩き出した。
しばらく歩き振り向くと、少女が植木の後ろから出てきたのが見えた。
一瞬見えたその目の色は黒。長い髪も黒色だ。
制服を着ているから、この学園の生徒で貴族に間違いはないよう。
「あれ? 手に持っているのは随分と薄い本だな。規則が書かれているのは千五百ページだと言ったから、てっきり分厚い本を持っているかと思っていたのに」
少女が手に持っている本は、俺の想像とは違っていた。
じゃあ、さっきの文章は覚えていたのだろうか。いや、あんな文章を覚えているなんてありえない。
疑問は尽きないが、それを彼女に尋ねることはもうできなかった。
********
今日、俺は王都を出発する。今から乗合馬車に乗るところだ。
向かうのは騎士団の分団が駐在する国境の町。
不思議な少女に平民が騎士になるための規則を教えてもらってから、半年ほどが過ぎている。今はもう十月だ。
あの後、すぐに俺は清掃員をやめた。少々きつくても、給料がよい仕事で旅費を稼ぎたかったからだ。
そして、半年かかって金を貯め、出発の用意を整えた。
少女の姿を再び見ることはなかった。
でも、まだ王立高等学園で働くロディから、黒い瞳に黒い髪の女生徒が第一王子の婚約者に選ばれたという噂だと聞いた。
それは、近いうちに大々的に発表されるらしい。
もしかしたら、あの時の少女が第一王子の婚約者になったのかもしれない。
あんなに長い文章をスラスラと言えた理由は考えてもわからない。でも、彼女が賢いことはわかった。
そして、正しいことをしようとする真っすぐな心の持ち主だということも。
そんな彼女なら、第一王子の婚約者に選ばれることもあり得るだろう。
こう思ったら、俺の中にまた夢が生まれた。
俺が騎士になって、少女が王妃となったなら。
『賢い姫と魔王』さながらに、俺は彼女を守る騎士になれるかもしれないと。
「俺にとっての賢い姫はあなただ。あなたの騎士になってみせる」
ポツリと呟き、俺は馬車に乗りこんだ。




