第二十五話 真実 (ミラベル視点)
口の中が血の味がする。
それを私は、地面に倒れながら感じていた。
「終わったか」
「は、はい……!」
私を殴っていた衛兵に、父上が気だるげに声をかける。
「その、国王陛下。本当によろしかったのでしょうか」
「よい。もうこやつは王太子でもなんでもない」
その父の言葉に、安堵した様子で私と戦った衛兵はこの場から去る。
そんな様子を、離れたところにいるパラディン達が見ていた。
「威勢良く啖呵を切ったと思えば、ただの衛兵にも勝てませんか」
ライマークの蔑みの目が私に向けられていた。
それに思い出す。
……ずっと、この目を向けられてきた人生だったと。
私はカインと、そしてマリアとずっと比較されてきた人生だった。
「これでよく我らと戦おうと思いましたな」
「こいつには何もできん」
そう父上が吐き捨てる。
その言葉に過去の父上に言われた言葉がなぜか閃光のように脳内に蘇り。
──しかし、その全てを今はいらないと私は投げ捨てた。
「誰が、負けたと言った!」
全身が痛い。
だが、痛みには精霊の暴発を繰り返した経験から慣れている。
まだ、戦える。
目尻の涙を痛みのせい、身体のふるえを武者震いと言い聞かせて私は笑う。
そして、パラディンへと叫んだ。
「準備運動は終わった。次がパラディン様か?」
そんな私をライマークが冷めた目で、マイヤーが無表情ながら口の端をつり上げて見ている。
そのパラディンへと私は拳を振り上げる。
その時、父上が重々しく口を開いた。
「ミラベル、どうして貴様はそこまでして立ち上がる」
「決まっています。マリアは信頼に足る人間だからです」
「おっと、ミラベル殿下」
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた宰相が前にでてきたのはその時だった。
「ご自身が婚約破棄をしておきながら、よくそんなことが言えますな」
「黙れ。貴様のような下衆がわかったようにしゃべるな」
想定外の返しに無言になった宰相を無視し、私は父上に必死に告げる。
「マリアとの婚約破棄は私が理由です。マリアには何の落ち度もない」
そう、マリアと婚約破棄をしたのは私の勝手な理由だった。
理由を告げようとして、一瞬私は言いよどむ。
どう伝えればいいのか分からなくて。
ただ、迷ったのは一瞬だった。
「私に覚悟がありませんでした。……このままではマリアを守れない、そう思ったから私は婚約破棄をしました。もし、マリアが咎を負うべきだというなら、私が負います」
そう言いながら、私は父上に膝を突き臣下の礼をとる。
王太子剥奪に何の異存もないと伝える為に。
だから。
「だからどうか、父上はマリアを信じてください」
「……貴様は、どこまで知っている」
「父、上?」
──次の瞬間、響いてきた底冷えする声に、私は衝撃を隠せなかった。
呆然と顔を上げた私に、父上はぞっとするような笑顔を向ける。
「そうか、無意識か。つくづく忌々しい子だなお前は」
そう言いながら父上は私を睨む。
「無能で考えなしでありながら、先見の明だけは持っている」
ゆっくりと立ち上がった父上に私はなんと口にすればいいのか分からなかった。
しかし、そんな私を無視して父上は続ける。
「そして、なぜかマリアベルのようなすこぶる有能な者達の忠誠を手にしている」
その時になって、私は気づく。
なぜか、カインもまた私のことを睨んでいることに。
「お前は言ったな、マリアを信用しろと」
「は、はい」
「無理だ」
私は唇を噛みしめる。
「何故! 何故、マリアを有能と認めながら、そこまで排斥するのですか! 一体何故……」
その時になって、私は思い出す。
……独断専行で処罰されたマリアの父を。
「マリアの父親が原因ですか?」
そう言いながら、私の胸に痛みが走る。
世間では未だに軍人の風上にも置けないと言われるマリアの父。
マリアの評判に泥を塗るだけの存在として扱われている存在だが、私はあの人が嫌いではなかった。
──殿下。決して下々の人間をそう扱ってはいけません。
幼い頃から決して優秀だと言われなかった私を、ずっと見てきて叱ってくれた人。
あの人が独断専行を決意したのには、何か理由があることを私は確信していた。
ただ、今はあの人の名誉ではなくマリアの名誉を守らねばならない。
その気持ちを元に、私は口を開く。
「マリアの父の件でしたら、責任は父にあるはずです。今までの働きから見てもマリアには何の責任も……」
「ミラベル、一つ良いことを教えてやろう」
父上が笑いながら口を開いたのはその時だった。
「──マリアの父は、独断専行などしておらん」
「は?」
「私が帝国に攻め入るように命じ、魔王の目をそらす為に全ての責任を奴に着せた」
その時、父が見せた醜悪かつ粘着質な笑み。
それを私は生涯忘れることはないだろう。




