セカンドゲート
0749
「こいつ!あれほど言いよんのに」
五十嵐は倒れこんで息を切らせる桜に寄って足で軽くこつくような仕草をする。
「おいじじい大概にしとけよ!今まで助けてもらっとって自己中もいい加減にせいや!」
五十嵐に向かって毛木が叱責した。
「最近ひどいなあのじじい」
「暴走老人だよ暴走老人、若い時に酒の飲みすぎで前頭葉が委縮するとああなるんだよ」
毛木の取り巻きが口々に愚痴を垂れる。
「それよりも皆さん、早く物品の確認しませんか?いい加減早く帰りたいんです」
「嫌だわホント、これだから関わりたくないのに」
中年夫婦は誰に聞かせるでもなく、しかし聞こえるように声を上げる。
「まーたやってんのか。これだから男というやつは。歳食っても獣にはかわらんわ」
「峰さん、少しは荷物分けるの手伝ってくれませんか?」
少し離れたところに若い女性二人組がグループとは少し距離を置きながらバッグから回収した荷物を下ろす。
峰と呼ばれた少し陰湿そうな女性は軽蔑の眼差しを周りに振りまく。
「お前らいい加減ちょっとは黙っとけや!また人が死ぬところやってんぞ、解ってんのか!
どいつもこいつも言いたい放題言いやがって、グループやらんと俺らおしまいやねんぞ!
ふざけんのもーーーー」
各々メンバーがまとまりのつかない行動に毛木がついに激高し、喚き散らし始めたその時だ。
”今日もごきげん、おひさまだ~♪みんなの街に、かけーつけろー♪
あれも、こーれも、どれーでーも、みんなの、ごよーたし♪”
突如として静寂な一角に徐々に聞こえてきた素っ頓狂な歌。
それはまるで田舎村にやって来たスーパーの移動販売車がスピーカーで凱旋しているような雰囲気だった。
しかしやって来たのは物々しい機関砲を付けた装甲トラックだった。
装甲トラックは大きく周回すると一同の前で停止する。
0631
「何?もめごと?」
助手席のウインドウを開いてサングラスをずらしながら厳つそうな中年が
怪訝な顔をしながら毛木に尋ねる。
「いや、別に・・・大丈夫です」
一同は先ほどとはうって変わり一言もしゃべらず、目線も合わせることも無くみなうつむく。
暫くは倒れこんでいた桜も立って身なりを整え、ぼく君の手を取ってやって来た人間を疲れに満ちた顔で見つめる。
装甲車には”生活治安維持局・中部”と汚い字で書き殴られていた。
やがて車から二人の人間が降りてきた。
先ほどのサングラスの中年とボディガードなのか後ろ斜めに控える体格のいい男がマシンガンを持って警戒心を露にする。
「あーあー、ハイ皆さんおはようございます。もめ事はね、ダメだよ、ダメ。こんなご時世だからなぁ。
皆さんは”調達屋”として生計を建てられているんだから、もう少しまとまりを持たないと。
他の所なんてそりゃもう大変だよぅーーー」
放っておいたら永遠と続くかのような感じで淡々としゃべる。
これはまずいと先陣きって毛木が切り出した。
「あの・・・岡村さん」
「ーーーこの間の海岸線のーーー何、毛木君?今話してんだけど?話の腰折っちゃダメだよぅ」
話を遮られるのをすごく嫌うのかサングラスの岡村は毛木を睨みつけた。
「すみませんーー、その、昨日、大垣さんゲートから帰ってこなくて。
今日朝見に行ったらもう”風化”が始まってました」
岡村はサングラスを額の上にかけ、マシンガンの男に何やら合図する。
「写真は?撮った?」
「撮りました。桜、写真見せてやって」
毛木は桜を手招きすると桜はポケットまさぐって年季の入ったデジカメを渡した。
岡村は再生して写真を確認する。
底には倒れこんだ人の形をした砂の塊のようなものが映っていた。
「藤井さんこれデータコピッて。毛木さんちょっと死亡後見届書いてくんない、後でいいから。
チッ、あー糞、面倒なんだよなぁーあーどこまで喋ったかな?あーもういいや。
ハイもう配給品配るから並んで並んで、後物品取引は手に持って並んでよ、書類は後でいいから」
岡村は面倒そうに尻を搔きながらトラック横の操作ボタンを押して物品支給のための机を出し始めて
皆いそいそと並び始めた。
「・・・とっとと並ぼう」
ぼく君の手を引いて、桜は指示された調達品を持って列の後ろにしぶしぶ並んだ。
0326
「あれだけの目にあって交換したのが水8キロってのは割に合わんばい」
「ばい、ばい、ばーい!」
流ちょうな博多弁で愚痴る桜の引くカートには政府支給品の食糧から飲料水が所狭しと詰め込まれていた。
その傍らを歩くぼく君の両手には決死の思いで手に入れたドッグロボットと桜がついでに拝借したプラモが
抱えられていた。
誰もいない、鳥もいない、犬も、猫も、虫すらも消えた静寂が支配する町の道路を
二人して歩く。
(こげな生活、いつまで続くよ・・・)
桜はすっかり疲れ切っていた。その表情からは世界が一変してからの調達屋家業が決して短くはない事を物語る。
やがて二人の前に大きな深緑のゲートが現れた。
0121
ゲートのデジタルタイマーは緑色に点灯している。
「さあ、はようせんと直に締まるからね」
このゲートにはマニュアル操作パネルがなく、ゲート脇の人一人が狭苦しく通れる扉には”AUTO”と書き殴られていた。
二人でいそいそとゲートの扉を潜り抜ける。
周りの彼方此方はそびえたつ乱立するゲート。
脇道を通り、先ほどまで生活していたのではないかと見受けられるぐらいの生活感のある住宅街を
通り抜け、すぐ脇に”風化”と呼ばれた人の”成り”をした砂の塊を横目で見ながら
畦道を歩くと目の前に幅50メートルはくだらない大きな川が流れる高台の道に出た。
その高台の道の一角に点在する倉庫、そこが彼らの住処だった。
倉庫の扉はやはり後付けされたと思われる深緑のゲート。
デジタル表記は無い。
桜はドアノブに手をかけ、重苦しい扉を開いた。
「ただいま」
「ただいまぁ、おかえり、おかえりなさあい」
1183
「ほら、いただきますせんと」
「い、い、い、い、いただきますっ」
桜はダイニングの椅子に座るぼく君の前に解凍したホットケーキのような料理の皿を置く。
自分もぼく君の隣の椅子に腰かけ、代わり映えのない食事に溜息をつきながらコップに水を汲んだ。
「きゃっ、きゃっ」
彼らの目の前にはモニターと古びたDVDデッキ。
かわいらしい女の子のキャラクターのアニメが流れていた。
ぼく君はあまり内容こそ理解してはいないだろうが雰囲気で面白がっている。
「らきすたのおねーちゃん達、えらい楽しそうやね。みんな学校行きよるとよ。ぼく君も大きくなったら
学校行けるようになるといいね」
桜がボヤクが耳には入らず、ホットケーキのようなものを頬張りながら目線はモニターに釘付けである。
「ほら、食べる時はちゃんと皿を見んね。口が汚れるよ」
そういってぼく君の口を布巾でぬぐった。
「テレビやなんやかかっとったらいいんやけどもうこれもいい加減飽き飽きよ。
今度なんかDVDかなんか映画落ちとったらええけどね。これ見るのもう何十回目よ」
桜はそう言いながらもはや聞き飽きた台詞を復唱しながら食事を始めた。
0883
「♪・・♪・・・」
夜はとっとと眠りにつく。腹が減るが数には限りがある。
二週間に一回来る生活治安維持局の人間の配給があるまでは食料を得る手段がないためだ。
しかも配給がいつまで続くか解らない、ゆえに仲間うちで話保存の利くのは出来るだけ食べずに温存するのが
当たり前になっていた。
しかし腹が減っては簡単には寝付けない。
故に気を紛らわせるために桜は布団に入ってからも鼻歌を歌うのが日課になっていた。
一方、ぼく君はまだ幼いこともあってかすやすやと自分専用の寝床でドッグロボットを抱いて眠りについている。
桜は扉ゲートの赤点灯したデジタル表示一点を見つめながらただ物思いにふける。
(福岡に帰りたいね・・・みんなどないしとると)
0794
静寂の中、時計の秒針が動く音だけが響く。
コン・・・コン・・・・。
(もうすぐ3年、本当についてない。仕事じゃなかったらこげんとこ絶対居らんかったよ)
0699
コン・・・コン・・・。
(そういえばバイクのローンとかどないなっとるね。
まあスマホも電波も繋がらんようになったし、どうでもいいことやね)
0621
コン・・・コン・・・。
(もう少しどっかに物品とか転がっとらんかな、今度毛木さんに相談してみようか?
でもあいつらは絶対反対しよるけんね)
0598
コン・・・コン・・・コン・・・。
(今日は全然眠れんね、漫画でも読もうか?ああ、でもやっぱりやめとこうね)
0553
コン・・・コン・・・コン・・・コン・・・。
(・・・・・・・・・・?!)
桜はゆっくりと体を起こし静かにつぶやく。
「違う・・・何の音ね?」
ぼく君を見ると既に物音に気付いており、両手を振り回している。
桜はぼく君の方へ口をチャックするようジェスチャーをしてベッドの傍らに立てかけておいた猟銃を持つ。
音源を探る。くまなく見まわした後、それは因縁ともいえる場所。
(ゲートね・・・)
桜はゆっくりと、音を立てずにゲートの前に立ち最初からつけられていた覗き穴を見つめる。
ゲート上部の薄暗いLEDライトに照らされていたシルエット。
「嘘やろ・・・人ね・・・女の人・・・・」
桜は驚きのあまり声を上げてしまった。
それもそうである、ゲート扉のデジタル表記は赤点灯。オープンタイムまではまだ5時間近くある。
コン・・・コン・・・コン・・・コン・・・。
”あの、夜分にすみません。誰かいませんか?明かりがついているのここだけで・・・”
(くそっ、どうする?!どうするね?こげん事今までありえんかったよ!)
ゲートが乱立して以来、夜に訪問客が来ることなどありえない事だった。
そもそも外はクローズタイムなので人は”何か”によって風化する。
にもかかわらず目の前には生き生きとした女が扉を叩いているのである。
(考えていても仕方なか!!)
桜は意を決し、ぼく君に布団に隠れるように指示をするとゲートの操作レバーをマニュアルにしておもむろに開け放つ。
バンッ!
「うわっ・・・びっくりした!あの私ーーー」
「そげんとこで何しとると!!」
「えっ?九州弁?ここって関西ーーー」
戸惑う女に桜は畳みかける。
「俺の事はどうでもよか!なんでここにいるか聞いとると!」
「え、あの、私っ」
女が戸惑う中、電子音が鳴り出す。
ピッ、ピッ、ピッ!
ピピッ、ピピッ、ピピッ!!
ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ!!
「だめ!とりあえず中に入って、早く!」
「あの私ーーーーうわぁああ!」
埒が明かない女に業を煮やして桜は首根っこを摑まえて倉庫の中に引きずり込んだ。




