第九話 襲来
「ここがその部屋か」
それから一時間後、私はある部屋にいた。
それは貴族が罪を犯した時に閉じこめられる部屋。
……そして今、アズリアが軟禁されている部屋だった。
「公爵閣下、今扉が開きました」
非常に厳重に鍵をかけられたその部屋が開く。
私は鍵を開けてくれた兵士にねぎらいの意味を込めて頷くと、その扉を開いた。
扉が開くと、そこにいたのは警戒を隠す気もなくこちらをにらむ女性、アズリアの姿があった。
「マリアベル……」
「随分な挨拶だな。私のおかげでこれだけ豪華な対応になったのだぞ」
「誰があんたなんかに……!」
私に敵意を露わにしてにらみつけるアズリア。
その姿には、夜会の当時の愛らしさなどなく、私は思わず笑う。
「その顔の方が余程いいじゃないか。最初からしておけばよかったのに」
「……あんたが嫌う顔に婚約者を寝取られた気分はどう?」
「はっ! それは煽りのつもりか?」
私を嘲るようなアズリアの視線を、私は鼻で笑う。
「殿下が馬鹿なのが今に始まったことであるわけがないだろう! その程度で誰が心を乱すか」
「仮にも自分の主に対して無礼な女!」
「ほめているんだよ。あの方はそれでいいのだ」
そう言いながらも、私は自分の魔力を高めていく。
人間では破格と言われる魔力を。
「まあ、無駄話はいい。用件は分かるな?」
「……何の話」
私の魔力を感知し、アズリアの表情は険しいものとなる。
その表情に私は内心、思う。
魔族相手の交渉はやりやすくていい、と。
「貴様の主、魔王について洗いざらい吐け」
──何せ、魔力を見せつけるだけで脅しになるのだから。
「……っ。何を言っているの? 魔王?」
アズリアの顔に恐怖が浮かぶ。
しかし、それ以上にその顔に浮かぶのは困惑だった。
それを見ながら、私は思う。
……本当にあの魔王の部下は皆優秀すぎて羨ましい、と。
「わ、分かった、雇い主の話はするわ。でも、その前に解放してくれるという確証が欲しいの」
急に猫撫で声でそう言ってくるアズリア。
命を握られ、私という圧倒的強者を前にした状況。
そんな状況下でありながら、アズリアは一切魔王の名前に対して動揺を見せなかった。
それはアズリアの諜報員としての圧倒的な力量を語っていて、普段の私であれば彼女の演技を見抜けなかっただろう。
……部下にも私は、脅し担当と言われているし。
しかし今においては、そんな言葉で私が騙される訳がなかった。
「本当に面の皮が厚いな、貴様。それだけでかでかと魔王から刻印をつけられておいて騙せる訳がないだろうが」
その理由こそ、彼女の肩に彫られた魔術の刻印だった。
魔力によって緻密に焼き付けられたその筆跡、そして魔力。
それが全部私に告げていた。
この魔族は魔王の手の者であると。
「出てこないならかまわん。──無理矢理引きずり出すだけだ」
次の瞬間、私は手のひらを前に向ける。
「待って、何言って……っ!」
それでも取り繕うことをやめない、アズリアへと私は魔術を発動した。
私の発動した魔術は地面に当たり、爆音を奏でる。
精霊を介さずに発動されたその魔術だが、私が発動すれば魔族を傷つけるのに十分な威力がある。
「乱暴しやがって。俺の可愛い部下が傷でも作ったらどうする気だ」
……故に、私はその土煙の中、その声が聞こえてきた時、一切の動揺は無かった。
あの魔王なら、部下が危険な時は出てくる。
それを私はよく知っていて、それでおびき出したのだから。
次の瞬間、土埃の中から姿を現したのは、吸い込まれそうなほどの漆黒の髪と目をした長身の男だった。
好戦的なぎらぎらとした目をこちらに向けたその男は、獰猛な笑みを浮かべながら告げる。
「会いたいなら素直に言えよ、マリアベル」
「今すぐ殺してやろうか、魔王」
その男こそ、現在大国の覇権を握る超大国帝国の主にして。
……大陸に存在する魔族の王、魔王だった。




