籠の中の鳥
雅楽は虚空を見つめて息をつく。そしてこう思う。自分には自由が無く、男に身体を弄ばれるしか生きる術が無いのだと。その証拠にこの男。父となり、この遊郭の楼主である和武は母を心の底から愛している。愛しているが故、宝物のように大事に大事にしまっている。その代わりにその母の面影を持つ雅楽に己の欲をぶつけるのだ。今もそう。こうして雅楽を抱き潰した後は泥のように雅楽の隣で眠るのだ。雅楽は身体に巻きついた和武の腕を解くと、むくりと起き上がり、ぼうっと蝋燭の灯りを見つめた。
「んン...?雅楽?どうした?」
「申し訳ございません。起こしてしまいましたか?」
「いや、大丈夫だ。もう部屋に戻らなきゃならねぇからな。」
和武はそう言うと着物を整え立ち上がり、牢から出ようとした。
「...楼主様。母によろしくお伝え下さい。」
「あぁ。また来るからな。」
和武は雅楽の美しい金髪をひと房手に取ると口づけを落とし去って行った。一人になった雅楽は自身の身体に目を落とすと、「穢らわしい...」とポツリと呟いた。そして乾いた布で力任せにゴシゴシと身体を拭った。そうしていると、牢に続く階段から足音が聞こえてきた。この軽やかな足音はお花であろう。
「雅楽様。お花です。お身体を清めに参りました。あぁ、またこんなになるまで擦って...」
「ごめん...。お花が来るのを待っていられなくて...」
「...少ししみますよ?」
そう言うと、お花は雅楽の身体を濡れた布で拭き始めた。
「楼主様も...何故息子である雅楽様にこんな...!!」
「...僕のために怒ってくれるんだね。お花は本当に優しいなぁ。」
「雅楽は...いつになったらこんな牢から出られるのですか...?」
お花は大粒の涙を流しながら雅楽に問うてきた。しかし、それは雅楽にも分からない。雅楽が返答に困っているとお花は着物の袖で涙をゴシゴシと拭い始めた。だが涙は収まらない。雅楽はそんなお花の涙を綺麗な布で拭ってやった。
「お花...泣き止んでおくれ?僕なら大丈夫。僕が甘んじて受け入れているのは僕の大事な人のためなんだ。だから耐える事が出来る。」
「...大事な、人?」
「うん。僕よりもとても綺麗で、とても優しい人なんだ。」
「お花のように僕のために泣いてくれる人なんだよ?」雅楽はそう言うと美しく、優しい笑顔をお花に向けた。
「それに...今の僕には楽しみがある。」
「楽しみ、ですか?」
「うん。お花も知っているよ?」
「私も知っている...?」
お花は頭を捻るが答えは出てこない。そんなお花の様子に雅楽は「ふふっ」と甘い笑い声を漏らした。
「早く金曜日にならないかなぁ。」
「!...そう言う事ですか。」
「うん。彼は、千善様は今までに出逢った事のない香りの持ち主なんだ。」
「雅楽様が嬉しそうで何よりです。そう言えば、皇様から伝言を承っております。」
「!一体なんて?」
「"金曜、逢えるのを楽しみにしている"と。」
「...そっか。そうなんだ...。」
雅楽はそう言うと頬を紅潮させながら、まだ来ぬ夜に思いを馳せるのだった。




