マフラーが暖かいですね
「リーリ、質問があります」
「何?」
「マナとは何なのですか?」
ユイの声はそれほど大きくなかった。
夜になり気温の下がった空気がユイの声を遠くに運び、いつも以上に綺麗に聞こえた。
どうして、そんなことを聞くのだろう?
(不意に尋ねられると、“どうして”なんて言葉を思い浮かべてしまう)
ユイはギーリク大図書館で本の海に囲まれて何か感じたのかもしれない。
そうでもなければ夜の道で尋ねるような事でない気がした。
「リーリは言ったじゃないですか、古文書はマナについて書かれた本だと。ユイはマナについて何も知らないのです。だから知っておきたいのです」
「詳しくないよ」
「でも、ユイよりはずっと知っている、そうではないのですか」
リーリはため息を吐いた。
リーリにとって、それは答えのない質問だった。
「神様からの贈り物」
「えっ?」
「マナは神様からの贈り物と言われているよ」
これは本に書いてあった話の一部だよ、と断りリーリは続きを話した。
「神様が星の源であるマナをもたらした。大地に雨が降り、地上に草木が育ち、木に果実が実るのは、世にマナが溢れているためである。人が命を授かり、空気を吸い、美味しい物を食べ、言葉を交せるのもマナのおかげである」
ユイは首を斜めに傾け、ハテナ顔をみせた。
意味を飲み込みかねているようだった。
マナ、星、神様。
ユイは星も神様の意味も知っている。けれども、その二つがどうして繋がるのか分からないようだった。
「マナが私たちを生かしている?」
「きっと、そういう捉え方でいいはずだよ。今夜の様な星降る夜に見える何万という星の輝きの陰には神様がもたらしたマナがある。マナがあるから星が輝く。その輝きの中で人は生きて行ける。そういうロマンチックなものなんだって思っている」
「マナって偉いんですね。誰から頼まれたわけでないのに、私たちのために一所懸命働いてくれているなんて」
ユイは、満点の夜空を見上げてつぶやくように言った。
「頑張り屋さんと言うわけではないよ。それがマナなんだ。世界があるがままであるための触媒として機能しているんだ」
そう、マナは誰かのために存在している訳ではない。
誰からも影響を受けない。
マナは最初からマナとして存在している。
「でも、リーリ。マナを見たことがある人はいるのですか?」
「マナは目に見えるようなものではないよ」
「それなら、手に触れられるのですか?」
「それも出来ないよ」
ユイは淡白な返答に不満そうだった。
「見ることも触ることも出来ないけれど、マナは確かに存在する。人はね、マナが失われてると体に力が入らなくなって最後に動かなってしまうんだ。ゼンマイが切れてしまった人形のように動かなくなる。昨日は笑い合っていたの、明日になると永遠の眠りについて声を返してくれなくなるんだよ。そんな変化からマナがあるっていうの知ることが出来るんだ」
リーリはつぶやくように言った。
「それは・・・死んでしまうということですか?」
「違う。マナが消えても人は生きている」
「そうですか」
リーリは深呼吸をして言葉を続けた。
「きっと願いを込めて、マナは神様からの贈り物と言われているんじゃないかな。優しい神様が世界の何処かにいて、世の中が上手くグルグル廻るように見えないところで采配を振るっているんだよ。マナは神様がそんな役割を果たすための潤滑油だって聞いたことがある」
「イタズラ好きな神様がいたら、みんな困ってしまいますね。気分次第で大切な命が交換されてしまいます。世の中大混乱ですよ」
リーリは、そうだね、と笑った。
ユイはギュッと握りこぶしを胸に当て歩いた。
命の交換。
ユイは何気なくその言葉を口にした。
リーリは機械人形のユイに似合わない言葉のような気がした。あるいは、機械人形だからこそ、深く考えずに思い付く言葉なのかもしれなかった。
自分が同じ言葉を口にすれば自分自身でおどけてしまうだろう。
リーリは何となしにそう思った。
「リーリは命を取り戻したいと思っているのですか?」
リーリは不意の質問に足が止まった。
「どうして?」
ユイは考えなしに今の言葉を口にしたのか、言葉の接ぎ穂に困っていた。
「・・・分かりません」
ユイはうつむき加減に言った。
そして、もう一度、分かりません、とつぶやいた 。
言葉の理由が見つからないせいか、言葉の意味を探しているせいか、今度は一歩一歩しっかりと地面を踏みながらユイは歩き出したようだった。
質問が宙ぶらりんになってしまった。
ユイに聞き返した刹那、リーリは答えが浮かんだ気がした。
直ぐ言葉を付け加えればよかったけれども、ユイの側に立った瞬間、もう一度『どうして?』と聞き返してしまいそうな気がした。
リーリは小さく息を吐いた。
マフラーをもう一度巻き直すと、ユイの後を追った。




