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神々のイデア  作者: 花都
ルイ編
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番外編 過日譚-イノス-

今回は番外編です。

元『五本槍』で、出奔してリネラ構成員となったイノスの話。

 俺は「その日」を、生涯忘れる事は無いだろう。


 

 その日、現れた女は法外な報酬を約束して、代わりに汚れ仕事を担えと言った。

 しかも俺達に野望を語った。

 

 平民上がりにしても珍妙な女だ。

 わざわざ貧民街の餓鬼を拾ったうえ、自ら契約など持ち掛けに来た。

 

 適当に騙して使い捨てるようなものを――それならその場で殺していたが。

 


 不満は無かった。


 名前が無くとも飯が食え、指示された先で暴れるだけで金が手に入る。

 

 平民より遥かに不自由ない生活が出来た。


 

 初めは戦地に送り込まれたが、面が割れて異名なんかで呼ばれる頃には、特殊部隊らしく担当分けをするようになった。


 『白刃』は、諜報を。


 『闇夜』は暗殺を。

 

 『紅』は身辺警護と毒味役を。


 『炎』は『五本槍』纏め役を。


 そして俺は、隠密行動を。


 平時は各地に散り、気紛れか有事の際に戻って来る。

 

 不満は無かった。


 あの女が語る、理想論より遥かに血生臭い理想の国を、俺も悪くないと思っていた。


 

 愚かだった。

 


 火薬を仕込めと命令が下った。


 場所はある街の内外。


 大量の火薬包みをひっそりと隠していく作業にも、特に疑問は無かった。

 

 月単位の時間を掛けて、見つけられる事なく火薬を仕込み終えた。


 その報告をした。

 


 街はすぐ火の海になった。


 『炎』が火薬に火を点け、主だった住民を撫で斬りにした。


 あの男は、だから『爆炎の海原』と呼ばれた。


 

 これと言って感傷はなかった。


 そんなものを所持するには、俺はどこかが壊れ過ぎていた。

 

 俺は何某かの感情を抱く代わりに、筋が通らないと思った。


 あまり必要ではない――乱暴と言えば良いだろうか。そういう手段である気がした。


 小さな疑問だった。少しだけ喉がざらついた。


 

 貴族など幾らでも死ねば良い。


 物に我欲は宿らないだけ、汚物の方がまだましだ。

 

 あの街の人間はどうだろう。


 貴族に税を納めていた。


 勝算のある暴動を起こせるほどの規模ではなかった。


 奴らがそう操作していた。


 結果、連中の贅沢三昧を支えて生きていた。


 その貴族はあの女の敵だった。


 あの女が街を焼いたのは、貴族の勢力を削ぐためだ。

 

 それでどうなったか。


 標的の貴族は栄華を掴み損ねた。


 街の人間はほとんどが焼け死に、生き残った者は捕虜とされた。


 

 何がしたいのだろうか。


 あの女は、貴族の下らない欲望に民が振り回されることを憂いたのではなかったか。

 だから俺達がいるのではなかったか。

 

 結局、あの女も他の貴族と何ら変わりなかった。


 

 俺はその日出奔した。


 世話係と鉢合わせたので騒がれる前に斬った。


 ミモザは何も知らない馬鹿だったから俺の罪はまた増えた。


 

 身分を隠して雇われの用心棒を名乗り、適当にふらふらしていたらシュヤに出会った。

 その日が俺の三度目の転機だ。


 シュヤはあの街の生き残りだという。


 捕虜にされて最下級兵として扱われ、脱走してリネラに入ったそうだ。

 死んだ友人の仇を取るために。


 ……俺なら、所属の分からない初対面の相手に身の上など明かさないが。


 

 その後俺は、街を焼いた実行犯が憎いかと聞いた。


 あの男はどうも、相手の気を緩ませてしまうようなところがある。


 憎いと言うなら、身分を明かして相手をするつもりでいた。


 そのくらいは責任の内だと思う。


 態と殺されてやるとは言わずとも。


 

 するとシュヤは迷いなく、仇はシャルロットだと断言した。


 良い組織だと思った。


 お前も来いと誘うので付いてゆく事にした。


 

 名を聞かれたのでイノスと名乗った。


 償い得ぬ罪の意だが、何故俺がそんな言葉を知っていたのかは覚えていない。


 ただ、そうするべきだと思った。


 紛争を終結させようと、エミリアやリリアを封じようと、俺は死ぬまでそう名乗り続けるだろう。


 これは償いではなく、忠義も誠意も知らぬ癖に短絡的に忠誠を誓った――思考を捨てた俺への罰なのだ。




「……俺も参加しよう」

「意味、分かって言ってます?」

 

 それから時は下り、死神封印の一月程前。

 宣言すると、頭領は嘘臭いような苦いような笑いを浮かべた。

 

「地下牢に繋がれて餓死したくは無い。秘密警察に面識はないが、連中もきっとそうだろう」

 

「強すぎますからね、僕たち。生き残ったところで貴族がパニックになるだけですよ」

 

 ヴァキアは少し、力の抜けた笑い方をした。


「俺は平和な時代に生きている想像がつかん」

 

「僕もです。武芸者らしく、戦って死にましょうか」

 

「……伝説になるぞ」

 

「貴方すでに『漆黒の雷』じゃないですか。僕、これでも暗殺屋なんですけど……目立つ暗殺屋ってどう思います?」

 

「……出たがりな奴だと思う」

 

「嫌ですねえ。……貴方が一番乗りなので、より取りみどりですよ。お好きな相手を選んで下さい」


 ヴァキアの冗談は大抵寒いが、今回は少し面白いと思った。

 

「……槍使いが居るだろう。あれが良い」


「ええ任せました。首領は僕がやるとして、残った双剣士と『拷問妃』はシュヤとジュノを引き入れて来ますね」


 シュヤはシャルロットを殺す為にリネラに来た。友人の仇は、未だ討てていない。


「……シュヤは承知するまい」


「しますよ、彼は性根が素直ですからね。その方が人のためだと分かれば来ます。まあ説得は最後ですかね。ジュノとかマイに任せた方が上手くいくでしょう」


「……お前とは相性が悪い」


「悲しいですねえ」

 

 頭領の癖に人望が無さ過ぎやしないかと思った。



 死神を封印し、成功した暁には、秘密警察の槍使いと刺し違えて俺は死ぬ。平和とやらは、後の世代へ託す事にする。

 

 汚い命の使い方にしては上出来だろう。

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