第十話 魔王
「やめろよ」
魔力とともにとばした殺意に対し、魔王は心底楽しげに笑う。
「そんなに熱く見つめられると照れるだろうが」
その言葉に私は舌打ちだけで返答する。
いつも通り軽口に答えながら、内心私は居心地の悪さを感じていた。
その内心を押さえ込みながら、私は魔王をにらみつける。
「一体どういうつもりだ? 何の目的があって殿下に色仕掛けを行った?」
私の魔眼が、目に映る魔王が本物ではないことを告げていた。
今目の前にいる魔王はアズリアに刻まれていた刻印から現れただけの分身で、その力は本物に遠く及ばない。
「……答えによっては貴様ごと、大切な部下も消し飛ばす」
しかし、それを理解した上で私には一切の油断はなかった。
なぜなら私は知っているのだ。
魔王という存在がどれだけ大きな魔力を持っているのか。
──そして何より、魔王という存在がどれほどやっかいな存在かを。
魔族は人間と違い魔術を介さずとも魔力を使える。
それは種族としての圧倒的なアドバンテージで、私がどれほど魔力を持っていても魔族を侮れない理由だった。
同じ量の魔力を持っていても、人間よりも魔族の方が有利なのだ。
「随分な挨拶だな」
そして、その上で人間の扱う魔術にも精通した存在こそが目の前の魔王だった。
「せっかく俺が会いに来たのに野暮なこと言わせるなよ」
へらへらと笑う姿からは想像もできない圧倒的努力家にして、圧倒的な才能を持つ覇王。
それが私の目の前にいる魔王という存在だった。
……そしてその魔王の分身相手にさえ、魔術だけでは私は勝てない。
ただ、人間には魔族に勝つために編み出した技術があった。
「もう一度言う。──次無駄話したら殺す」
次の瞬間、私は濃縮した魔力で魔術を構築する……のではなく献上した。
私の魔眼によってようやく見える微少な魔力の塊。
私の契約する精霊へと。
その瞬間、私の全身が炎によって包まれた。
まるで、炎のドレスを着ているかのように。
──もっと、もっと。
耳元で、私の身体を紅蓮に染めた精霊のおねだりが聞こえる。
さらに魔力を献上することでそのおねだりに応えながら、私は魔王をにらみつける。
楽しげにゲラゲラと笑う魔王を。
「言ってねえよ、一回もそんなこと!」
「死ね」
精霊にそそぎ込まれた魔力が、魔法という人類には不可能な形で発動する。
部屋の中は炎によって、真っ赤に照らされている。
そして津波というべき炎の波が魔王、その後ろで恐怖で固まるアズリアへと襲いかかり。
「やっぱりお前は最高だよ、マリア!」
その炎の波を魔王は易々と結界で抑えてみせた。
今の魔王はあくまで分身、その魔力は私の及ぶこともない。
そして、精霊魔法はその程度の魔力などで防げる訳もないのだ。
けれど、目の前の男はその法則を無視して易々と私の攻撃を受け流していた。
「あの気まぐれな精霊を完全にコントロール下におく精神力、お前絶対に魔族だろ!」
「……私を勝手に長命種にするな。私はきちんと十代だ」
「見えねえなぁ!」
そういってげらげらと笑う魔王に、さすがにカチンとくるものがある。
本当にこの分身を消し飛ばしてやろうか、そう悩み始めた私に魔王は楽しくて仕方ないと笑いながら告げた。
「なあ、マリア。──お前、いい加減俺のものになれよ!」
明日は二話投稿になります!




