第一話 婚約破棄
短編の連載になります。
五話までは短編と同じ内容になります。
「マリアベル、貴様と婚約破棄する!」
その叫びが響きわたったのは、しんと静まりかえった夜会でのことだった。
想像もしない叫びに、誰もが押し黙っている。
その沈黙の中、私、マリアベルは目の前の恋人へと目をやった。
金髪碧眼の容姿に、高すぎない聞きやすい声。
間違いない、私の婚約者であるミラベル王太子殿下だ。
その後ろに黒髪の女性を庇うように立った彼は、私を睨みつけている。
その表情も良く見覚えがある。
そう確かめた上で、私は叫んだ。
「目の前の狼藉者をとらえろ! こいつは殿下の名前をかたる偽物だ!」
「……は?」
きょとんとした表情が殿下の顔に浮かぶ。
その表情も私には見慣れているもので、故にさらなる迷いが私の中に生まれる。
しかし、その内心を必死に押さえつけながら私は衛兵に叫ぶ。
「なにをしている! 早く押さえろ!」
「し、しかし、ここにおられるのは本当の殿下で」
「痴れ者が! こんな馬鹿なことを言うのが本当の殿下だと言うのか!」
そう言うと、実際に自覚のあったらしい衛兵が口ごもる。
「それはそうなのですが……」
「き、貴様ら! 無礼も程程にせんか!」
ずっと呆けていた殿下、もとい偽物が顔を真っ赤にそう叫んだのはその時だった。
「誰が偽物だ! 私が本物だとどうしてわからぬ!」
「確かに貴様の演技が並外れていることは認めよう」
まっすぐ偽物の目を見返しながら、私はそう告げる。
わずかに怯むその姿に、さらなる既視感を覚えながらそれでも私は続ける。
「そのそぶり、間、少しついている寝癖」
「なっ!」
「そうだ。そのあわてて直すそぶりもよく殿下に似ている。まるで殿下の生き写しだ。だが、その程度で騙せると思うなよ」
そこで言葉を止めた私はわずかに胸を張り、告げる。
「殿下が私との婚約を破棄する訳がないだろう!」
しんと静まりかえる夜会。
その沈黙にあったのは、私の言葉への無言の同意だった。
そう、この場にいる全員が私の言葉に同意していた。
……私のことを婚約破棄するなどあり得ない、と。
「アリアベル、貴様……! 一体何の権限があってそのような口をたたいている!」
目の前の偽物がそう激高したのはそのときだった。
ずさんな偽物に、私は呆れながら口を開く。
「権限? なにを言っている? 本当になにも知らないのだな。いいだろう、教えてやる」
しんと静まりかえった夜会の中、全員の視線が私の方に集まるのを感じながら私は堂々と告げる。
「私はマリアベル・グランベル。──この国の英雄たる紅蓮の魔術師だぞ」
世界各国に轟く、自身の二つ名を。
本日三話投稿になります!




