第二話 偽物
「わ、私初めて聞いたわ……!」
「マリアベル様の名乗りを直に見られるなんて……」
私の言葉に、夜会中にひそひそ声が漏れる。
それを聞きながら、私は内心思う。
……こうしてやけに持ち上げられるようになったのはいつからだろうか、と。
隣の公国を退けた時か、神聖王国のパラディンとの一騎打ちに勝利したときか。
はたまた、隣の魔王たる帝王に、私は大陸の七大魔術師の一人、紅蓮の魔術師に値すると言われ始めた時からか。
かなり前からの話になるのだが、未だもてはやされることに慣れない私は思わず顔をしかめる。
どうしても、この空気だけは慣れないと。
ただ、私は英雄と自称しても誰もが文句を言わないほどの軍人だった。
ゆっくりと偽物をにらみながら私は続ける。
「確かに、私は令嬢と見れば欠点だらけの人間だろう」
私は父が死んでからずっと戦場で過ごしてきた。
令嬢のマナーを教えてもらったのは、一体何年前になることか。
ただ、私は自分の価値をよく知っていた。
「それでも、今の私がいなければ帝国はすぐに攻めてくるぞ。それを知りながら、私を婚約破棄するほど、ミラベル王太子殿下は馬鹿ではない!」
「なにを言っておる! 私が本人だと言っておるだろうが!」
「……これ以上、私の前で殿下を侮辱して見ろ。後悔することになるぞ」
そう言いながら私が目の前の偽物をにらみつけると、偽物が初めて気圧された様子を見せる。
……本当に殿下のような態度を取るな。
偽物の様子に胸が痛むのを感じつつも、それを表に出さない。
殿下の名前を下げることだけは絶対に許さない、そう周囲に見せつけるように。
確かに、殿下はそもそも評判が良くはない。
とはいえ、私を婚約破棄するほどに愚か、という噂が流れればその評判はさらに下がる。
それを許す訳にはいかない。
そんな私の内心を知ってか知らずか、偽物はなおも果敢に続ける。
「ふ、ふざけるな! そもそも何だ、その紅蓮の魔術師とは! マリア、貴様はただの魔術師だろう!」
「……っ」
「そもそも、私は事前に婚約破棄すると伝えておいただろうが!」
私をにらみつけ、顔を真っ赤にして告げる偽物。
その言葉を聞いた時だった。
私の心に、ある可能性が浮かんできたのは。
「もしかして貴様……。いや、貴方は本物の殿下……!」
そう言いながら、私の頭にある言葉がよみがえる。
それは数日前、急に言われた言葉。
──数日後、私はお前を婚約破棄するから首を洗って待っていろ!
「ようやく理解したかこの馬鹿者が……!」
私は今、本当に婚約破棄されている。
……その事態を理解したのは、その瞬間だった。




