第二十六話 手遅れ (ミラベル視点)
「……父上、何を」
異常にのどが渇いていた。
頭に、今までアランバルトと過ごした日々がよみがえる。
私に、マリアに笑顔を向けてきたアランバルトの姿が。
その、アランバルトの罪が冤罪だった?
「小うるさい奴だったが、最後は罪を被って死んでくれた。それだけは奴をほめて良いな」
この場にいる全員がその話を当然のように聞いていた。
その姿に私は理解する。
この話を、この場にいる全員が知っていたことに。
「お前が婚約破棄した時、さぞマリアベルは口惜しかっただろうな! 後一歩、後一歩で憎くて堪らない私を殺せるところだったのに!」
そういって、狂気じみた笑声を響かせる父上の姿に私は理解する。
おそらく、マリアも父が冤罪であることを知っていたこと。
そして、父がマリアを信じられないのはマリアが理由じゃないと。
──そう、父は自分に非があるからマリアのことを信じられないのだ。
「待ってください、マリアは復讐など……」
「もう良い。貴様の話は聞き飽きた」
そう父上が吐き捨てると、衛兵達が私の方へとやってくる。
取り押さえようとしてくる衛兵達に必死に抵抗しながら、私は叫ぶ。
「やめろ、はなせ! 父上、話を……!」
しかし無駄だった。
父上は私を一瞥もしなかった。
衛兵に連れて行かれながら、私の頭にある言葉がよみがえる。
それはかつて、魔王に言われた言葉。
──マリアはお前に甘い。だから俺が言っておいてやろう。
それは目障りな表情で魔王にされたアドバイスだった。
──無知は罪。お前の愚かさは、いつか周囲を巻き込む破滅につながるぞ。
その意味を、今になって私は理解する。
「……くそ!」
思い出す。
父が冤罪と知り、マリアの顔から表情が消えていった時期を。
その時、私は必死にマリアの笑顔を取り戻そうとしていた。
その為に婚約破棄を望む声を無視し、私はマリアのそばにいた。
けれど、マリアが取り戻したのは他人に感情を読ませない仮面だった。
同時期、マリアが選ばれた魔術師だと持ち上げられているのを見ながら、私の胸にあったのは後悔だった。
私の存在はマリアの役に立っていないのではないかと。
私が無理にそばにいようとしたから、マリアの立場は不安定になってしまったのではないかと。
故に私はマリアが英雄と呼ばれるのを信じなかった。
いや、認めなかった。
……英雄になったから私はマリアの傍にいたのではないから。
そして、私は婚約破棄を選んだのだ。
マリアが権力のせいで不安定になったなら、もう巻き込むわけにはいかないと思ったから。
だが、違ったのだ。
私の存在ではなく。
……マリアはただ、この世界を生きてきたから変わらずにはいられなかったのだ。
そして、私の婚約破棄はこの世界で生きてるマリアに対する最後の綱を切る行為だったのではないか。
今、この瞬間になって私は気づく。
……自分が取り返しのつかないことをしてしまったのではないか、と。
それを知ってももう手遅れだった。
必死に抵抗する私の前、扉がゆっくりと閉まった。
次話、聖騎士長視点になります
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