第三話 初恋の人
勝ち誇ったような表情が偽物、もとい殿下の顔に浮かぶ。
私は思わず言葉を漏らしていた。
「ま、まさか、そんな……」
「ようやく事態を理解したか、マリア」
想像もしていない事態に、私は身体の震えを抑えることができない。
「こんなに殿下の頭が愉快だったとは……!」
「は?」
確かに、今まで何度も殿下はたかが魔術師風情、そう私を見下していた。
そして、何度も婚約破棄をすると私に宣言していた。
……ただ、本当にこんな衆目の面前でこんなことをするなど、私は想像もしていなかった。
今、実際に婚約破棄されて私の心にあるのは呆れだった。
「……私はどうやって、殿下のおめでたい頭を矯正すれば」
「き、貴様……!」
思わず私の口から漏れた言葉に、殿下は顔を真っ赤にしてなにも言えなくなる。
言えば、怒りが最高潮に至りすぎてなにも言えなくなった状態といったところか。
それにようやくこれが無礼だと私が気付くが、すぐにそんなことは頭から締め出す。
正直、そんなことが些事に思える状況が今なのだから。
……そんな私の考えがずれていないことを証明するように、夜会にいる貴族が殿下に向ける目は全て哀れみか、呆れの視線だ。
それを感じながら私は思う。
何とか穏便に殿下を抑えないと、と。
「……貴女のそう言う態度がミラベル王子の今の態度を招いたと、どうしてわからないのですか!」
聞いたことのない声がしたのは、そのときだった。
私は無言で顔をあげる。
そこにいたのは、殿下が隠していた女性だった。
黒髪に、つややかな目。
保護欲を引き立てるような、幼い表情。
それを見ながら、私は思う。
これが俗にいう、男に好かれやすい女という奴なのかもしれない、と。
「アズリアいい。下がっていろ」
そんな私の思いを裏付けるように、殿下はアズリアを守るようにそう叫ぶ。
しかし、アズリアは止まらなかった。
「いいえ! 下がりません! 貴女はミラベル様の身分しか見ていない! そんなのだから、婚約破棄なんてされるんです! でも、私は違う」
アズリア、と呼ばれた彼女は殿下の身体で隠れながら、そう叫ぶ。
その様子は確かに愛らしく、殿下の気持ちも分からなくもない。
そう思いながら、私はゆっくりとアズリアに向き直る。
「アズリア、と言ったか」
ただ、名前を聞いただけなのに、彼女は大げさにおびえて殿下の後ろに引き下がる。
まるで殿下を肉盾にするかのような勢いだ。
「マリアベル、下がれ」
そんなアズリアを守るように殿下は私の前に立ちふさがり……。
「……え?」
その殿下を、私は強引に私の方へと引き寄せた。
後に残るのは、肉盾がなくなり呆然と佇むアズリア。
そこにあるのは、先ほどの演技の恐怖ではない、本気の戸惑い。
それを見て、わずかに私の中で溜飲が下がる。
やっぱり、勝負は真っ向からでないと気持ちがよくない、と。
「貴様──誰の許可を得て、口を開いている?」
「……っ!」
次の瞬間、アズリアの顔に浮かんだのは、まるで竜でも前にしたかのような絶望的な恐怖だった。
明日は四話投稿になります!




