日陰に生きる者
甘くもどこか切ない情事を終えた二人は言葉を交わすことなく只々寄り添っていた。そんな沈黙を破ったのは。雅楽だった。
「...僕、初めてです。何度もここで様々な男の人の相手をしてきたというのに、こんなにも幸福感でいっぱいになったのは。...離れることが惜しいと思う程に誰かを想うのは。」
「...他の男にも言っているのか...?」
「え?」
雅楽は何か聞き間違えただろうか。千善は今、何と言った?「他の男にも」だと?
「か、千善様...?急にどうしたんですか?」
「いや...すまない。あまりにも手馴れていたものだったから...大人気もなく嫉妬してしまった。忘れてくれ。」
「...千善様は僕が喜んで男の人に股を開いていると言うのですか?」
「違う!そうじゃない...そうじゃないんだ...。」
千善は必死に言葉を探している。しかし何と声をかけたらいいか分からない。あぁ。なんて事を口走ってしまったのだろうか...。自分よりも年下の、苦しい人生を歩んでいる少年に。そんなことを考えていると、雅楽はそっと千善から離れ身支度を整える。そして、千善へ目をやると、こう言った。
「僕は所詮遊女です。この牢屋から出る事は許されない。貴方様とは生きている世界が違うのです。貴方様は日向。僕は日陰。...はなから交わる事はなかったのです。千善様。僕は本気で貴方様をお慕いしております。だから、だからこそ貴方様には日向で生き続けてほしい。それが僕の願いです。」
「日陰の僕の事など忘れて。」そう言う雅楽はどこか苦しそうであった。そして続いて出てきた言葉に千善は言葉を失った。
「もう逢うのはやめにしましょう。生きる道が違うんです。貴方様はどこかの家柄の良いオメガと番うべきなのです。こんなお古に価値などありません。」
勝手だ。勝手すぎる。何をそんなに被害者ぶっているんだ?思わずそんな言葉が頭をよぎった。しかし、それを言葉にしてはいけないと頭の中で警告音が鳴った。
「ほんのひとときではありましたが、とても幸せな夢を見ることができました。」
「おい。オレはまだ納得していない。勝手に話を進めるな。おれはお前でなければ...」
「千善様。お気持ちは大変嬉しゅうございます。遊女冥利に尽きます。」
「...分かった。そこまで言うならオレの本気を見せてやる。オレがどれだけお前を思っているのかを。嫌と言う程感じさせてやる。お前が例え遊女として接してこようとオレはお前を愛し続ける。オレがいつかお前を日向の世界に連れ出して見せるから。」
雅楽は心の中でその言葉だけで結構です。とても幸せです。と呟く。が言葉にはしない。千善は自分なんかに囚われていてはいけない人なのだから。千善が幸せであるのなら、喜んでその糧になろう。陽があるから影が出来るのだから。




