第十八話 婚約破棄
「ようやくきたか、マリアベル」
それは殿下の二週間の謹慎が解けた二日後。
私、マリアベルは殿下に呼び出されていた。
「今回はどうされましたか、殿下」
そういいながら、その実私は殿下が何を考えているのか分かっていた。
すなわち、また婚約破棄しようとしているのだろうと。
そもそも、この部屋は殿下が婚約破棄をする時によく使う部屋だった。
婚約破棄によって謹慎した後に、すぐ婚約破棄するあたりがさすが殿下と言わざるを得ない。
さすがの諦めの悪さだ。
「マリアベル、私と婚約破棄してくれ」
だからこそ、その殿下の言葉は私の想像通りのいつもの言葉で。
……けれど、私はいつものようにその殿下の言葉を切り捨てることができなかった。
「殿下、何を考えているのですか?」
困惑の声が漏れる。
そんな私と対照的に、殿下の目はまっすぐ私を射抜いていた。
私は知っている。
殿下は普段はおおらかで、考えなしの行動に出ることが多い。
しかし、時には真剣に考え、引かぬ覚悟で話を切りだしてくることがある。
……そんな時、殿下は一切ごまかさないし、目をそらさないのだ。
「マリアベル、私はずっと思っていた」
普段なら聞けないような苦悩の滲む声。
それが何よりいつもの殿下ではなくて、私は思った。
このまま話させたらだめだと。
「殿下、考え直してください。私との婚約破棄がどれほど損か、前もお話したでしょう? 殿下は私との婚約で王太子になったのですよ?」
ようやくいつも通りに私が話を切り出せたのはその時だった。
……だが、もういつもの殿下の否定はなかった。
「知っている、お前は紅蓮の魔術師なのだな」
「……はい。殿下の魔術師です」
「そうか」
私の言葉にかすかに殿下は笑う。
それがどうしてか父を失ったあの日、殿下が私を元気づけようとして浮かべた笑みと重なる。
その理由も分からぬまま私は焦燥に背を押されて続ける。
「殿下、私は貴方に忠誠を誓っております。私との婚約破棄をする方が殿下には得が……」
「なあ、マリアベル。お前の得はどうなんだ?」
「……っ!」
決して大きな声ではなかった。
けれど、私はもう何もいえなくなってしまう。
そんな私に、殿下は同じ笑みのまま続けた。
「……もしかしてお前は、私のせいで紅蓮の魔術師になったのか?」
質問の意図が、私には分からなかった。
何故、そんなことを聞くのか。
けれど、反射的に私は理解してしまう。
……これは違う、そう言わなければならない発言だと。
そうしなければ、殿下は本当に私と婚約破棄すると。
「そう、です」
でも、言える訳がなかった。
「私は殿下のおかげで、殿下に感謝を示すために」
だって、私にとってそれが原点で誇りだったからこそ。
あの日、殿下の言葉に今の私があるから。
……それを何より感謝し、決意しているからこそ私はここで否定する訳にはいかなかった。
「そうか」
だから、後から考えればそれは避けられない話だった。
「……私のせいでお前は変わってしまったのだな」
私が殿下に捧げてきた忠誠、それが殿下にとって負担だった。
これはそれだけのシンプルで、埋めようのない話だったのだから。
「もう一度言おう、マリアベル。私と婚約破棄してくれ」
まっすぐと私を見て、殿下が告げた言葉。
それに私の心が張り裂けるような錯覚を感じる。
……けれど、それを出さないのが私の最後の意地だった。
「かしこまりました殿下」
その場に私はひざまずく。
「本日から私はただのマリアベルに戻りましょう。……ただ、殿下が健やかでありますようお祈りしております」
「ああ。……大儀だった」
無言で私は頭を下げる。
欲しくもない言葉に感謝を示すために。
その日、私は主を失った。




