ヒソヒソ話2
「リューレは夢を見たのかもしれない。知識を欲したリューレは世界中の書物を読めば全てを知ることができると思ったのかもしれないわ。それは、子供の願いと同じようなものなんだけれどね」
プーミはギュッと両腕をつかんだ。
「ギーリク大図書館は小さな一室から始められた。初めは彼の部屋にある本棚を一杯にするだけでも大変だったかもしれないわね。だって、彼が生きていた時代は歩いたり馬に乗ったりする以外、移動手段がなかったはずだから。本を持ち歩くのだって難しかったはずよ。だから、彼の夢が形になるには途方もない時間が掛かったのではないかしら。少なくとも、リューレが生きていた頃のギーリク大図書館はちっぽけな場所だったのではないかしら」
プーミは一呼吸置いた。
「世界中の本を集めるなんて現実離れしすぎている。でもね、私が思うに、リューレが没した後でも彼の夢を受け継いだ人たちがいたのではないかしら。小さな夢だと風船のように一瞬だけ膨らみしぼんでしまう。でも、夢が星のように途方もなく大きいものであれば、バカバカしいとかつまらないとか思うよりも、その想像の海を泳ぐこと自体が楽しいんじゃないかしら。リューレが膨らました夢の風船をもっと大きくしたいと思った人たちがいたとしても不思議でないわ。そうでなければ、今のギーリク大図書館の姿を説明できないもの」
プーミは小さな声で次の言葉を述べた。
「リューレの夢は今も続いている」
リーリはどう答えればいいのか分からなかった。
プーミの言葉はリューレを咎めているわけでも、褒めているわけでもない。
夢と現実との狭間についてだった。
プーミの台詞を借りれば、今この瞬間ギーリク大図書館にいる自分たちはリューレの夢の続きの中にいることになる。
リーリは暗い天井を見上げながらそう思った。
宇宙の底のようにどこまでも深い暗闇があった。
「とても時間のかかることですね」
耳をそば立て聴いていたユイはそっとプーミの側に寄った。
「ユイは夢の定義を知っているくらいで、実際にどんなものなのか分かりません。口にすると美味しいドーナツみたいなものなのかなって思うぐらいです。それに、ユイは機械人形ですから夢が無くて困ることはありません。これから色々なことを学びたいなという目標はあります。けれども、なんでも知っているとか、なんでも分かっているとか、それは欲張りすぎですよ。どんなに美味しいケーキでも、食べ過ぎるとお腹一杯になってしまいます」
「ふふ。リューレからすれば、こうして本に囲まれている私たちこそ贅沢だ、って言うかもしれないわね。俺の時代は本を一冊手に入れるのだって大変だったんだ、てね。お腹いっぱいどころか、グーグー鳴り続けるお腹を静めるだけで一苦労だったんだ、って怒るかもしれないわ。自分たちが当たり前だと思っていることでも、外側から見ると羨ましく映ることもあるのよ」
いつもは人一倍知りたがりのユイが欲張りすぎと言うのがリーリには可笑しかった。
「リーリ。どうして笑っているのですか」
「何でもないよ」
「嘘です。リーリはいつもそうやってはぐらかしてしまうんですから。ユイに変な所があるなら言って下さい」
「何でもないって」
プーミは二人のやり取りを見てクスクス笑っていた。
「人の悲しみはこうして本の山を築いても、それらを読む時間がないことね」
「どういうことですか、プーミ?」
「人は必ず死ぬわ。例外はない。けれども、この世に溢れる知識はあまりに多すぎる。人の一生を費やしても、たった一つの分野の知識全てを理解することすら難しいわ」
「ユイはこの図書館にある全部の本を読む自信ありますよ」
「そうね、ユイちゃんは機械人形だものね。時間と無関係の生き方を送ることができるわ。でも大事なことは、本に書かれている文字を追うことではないわ。本当に大切なことは、本に書かれている中身を理解すること。作者を思い、本を通して何を伝えたかったのかを理解すること。たくさん本を読んでも何も身につかなかったら、脂肪を蓄えるのと同じことだわ」
ユイはプーミの言うことが分からなかったのか、例の難しい顔を見せた。
「プーミさんは、リューレは夢を叶えられなかった、と思っているのですか?」
「そんなことないわよ。ギーリク大図書館は世界最大の図書館として知れ渡っている。それに、古文書のような貴重な本まで保管している。リューレが今のギーリク大図書館を見れば喜びで叫びだすんじゃないかしら。でも、夢は夢。リューレが本当に望んだことは本をたくさん保存することではなく、本に綴じられている未知の知識を役立てることだったのではないかしら。知識は役に立ってこそ意味あるものだわ」
あくまで私の感じ方だけれどね、とプーミは一言伝えた。




