第十七話 決意 (ミラベル視点)
「くそ、どうしてこうなったのだ……!」
押さえられない気持ちが、口から漏れる。
その不満を必死に押さえながら、私ミラベルは廊下を歩いていた。
父に叱責されてから、もう二週間がたっている。
その間ずっと私は謹慎させられており、今がようやく動けるようになった日だった。
「どうしてここまで父上に反対されなければならない! 私とマリアベルの問題だろうが!」
そういいながら私の頭に浮かぶのは、先ほどの激怒する父だった。
「どうして父上はマリアベルのことになるとああも、感情的になるのか……。そもそも、父上もあの噂を信じているのか」
そういいながら、私が思い出すのはかつてのマリアベルの姿。
──殿下、私虫が怖い……。
「あのマリアベルが戦場で無双など、そんな話があるものか!」
確かにマリアベルは変わった。
威厳も増したし、周囲からの見る目も変わった。
しかし、その根っこの天然で謎で、相変わらず思い詰めやすい性格も何もかも変わっていない。
……そんなマリアベルが戦場に行ったという話でさえ、私は信じられなかったのだから。
「ええい! 婚約破棄を避ける為だけにやけに話を盛りよって! どうして逆効果だと分からんのか!」
そういいながら、私の足の向く先は自然とアズリアの部屋になっていた。
その部屋へと向かいながら、私は思う。
……彼女には酷なことを押しつけてしまったと。
女性としても魅力がない、そういいたい訳ではない。
ただ、私がアズリアと婚約を交わした大きな理由は、マリアベルとの婚約を破棄するためだった。
「思い人がいたら婚約破棄する、そう言っていたのに大嘘つきめ……!」
その為に必死にアズリアへの思いを偽り、いつもの様に茶化されない夜会という衆人の前での婚約破棄を選んだ。
その結果がいつもと同じ進展なしという展開に、私は不満を隠せずアズリアのもとに急ぐ。
「……アズリアから持ちかけてくれた話とはいえ、悪いことをしてしまったな」
そうであったとしても、アズリアには後ろ盾も何もない。
今、アズリアを守れるのは私しかいない。
いったん巻き込んだ手前、彼女を放置する気など私にはなかった。
「とはいえ、マリアベルが何かおかしなことをする訳がないがな」
アズリアの捕らえられている独房を目の前にして、私はそうつぶやく。
確かに最近のマリアベルは少し、過激にはなった。
けれど、幼なじみである私は知っている。
マリアベルは不必要に人を傷つける人間ではないと。
……故に、私はこの婚約を疑問視することにもなったのだが。
「本当に父上もおかしなことを言うものよ」
そう告げる私の口元には、いつしか隠しきれない笑みが浮かんでいた。
「マリアベルが王国を滅ぼす訳がないであろうに」
確かに婚約破棄すれば、マリアベルは私に怒るかもしれない。
それでも、それをほかの人間やものに向ける性格ではないと私は知っていた。
この婚約破棄は、あくまで私とマリアベルの問題でしかないのだから。
「……マリアは一度怒ると怖いからな」
とはいえ、できれば怒られない方がいいが。
そんな与太ごとを考えているうちに、私はアズリアの独房についていた。
「ミラベル殿下……!」
「ん、ご苦労あけてくれ」
「い、いえ、それが今は……」
門番の様子に、私はすぐに父上の手がここに及んでいることを察する。
とはいえ、このまま引き下がるという選択肢は私にはなかった。
門番には悪いが、ここでアズリアと会っておかないと、私に重用されていないとされる。
そうなれば、マリアベルはともかく、ほかの人間が手を出す可能性がある。
「ええい、悪いが私は押し通る!」
「み、ミラベル殿下!」
相手が王族を無理に止められないことを利用し、私はそのまま独房へと押し入る。
幸運にも錠がついていないことを幸いに私は部屋の中へと押し入り。
「は……?」
──その中、誰もいない独房を目前にして私は固まることになった。
何が起きているのか理解もできず固まる私の後ろ、気まずげに門番が目をそらすのが分かる。
私は静かな声で、門番へと口を開いた。
「何が、起きた?」
「……っ」
私の言葉に門番が唇をかみしめる。
泳ぐその目からはありありと葛藤が伝わってくる。
しかし、王族の追求からは逃げられず、門番は口を開いた。
「マリアベル様が」
「……マリアが?」
「出てこられた時には、このような有様になっておりました」
それ以上門番は何も言わない。
しかし、それで十分だった。
「そんなこと……」
頭にはずっと、かつてのマリアベルが浮かんでいる。
そして私は知っている。
かつてのマリアベルであれば、こんなことなどしないと。
──マリアベルは世界最強の魔術師になったのだ、そう私が理解したのはそのときだった。
ようやく今になって私は理解する。
マリアベルは変わったのだと。
かつてのマリアベルとは違うのだと。
……いや、本当は私はもっと前から理解していたのだ。
だから私はマリアベルと婚約破棄しようとしていたのだから。
なぜなら、マリアベルが変わったとしたらその理由は一つしかないのだから。
──私は殿下に忠誠を尽くします。
「……理由など、私以外ないではないか」
アズリアに申し訳なく思いながらも、今私の心を支配するのはマリアベルの存在だった。
私は婚約破棄しなければと思う一方、この関係を惜しんでいた。
このまま続けばいいのに、とさえ思っていた。
しかし、それがマリアベルに負担を強いていたのだとすれば。
「婚約破棄を、しなければ」
その日、私は幼なじみとの関係を壊すことを決意した。




