再び輝く北極星
まどろみの中、昔の夢を見る。懐かしくも悲しい、甘美であり、苦くもある、そんな夢を…。光を失う前の断片的な記憶、もはや顔を明確に思い出せもしないからか、薄いモザイクのようにぼやけて見えてくる。
「ポラリス!何めそめそしてんだお前。一生の別れでもなし、ビービー泣くなよ。」
「そうよポーラちゃん!ママだってすぐ帰ってくるわよ!お土産、いっぱい持ってくるからね♪」
「ポーラ、アルの奴といい子で待っててくれ。パパたちは行かなきゃいけないんだ。歌の練習を怠るなよ、お前の歌は数多の人間を癒す至宝だ。」
パパと、ママと…あと1人?どういうわけだか思い出せない。けれど大切な存在であったのは確かなはず。
いったい誰…あの人は誰だったの?なんで思い出せないの?
頭の中で問いかけるも答える声はなく、おぼろげな夢を揺蕩うだけ。
一つだけしっかり憶えていることがある…その飛行機には乗ってはいけない…!
だめ!なんで行ってしまうの!?乗ってしまったらパパ達はもう…。
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「だめええええっっ!!!」
冷や汗をかき、飛び起きた。ポラリスは盲目だが、持ち前の聴覚や嗅覚で自室であることを理解した。1ついつもと違ったのは傍らに座っているクルックスであった。ポーカーフェイスのクルックスが珍しく驚いた顔をするが、すぐにいつもの能面面にもどり、彼女へ向き直る。
「お目覚めですか、よかったよかった。」
「目覚めて最初に聞くのがあなたの声とはね、気分が下がるわね。」
「ずいぶんなご挨拶だ、そこまで悪態がつけるなら大丈夫ですね。」
不機嫌そうなポラリスにかまわずクルックスは淡々と返す。
必要な家具以外ほとんど何もない部屋が、その広さを余計に際立たせている。
そんな部屋の窓際で、北極星の名を冠する少女と南十字の名を冠する男がしばしの静寂の中、目を合わせる。
「ポラリス様、更衣室で何が起こったのか覚えていますか?」
「…確か急に窓が割れて、そっから入ってきた人に薬品みたいなのを嗅がされたのは覚えてる。」
「その後何が起こったのかは?」
「いいえ、今目覚めたんだもの。知りようがないわ。」
「左様ですか、ならいいんです。」
「私、それ以外に何かされた?その、眠っている間に体とか…。」
少し赤くなりながらポラリスは言う。
「心配ありません。俺とタダカズがすぐに助けましたので。」
「そう…。ありがとね、お疲れ様。」
無気力な労いの言葉の後、また静寂が続く。公演後の疲労も相まってか、片手で頭を押さえ項垂れるポラリス。クルックスは少々ためらいながらも背中に手をやり心配する。
「無理はなさらないでください、今日はお疲れでしょう?眠れるまで俺がそばにいるので安心してください。」
「不要よ、寝すぎてその気も起きないし、アル爺も安心させないと…って、あなたっ…血の匂いがするんだけど?ねえ、怪我したの!?」
暗く、ぼそぼそと話す態度とはうって変わり、焦ったような声を出すポラリス。クルックスの右手を両手で握り、その手は少し震えていた。
「良い鼻をしていますね、ですが大丈夫です。これは貴女を攫った奴の親玉を殴った時のものです。タダカズが敵の投げナイフで大怪我したのでそのお返しにね。」
穏やかな声で宥めるクルックス。よもや心配などされると思っていなかったのでそれがおかしくクスリと笑う。思えば、その強さ故に他人から心配されるなど少年時代以来であった。いけ好かない小娘とばかり思っていたが、実際はそうではないのだろうと思うクルックスであった。
「あなたの相棒だっけ?私なんかのためにそんな目に…私にそんな価値なんてないのに。」
どこまでも陰鬱な少女、クルックスも半ば呆れながら諭す。
「それは卑屈が過ぎるというものです。あいつは『ポーラちゃんのためなら本望っ!!』とか言ってましたし、まあ俺も?最初はいけ好かない小娘とだけ思ってましたけど」
「いけ好かない小娘ぇ?」
言い終える前にピキりだし、食いつくポラリスの額を人差し指で軽く小突き、クルックスは続ける。
「最後まで聞きなさい。無粋ではございますが、タダカズやアルさんから貴女の過去を聞きました。幼くして両親を亡くし、絶望のあまり何も見たくないと願い続けた結果、原因不明の失明をしたことも、悲しい歌しか歌えないことも。正直に言いますが、だからと言って自分が一番不幸でございっていう態度は嫌いなんですよね。」
「・・・。」
ポラリスは黙って聞いている。突然現れた異物に過去を知られた不快感、それらを思い出させたこと等の怒りでまた突っかかろうとしたが、我慢して聞き手に回ることにした。
「でもね、今日貴女の歌を聞いて思ったんですよ。とても綺麗だと、美しいと。戦うことしか教わらなかった俺には、まあ陳腐な言い方ですけど、雷が落ちたような衝撃でした。」
「…確かに陳腐、そんな言葉いくらでも聞いたわ。」
相変わらず悪態をつくが開いていた眼を瞑り、少々照れているようだ。
「貴女のご両親はおそらく、貴女に最大限の愛を注いでくれたことでしょう。聴けば素人でもわかります、ポラリス様は歌に対しては真摯だと。正直、羨ましく思いますよ。」
「話が見えないわね、何が言いたいのよ。」
「ちょっと失礼。」
クルックスはおもむろにセーターとシャツを脱ぎだした。
ポラリスは衣の擦れる音で察したようで驚き声を荒げる。
「ちょ!何脱いでんのさ!セクハラのつもり!?」
「少し我慢なさってください、お手を拝借します。」
真面目な声色に言い返すことができず、言うとおりにするポラリス。
クルックスの腕に導かれて触れたのは深い溝?のようなものだった。
「これ…あなたの体なの?人間にこんな部位あったっけ?」
「正確にはあった場所。これは、この傷は、俺の親につけられたものです。」
「傷!?」
「ここも、ここも、このツルツルした場所は火傷の痕…」
力強くも優しい腕で細く可憐な手をガイドするクルックス、ポラリスは1つまた1つと触れるたびに見えもしない目を見開き驚く。
「しばし自分語りになりますが、ご容赦を。これから仕える貴女には話しておきたい。」
クルックスは服を着なおして語りだす。ポラリスもその傷に起因するものだとすぐに察して頷く。
「この世に生を受けて成人する前、俺の人生は…オブラートに包んで言えば特殊な在り方でした。母親は頭は残念だったけど優しい人で、俺や姉にも暴力をふるう人ではなかった。」
「ということはお父様が?」
「ご明察。この傷はわが父に因るものです。」
絶句したポラリスは息を飲む。自分の両親であればそんなことはしない、ありえない、こんなひどいことができる親がいるのかという気持ちで胸がいっぱいになった。
「父は高名な格闘家でした。あの人は格闘家としては優秀でしたが、人間性に難がある方でした。生まれてすぐに俺も望む望まない関係なく格闘技の稽古をやらされたんです。泣き言をいえば顔を平手でひっ叩かれ、技の会得が遅いと隅に追いやって棒で叩かれました。母親は最初庇ってくれましたが後に父に怯えるばかりになり、見て見ぬふり。」
クルックスは苦虫を嚙み潰したような顔で語る。
「姉の方は女ということもあり、虐待じみた稽古はさせられなかった。裏を返せば期待されていなかったから、そもそもいないものと扱われていた。俺に優しかったのは姉のみとなりました。父やほかの大人は信用できませんでしたよ。」
過去のことと割り切っているのか、はたまた無理をしているのかは定かではない。クルックスの声色は比較的穏やかだった。ポラリスは真面目に、輝きを失った翡翠の目で彼を見据えて耳を傾ける。
「俺が12歳になった日だったか…稽古はさらに苛烈になり、失敗したり負けたりすれば鞭で叩かれたり、ライターで炙られる事もあったっけか。その程度の傷ならいずれ時が癒し消してくれました。問題はその後でした。」
クルックスは脇腹の傷を撫でてため息をつく。しばし沈黙し、また語りだす。冷静を努めていたが実のところ彼がかなり応えているのはポラリスも察しているようだ。
「問題が起きたのは15歳のとある日の夜。その時期から母は耐え切れなくなり出ていきました。俺と姉を見捨てて逃げたんです。当時こそ恨みましたが、あんな男を母が止められるわけないと今では理解してるので仕方ないなと。俺が相応に強くなったとみて、父は大きなナイフを携えて稽古を始めると言い出したんです。はじめは刃の付いてないオモチャかと思いましたがしっかり本物でしたね、ははは…。」
「ぜんっぜん笑えないよ!私の知る父親ってそんなんじゃ・・・そんなんじゃ…。」
黙って聞いていたポラリスが耐え切れずに叫ぶ。
クルックスは至極当然な反応ですと言い、落ち着くのを待ちまた話し出す。
「『ぬるいルールで守られたリング以外でも戦えるようになれ。』そう言われて始まった対武器の稽古。恐怖を背負った人間というのは予想以上の力を発揮するようで、俺はすぐに順応し、刺突されるナイフを捌けるようになりました。これが生涯初めて死ぬかと思った経験です。これからも続くんですがね。」
「ねえ、もうやめてよ、辛いんでしょ?無理に話さないでもいいから!」
「思った通り、やはりお優しい方ですね。ですがもうしばらくご容赦を、聞いていただきたいんです。」
話しているクルックスよりもつらそうな顔をするポラリス。しかし彼は語るのを止めない。彼女を苦しませたいがためではなく、単純に誰かに聞いて欲しかった、相棒のタダカズにすら詳細を話していないことも含め全部。
「対武器稽古はそのうち斧、槍、どこから手に入れたのか東の国の刀まで持ち出して続いた。しまいには本物のギャングまで嗾けられました。まあそれは置いておいて、まさにその刀の稽古の時でした。俺は避けきれずにこの脇腹を切り裂かれたんですよ。恐怖と痛みに目に涙を浮かべ倒れる俺を父親は落胆するような冷ややかな目で見てきました。そして何と言ったと思います?」
ポラリスは首を横に何度も振る、理解できない、したくない。ポラリスは顔を両手で押さえて目に涙を浮かべる。
「『これしきで立てんか、お前は失敗作だ。出来損ないのクズだ。お前が息子で恥ずかしく思う。次しくじったら破門だ、追い出してやる。』だそうです。心配などされることはありませんでした。稽古はそこで終わり、俺は泣きながら姉と病院へ行ったんです。重症だったからこうなった原因を医者に聞かれましたが恐怖でとても言えませんでした。大怪我をして完治するまでの間ミモザ…あ、俺の姉のことです。あの人が『弟をいじめないで!私が頑張るから!』と言って代わりに稽古をうけることになったんです。」
クルックスは歯を食いしばり拳を握りしめる。自分のことは平気そうに話していたが姉のこととなると怒りや悔しさを隠しきれないらしい。
「ひそかに独学で拳法を学んでいたらしく、俺が1週間かけて覚えた技法や体術を姉は3日で会得してしまった。姉を心底見下していた父は手のひらを返して喜んでましたよ。才覚だけでいったら俺の姉は遥か上を言ってました。」
「…すごいお姉さんなんだね。」
「ええとても、嫉妬するくらいにね。その日からは俺が冷遇されるようになり、姉と立場が逆になりました。俺がいないものとされました。それが悔しくて俺はただ一人、遮二無二修行を積みました。勉学や青春にも目もくれず、自分を追い込み続ける毎日でした。」
「…。」
ポラリスは涙をセーターの袖で拭い、すっとクルックスの手に自らの手を重ねる。
「そして俺が成人した日、事件は起きた。あの恐ろしかった父はあっけなく死んだんです。強さゆえの傲慢不遜、いろんな人から恨みを買っていたようで闇討ちに遭ったらしいです、皮肉にも俺にケガを負わせた刀という武器でね。俺も姉も、悲しむことなんてできませんでした、葬式も淡々と行われました。親族たちはそんな俺たちを薄情者と罵りました。」
「っ!…。」
ポラリスは両手でクルックスの手を握る。クルックスはそれに応えるようにもう片方の手を重ねる。
「姉はその後家を出ました。最後に『守ってあげられなくてごめん、これからは好きに生きるんだよ。』と俺に言い残して。そうは言われましたが、俺は戦うことしか学んでこなかった。他のことなど何もできない出来損ないの人間だったんです。しばらくは荒れていて喧嘩に明け暮れる毎日でした…。」
「冷静そうなあなたが喧嘩って意外ね…。」
話の腰を折らぬよう手短に反応するポラリス。
「そんな日が続いたある日、俺のうわさを聞き付けた道場の師範がスカウトに来たんです。そこから俺の格闘家としての人生は正式に始まりました。はじめのうちは勝利を重ねるごとに歓声や応援の声が上がりました。ですが徐々にそんな声は上がることも無くなった、俺が他者よりも強すぎたせいです。」
「戦い方を変えたり、できる限り試合時間を引き延ばしてみても結果は同じでした。終いにはブーイングが飛び交い、退場中に物を投げつけられるようにまで至りました。」
常人であれば精神的に来る話であるはずだが、彼は笑いながら言う。幼少期から少年期の虐待じみたしごきに比べれば大したことは無かったからである。
「そんな日々が続いてたけれど、東の国へ修行兼旅行で訪れたとき、たまたまあの野郎、タダカズに出会ったんです。森で熊に襲われているところだったみたいですが俺がその熊に蹴りをお見舞いしたんですよ!タダカズの驚く顔ときたら傑作で…ククク。」
暗い話とはうって変わって愉快そうにクルックスが話す。その様子にポラリスは安堵した。
「熊に蹴りってあなた…人間やめる気?漫画の超人にでもなる気だったの?」
冗談めかしてポラリスが言う。がクルックスは「あぁ、それもありかもですね。かっこいいし。」と意外な答えを口にした。
「なんやかんやあってタダカズもこの街に住むことになり、いつの間にか俺のセコンドになってました。あいつも何があったのかは頑なに言いませんでしたが俺と同じで人生を投げた死んだ目をしてましたね…。俺との出会いもそうですが、貴女の存在も、彼を明るくしたんですよ。」
「熱狂的なファンだとは思っていたけど、そんな過去があったなんてね。次はもっと優しく接してあげようかな。」
「是非そうしてやってください。言動がキモかったら俺がしばいておきますから。」
二人の笑い声が控えめに部屋に響く。ポラリスが目覚めた直後の険悪な雰囲気はもはやそこにはなかった。
「そして俺もなんですよ、ポラリス様。」
「ん?なんのこと?」
「無気力な格闘家人生を終わらせてくれる、きっと人生を明るくしてくれる存在ですよ。きっとアルさんや貴女はそういう存在になる。」
「な、何言ってんの唐突に!アル爺はともかく、私は初対面の印象最悪でしょ!?世辞ならいらないんですけど?」
「世辞などではないです。貴女の歌を聴き、俺は久しく忘れていた安らぎを思い出した、貴女の過去を知り、この人にこの力の全てを捧げたい。本気でそう思えたんですよ。情熱もなく無為に戦う日々に終止符を打ちたいという願望ももちろんありますがね。ははは!」
クルックスの告白じみた言葉にポラリスは頬を少し赤くするが、複雑な表情を浮かべている。差し伸べてくれるその手を握り返していいものかを考えているようだ。幾度となく他者からの手を拒絶し殻にこもった自分にそんな価値があるのか甚だ疑問であったゆえだ。
「気持ちはすごく嬉しいけど、私にそんな価値があると思えない。殻にこもり、差し伸べられる手を払いのけ、大衆のファンはおろか、アル爺にすら笑えなくなってしまった。今更私なんて誰も待っていない…。私なんて元歌姫現オワコンなのよ。」
「オワコンって…。」いつまでもうじうじとしているポラリスにクルックスは軽くため息をつく。そして今より若かったころの口調、否、本来の口調で彼女に問いかける。
「だぁ~っ!じれってえなアンタもさぁ!自分の価値を自分だけで完結させんなよ!俺やタダカズ、ほかの皆だって無価値だなんて微塵もおもっちゃいないさ!アンタに価値がなくなったと思ってんじゃなくて、いつまでも暗い顔して陰気な歌を歌ってるのを心配してんだよ。アンタには手を差し伸べてくれる人が数多くいる!俺もそうだ!ならアンタがするべきことは1つだけ、その手を取って信じろ。」
突然丁寧な口調から変わったクルックスに驚きはしたが嘘偽りのない誠実な態度にポラリスの心の氷は少し溶かされたような気がした。
クルックスはそんな彼女の手を取り顔を近づける。
「もし自分に価値がないと本気で思ってんなら俺がその価値とやらになってやる。そうすれば俺は一生アンタに尽くす、1人になんかさせない!何があっても護る!!」
「…ふふっ告白じみたこと言うのね、でも嬉しいわ。」
クルックスは、はっと我に返り今度は彼自身の顔が赤く染まる。生まれてこの方姉以外に愛されることはなかったし、ましてや女性との交際などあるはずもなかったのでこういったことは不慣れなのだろう。だというのにくさいセリフを吐いてしまったことに羞恥心を隠せずにいた。
「雇い主である貴女にボディガードごときが出過ぎたことを言いました!すみません!」
「ポーラ」
「え?」
「貴女とか、他人行儀な呼び方は無し!仲のいい友人は私のことをそう呼ぶわ。というかタダカズさんもそうだったわね。」
長く笑うことのなかったポラリスが美しい笑みを浮かべている。さながらすべてを照らす北極星のように。その顔にクルックスの鼓動は高鳴るばかりだった。
「ではポーラ様、俺の名前もしっかり覚えてくださいね!」
どうやら名前を間違えられることはそれなりにショックだったらしく握った手を少し強めに握る。
「あででで、根に持ってんじゃんこの馬鹿力め。最初から覚えてるわよクルックスさん。ごめんて、意地悪しただけよ。んー、でもちょっと呼びづらいな、クルさんって呼ぶね!」
「クルさん…か。それ、いいですね!愛称なんて初めてですので少し恥ずかしい半面嬉しいです。」
「それはよかったわ!私はポーラ様ねぇ…私としては、できれば様付けは止めてほしいんだけど検討してくんない?」
「雇い主を呼び捨てはできませんねえ。」
「真面目野郎め。でもまあいいわ。」
ポラリスはベッドから足を下ろしクルックスの隣に座る。
距離がより近くなりクルックスは少し驚くがつないだ手は離さない。
「タダカズさんにも後で言うけど、あなたには今言うね。私を助けてくれてありがとう!これからもよろしくね。」
「こちらこそです。一緒に頑張っていきましょう。」
ポラリスはクルックスに寄りかかる。さすがに近すぎると感じたのかクルックスが椅子から立ち上がる。ポラリスはなぜ?という顔であるが。
「さすがに近すぎですって!」
「なによこれくらいで、意外と初心なのねぇかわいらしい。」
「恥じらいなさいよ!男に簡単に身を預けるんじゃありません!」
お母さんみたいな小言を言うクルックスがおかしくてポラリスは笑いを押さえきれなかった。
「仕事とはいっても私からも何かお礼をしたいのよ、今のはそのつもりだったんだけど嫌だった?」
ぶりっこのように目をウルウルさせて言って見せる。陰鬱だった少女が魔性の女へ早変わりしたようだ。クルックスは少し考えこみ言う。
「嫌ではないですが…そういうのは相手選んだ方がいいですって。貴女がもっといい女になるころ、俺はオッサンですよ。」
「歳も容姿も気にしないのに…後者なんか私にはほとんど関係ないというか。」
好意的なのは嬉しいがあまりにも危うい、クルックスは改めてこの人を護らねばならないと固く誓った。
「良いお礼を思いついたので聞いていただけませんか?」
「ん?なぁに?ほっぺにチュー?」
投げキッスの動作とともにふざけた声でそういうポラリス。それに翻弄される最強の男クルックス。
「ち が い ま す !」
「なぁんだ~、私に何をしてほしいのかな?」
「コホン…。次の公演、明るい曲を歌っていただけますか?」
意外な申し出にポラリスは呆気にとられるが、すぐに理解した。きっとそれこそクルックスが、タダカズが、アルデバランが、公演に来た客たちが真に望んだことであると。いつまでも日陰でうずくまっていた私がやるべきこと、やらねばならないことなのだと。
「うん!お安い御用よ!楽しみにしていなさいっ!そして目に焼き付けるのよ、北極星が再び輝く日を!!」
満面の笑みを浮かべるポラリス。視力こそ未だ戻らないものの、くすんだ翡翠の目は輝きを取り戻し、過去に繋がれた鎖を断ち切り輝かしき未来を見据えているようだった。




