第二十九話 反乱
キャロリアの言葉に私は無言で目を閉じた。
……こうなることを、私は想像していた。
私を殺そうとすれば、公爵家の人間は許さない。
絶対に、反乱を起こす。
「……反乱を起こしてどうする?」
「公爵領を独立させるのが良いと思います。そして、今の王国にはそれを防ぐ手だてはありません」
キャロリアの言葉の通りだろう。
私の軍は今の王国最強の軍だ。
誰も、この軍を止めることはできない。
そして、独立しても公爵領をとがめ、制裁できる力も王国にはない。
公爵家の独立は簡単に成立するだろう。
「だから、どうかご決断ください! マリアベル様を私達に守らせてください」
まっすぐに決意に満ちた目で、私にそう懇願するキャロリア。
ずっと、ずっと側にいてくれたキャロリアのまっすぐなその思いに私の胸が締め付けられる。
……そしてだからこそ、私は頷く訳にはいかなかった。
「駄目だ」
「ど、どうしてですか、マリアベル様!」
「キャロリア、お前もその理由を分かっているだろう」
キャロリアの目が一瞬泳ぐ。
それだけでその内心を理解するのには十分だった。
「今、ここにパラディンが来ている。油断すればすぐに鎮圧されるぞ」
「……パラディンは確かに脅威です。しかし、パラディンだけです。それさえ抑えれば、他に脅威はありません」
そのキャロリアの言葉は事実だった。
現在の王国軍では、公爵家の反乱を鎮圧する力はない。
ただ、話はそれだけではなかった。
「確かに、公爵家が独立するのは簡単だろう。だが、その後どうやってこの戦乱に覆われた大陸を生きていく?」
「それは……」
「帝国と神聖帝国に囲まれたこの王国が生き抜けるのは、公爵領と王家が表面上でも力を合わせているからだ。独立すれば、その庇護もなくなるぞ」
公爵家の軍は強い。
ただ、この乱世を生き抜くにはあまりにも小さかった。
「独立した公爵家が生き抜くには、神聖帝国か帝国の庇護がいる。だが、あの神聖帝国に庇護を願い出るか?」
「……いいえ。あの二枚舌は信頼できません」
「なら帝国に保護を願いでるしかない。だが、お前も理解しているだろう。魔王は度量は大きいが、甘くないぞ。神聖帝国と第一線で戦うことは求められるだろうな」
そう言いながら、私は自分に好意的な魔王を思い出す。
しかし、魔王は大事な時には私情を優先しないことを理解していた。
「もしくは王国を攻め滅ぼすことを求められ……」
「かまいません」
私の言葉を遮り、キャロリアが顔を上げる。
その目からは、涙がこぼれていた。
「神聖帝国であれ、王国であれ、公爵の兵士達は喜んで戦いましょう」
そういいながら、キャロリアは頭を下げる。
臣下の礼ではない。
……まるで懇願するように。
「だから、どうか。私に。──公爵家の人間に二度も主君を見殺しにさせないでください」
その瞬間、私は気づく。
私の思っているよりも遙かにキャロリア達の覚悟が決まっていることを。
……そして、覚悟が決まっていないのは私の方だったと。
「キャロリア、すまない」
「マリアベル様?」
「私は王国の軍人だ」
「けいっ!」
ぼろぼろと、キャロリアの目から涙が溢れる。
「このままマリアベル様が処刑されれば、王国に待っているのは破滅です」
「そうだな。それでも私は王国に剣を向ける気はない」
そう告げる私の頭の中に浮かぶのは、父の姿だった。
その姿を思いながら、私は笑う。
……かえるの子はかえるだと。
自分が死んだとして、裏切られたとして、私は王国に刃向かうつもりはなかった。
ただ、その自殺に私は自分の部下を巻き込むつもりはなかった。
「私が死んだら、魔王に保護を求めろ。いざという時の為に、書いた遺書がある。それを魔王に見せろ」
そこには王国以外の様々な機密が書かれている。
まさか、このタイミングで使うと思っていなかったが。
「それを持って行き、仇を討ちたいと言えば、魔王もむげな扱いはしまい」
王国への忠義を部下に求めるつもりも、もう私にはなかった。
それに文句は言わせない。
ただ、その代わり私は文字通り王国に命を捧げよう。
そこまで考えて、私は笑いそうになる。
自国の主君よりも、敵の魔王の方が主君として信頼できることに気づいて。
牢の外で物音が聞こえる。
おそらく、このあたりが時間の限界だろう。
「さあ、キャロリアもう行くんだ」
「……マリアベル様」
「ここまで来てくれてありがとう」
私はぎこちなくも、それでも心からの笑みを浮かべる。
「キャロリアが腹心で、私が公爵家に生まれることができて私は幸福だった。
そう皆に伝えてくれ」
その私の言葉に、キャロリアが唇をかみしめる。
それでも、ゆっくりとキャロリアは立ち上がった。
私に小さく礼をして、ゆっくりと引き返す。
「……ミラベル様との婚約が破棄されていなければ、マリアベル様はいきることをあきらめませんでしたか?」
その言葉に私は答えられなかった。
そしてその沈黙こそが、キャロリアの問いの答えだった。
「……私はミラベル様を許しません」
その言葉を最後に、扉が閉まる音がする。
再度、沈黙が牢の中を支配した。




