第十四話 パンドラの箱
カインの土気色になった顔をみながら私は思う。
せっかく人が笑ってあげているというのに失礼な顔をするものだ、と。
ただの自業自得だろうに、と。
「私の部下は耳がいいのですよ」
憤慨しながら、私にこのことを教えに来てくれたキャロリアを思い出す。
「他にも、私の耳に入ってきていることはありますよ」
「な、なんのこと……」
「カイン殿下の友達について」
「……っ!」
にっこりとした私の笑顔に対し、カインの顔はどんどんと青ざめていく。
本当に失礼なやつだ。
私の笑顔は非常に魅力的だと、キャロリアにも太鼓判を押されているというのに。
そんな内心を一切出さないまま、私はカインに告げる。
「悪いことは言いません。神聖帝国とは手を切って下さい」
「何のこと……」
「あの国は王国と魔王を争わせることしか考えていませんよ。その手駒にされるだけです」
神聖帝国、パラディンという戦力を持ち、唯一魔王の帝国と覇権を張り合えるとされる国。
魔人である魔王への敵意から、神聖帝国を支持する国も多い。
……ただ、その実神聖帝国のトップは決して清廉と言えないことを私は知っていた。
「前々から私は言っているでしょうに」
何故、それを。
そう顔にありありと浮かべながらこちらを見てくるカインに、呆れながら私は告げる。
「魔王と神聖帝国の争いには巻き込まれるな、と」
「だから、何を……」
「心あたりが無くとも、黙ってお聞き下さい。これは未熟とはいえ、軍人の一番上にいる者からの忠告です」
ここまでばれてもなお、建前は崩さないカインにある種の感心を抱く。
分かりやすいミラベル殿下とは大違いだと。
ただ、目の前のカインはついて行きたいと思える存在ではなかった。
「神聖帝国の法王はほかの国をどう利用するかしか考えておらず、まだあの魔王の方がましです。しかし、その魔王も敵には一切容赦しません」
その言葉にカインは悔しげに歯を食いしばる。
瞳に映る私への憎しみに、私は思わずため息をつかないようにするので必死だった。
確かに私はカインが好きではない。
だが、仮にも王子に対して嫌みをいうつもりはなく、この言葉は私の心からの忠告だった。
とはいえ、この様子だとその真意は一切通じていないだろう。
敵が多いとはいえ、こんな扱いばかりされると私も傷つくのだが。
「……のくせに偉そうに」
そんなたわいのないことを考えている時だった。
嗜虐的な、憎しみの光が宿った目でカインが口を開いたのは。
「反逆者の娘。その立場を忘れるほど、王国の人間の頭が軽くてよかったな、マリアベル」
ああ、本当に。
これだから、この男が私は嫌いなのだ。
頭の良さを、人の弱点を踏みにじる時にしか使わない。
その怒りを何とか抑え、代わりに私は笑みを浮かべた。
「そこまでにしておきましょう、カイン様。──それは王家にとってもパンドラの箱でしょう?」
淡々とした私の声。
それで十分だった。
顔を青ざめさせたカインは、口を閉じたまま私に背を向ける。
そんなことをしても、自分の言ったことがなくなる訳ではないのに。
挨拶もなく、遠ざかっていくカインの背中。
それを見ながら、私はつぶやく。
「……やはり、ミラベル殿下は違うな」
そういいながら、私が思い出すのは父が死んだ日。
──国王に命じられた帝国への奇襲を、独断専行に塗り替えられた日だった。
明日から一日一話投稿になります。
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