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ヒソヒソ話

 いったい誰だろう?こんな夜の、こんな時間にいるなんて。ギーリク大図書館の職員だろうか、それとも、全く別の誰かだろうか?

 リーリは姿を見られないように壁に身を寄せて息を潜めた。

「何人?」

「ちょっと待って下さい・・・二人、三人・・・皆、星の印がある服を着ています。なんでしょうね、あれは」

 ユイは目を閉じ耳に手を当て、人の気配を探った。

 地下のフロアの階段の側で誰かが何かしているようだった。

「マナ教徒だわ。マナ教のシンボルには五つの頂点を持つ星なのよ。彼らの正装には必ず五芒星の刺繍が施されているの」

 薄暗い通路の中、その美しい刺繍をはっきり見て取れた。

「古文書の匂いがプンプンするわね。マナ教徒がこんな時間に館内をウロウロしているんだもの」

「こんな夜中に何をしているのでしょう?」

 ユイは音を立てないようにしながらプーミの側に寄り、小さな声で尋ねた。

「謝肉祭の夜だからかしら」

 そんなはずない。

 規律の厳しいマナ教を信じる者が理に合わない行動を取るとは信じられなかった。

 プーミの口調にも真剣味が感じられなかった。

 それに・・・階段越しに見えたシルエットはマナ教騎士団ゴーリッキ。

 見間違いようがない。

 広い肩幅に大きく隆起した胸板。

 昼間見た格好と違っている。けれども、その逞しい体は彼がゴーリッキであることを示していた。

「こちらに来る様子はありそう?」

「いえ、地下で何かを探しているようです。階段を上ってくる様子はなさそうですよ」

「それなら、彼らがいなくなるまでここで待っていよう」

 リーリは二人に目配せした。

 ユイとプーミは無言で頷くと、物音を立てない様に気をつけながら側に座った。

 手の届くところに古文書がある。

 ここで見つかる訳にはいかない。

 無断で侵入した自分達に非があるのは明々白々だ。彼らに館内にいる理由を尋ねられたら返答に窮してしまう。

「マナ教徒は夜になると必ず館内を歩いているのですか?」

 リーリはプーミに小声で尋ねた。

「私には分からないわ。でも、そういうことをする理由は無いでしょうから、今日だけ特別なんじゃないかしら」

「・・・マナ教徒。エントランスでも言われました、マナ教徒なら古文書の閲覧許可が下りると。マナ教とギーリク大図書館、どういう関係があるのでしょうか?」

「リーリ君はギーリク大図書館について疎いのね」

 プーミは声を落とすために更にリーリに近寄った。

 十分に声が聴こえていたリーリは何となく迷惑顔をしてしまった。

 そんな微妙な変化に気づいたのかどうか、プーミはそのまま言葉を続けた。

「ギーリク大図書館の創立者リューレはマナ教の信者だったのよ。大昔の大金持ちだったリューレは知ある者に憧れを持っていたの」

 音のない館内で、プーミの言葉だけが静かに響いた。

「今では想像もできないけれど、本一冊が珍しい時代があったのよ。人から見聞きする、もしくは、自分の足で世界を歩いて知るぐらいしか〈新しい何か〉を手に入れることが出来なかった時代。そんな時代における本は、ページを一枚捲くると、見たことも聞いたこともない世界をもたらしてくれる宝箱だったのよ。リューレは知識がとても貴重だったそんな時代に生きていた。マナ教の始祖キリルは星に関する大家だったから、リューレは始祖の持っていた知識に憧れを抱いたのかもしれないわ。そして、マナ教徒になったリューレは宝石のよういに貴重なキリルの知識をとどめておくために、ギーリク大図書館を建てたのかもしれない。それ以来、マナ教はギーリク大図書館と関わり合いを持ち続けているの」

 あくまで想像だけね、とプーミは一言断ってから続けた。

「知識への価値って、昔は今と違っていたんだと思う。今、知識って砂の中に埋もれた砂金ぐらいの価値しかないじゃない。電脳空間を開けばいくらでも手に入る、検索すれば用意されている、誰にでも楽に手に入れられるものだわ。でも、リューレの生きていた時代はそうではなかった。賢い人が長い年月を掛けて見つけた新しいものが知識と呼ばれていたのだと思う。それは、地中の奥深くに眠るエメラルドより尊い物だったのかもしれないわ」


 リーリはリューレという人物について考えた。

 リーリは勉強することが好きだし、苦にもならなかった。

 気になることがあると調べて考えて自分の糧にする。

 それを当たり前のことだと思っていた。

 それに、知識はどこかに埋もれているものでなく獲得するものだとリーリは考えていた。

 だからこそ、プーミの言うような状況を想像できなかった。


 列車も車も電脳空間もない時代、新しい情報を手に入れる事が困難だったのは想像に難くない。学校に通っても、新しい友達を作っても、ありきたりなものにしか出会えなかったのかもしれなかった。だからこそ、本の中に綴じられている、人の想像力を精一杯振り絞り作られた物語だけがリューレの欲を満たしたのかもしれなかった。

 リューレはお金を持っていた。権力も持っていた。

 だから、目一杯欲張って本を掻き集めてやろうと考えたのかもしれなかった。

 実際、リューレが建てたギーリク大図書館があるからこそ、〈マナ〉を知るヒントを手に入れられる。言い換えれば、リューレのお陰で自分がここにいることになる。

 同じ時代に生きていたら、リューレと友達になれたかもしれない。


 リーリは何となくそう思った。

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