カリフォルニア編
【introduction】
俺は鈴木。学生時代成績が酷すぎたが、その後の懸命な努力が実り、俺は一流企業に入社することができた。とはいえ、この後その仕事を辞め、アメリカで就活をしなければいけなくなる。友里とは高校を卒業した後も繋がりがあって、二十七になった今、彼女と婚約をしている。両親の賛成を得て、俺は婿入りする形の結婚になった。つまり、僕はあと一ヶ月後に、鈴木ひろしから久石ひろしになるということだ。高三の時友里に振られた吉野を、俺は励ますフリをして、内心では辣腕たる嘲笑を浮かべていた。同窓会でこの婚約を一番教えたかったのに、彼ときたら欠席しやがった。よく考えれば、高校卒業後の彼の人生を全く知らない。彼が今どこでどんな生活を送っているのかなど、俺にはなんの関係もないことだ。
俺は、友里と寄り添って一生を過ごすんだ。振られた男なんて知らないですわ!
私は、久石。持ち前の頭脳を存分に生かして、さほど手応えもなくGoogleに入社することができた。鈴木とは卒業した後もなんだかんだ大学に入った後も会うことがあり、そのうち付き合うようになった。私がGoogleの本社に勤めることになったものだから、婚約を結んだ私たちはカリフォルニアに移住、同棲することになった。近々仲の良かった友達に挨拶をしておこうと思う。しばらく、日本に帰ってくることはないだろうから。二週間後に渡米するにあたって、引っ越しの準備やパスポートの作成などで大忙し。もう向こうに家を買って、荷物の大半を送ってある。大学生の時にいっぱいバイトして働いただけあって、十分な資金を蓄えることができていた。
ところで、向こうは銃社会だっていうけど、大丈夫かな?ひろしはなんか狙われそうだから心配だわ。向こうに行ったら銃の一本や二本でも買っておこうかしら。
うちは笠島。行きたい国公立大に無事合格、卒業をすることができた。特段彼女を作らなかったけど、十分に青春を楽しむことができた。なんなら、中学、高校の時よりも。今では夢だった教員になって、上京し、私立の中二の学年担任をしている。
それにしても鈴木が久石と結婚なんて意外だった。まあ、光栄に振られてからずっと一緒に久石と喋っていたから、鈴木にしては当然と言えば当然かも。大学に入った後も、鈴木とはよく会ったり連絡していた。鈴木が幸せな人生を送っているようで何よりだ。
もうすこし、同窓会で喋っておけば良かったかな。LINEすればいいかな、面倒だし。
私は光栄。私も無事に大学課程を終えて、今はマクドナルドの正社員として働いている。毎日あの厨房でいい匂いに包まれながら料理して提供するなんて、なんて幸せ!そろそろ彼氏とか結婚のこと、考えたほうがいいのかな。大学にはあんまり気になる男子がいなかったから、いっぱい告白されたけど全部断っておいた。損したかな。ちなみに、鈴木はあくまで女友達だと思ってるんだよ。中学生の頃、付き合ってるかと思われるほど仲良しだったけど。それにしても、あの鈴木が、友里と結婚!嬉しいんだか、悲しいんだかっかかかっか。高校のとき、友里のこと好きだったけど折れていった男子をいっぱい見てきたからなぁ。友里、ひろしを選ぶなんてなかなかいい趣味だね。同窓会で、ひろしの方から婚約を持ち出したって言ってたんだっけ。何はともあれ、ひろしと友里が幸せならヨシ!
ところで、吉野は何をしているんだろう?同窓会に来ていなかったし、友里とか笠島が連絡しているとも思えない。まあ、ふと気になっただけ。彼は頭良かったし、多分おっきな企業に就職して大忙しなんだろうな。
僕は吉野。大学に入ったはいいものの、成績は右肩下がり、サークルは自然科学部に慣れてしまっていたせいでほとんど周りと馴染めず、あまり楽しくなかった。「自然研究サークル」というのに新しい友人と入ったが、結局僕は一人で「観葉植物」を研究することになってしまった。一浪でやっと卒業、今はバイトを綱渡りして実家で生活している。僕は、同窓会に行った川崎に教えてもらった。鈴木が、友里と結婚するということを。僕はあまりに驚いたので、もっと知りたくなって笠島に連絡した。きっと笠島なら全部知っているだろうから。送ったらまずなんで休んだのか聞いてきたが、無視をした。僕は、バイトで忙しいんだ…
案外、笠島はすんなり教えてくれた。彼女らがアメリカに行くということも。僕は、前よりも、鈴木が恨めしく思えるようになった。
必ず、殺る…
【Let’s go to America!!】
午後六時、世界で一番美しい建築物でランクインしたことのある、関西国際空港のずっと続く無柱空間には、オレンジ色の斜陽がまっすぐ入り込んでいた。夏も本番、室内の冷房は、ここに来るまでの汗を乾かしてくれた。ラウンジで、私たちはアイスコーヒーを頼んだ。結局大量の荷物をもって、希望で満ちたキャリーバッグを机の下に入れた。今日は、私たちが日本にいる最後の日。私の就職のために、私たちはカリフォルニアに飛ぶのである。
「着いたらどないする?」
と、ひろしが興味津々に聞いてきた。私は輝く婚約指輪を親指でこすりなが
「今日はまずはホテルにチェックインして、家に色々搬入してしもて。次の日に手続きやら何やらせんと。観光はあとやで」
というと、
「えぇ〜、観光じゃないのかぁ!」
と残念そうに言った。そうだ、確かに観光もしたいな。最初は結構忙しいが、休日も多いのでその辺りでいこうかな。
その時、コーヒーが運ばれてきた。写真を撮って、SNSにアップする。私のアカウントのフォロワーは数万人おり、まあまあの有名人と言えるほどだ。内容は自分が食べたものの写真ばかりだけれど、いろんなお店の食べ物の写真をみることができるのでフォロワーが増えるのだろう。アメリカの食べ物もアップできるようになるから、さらにグローバルなアカウントになるだろう。計画的な収益化も行うことができる。私はカップを口に運び、少し吸い上げる。冷たいコーヒーが喉を通る。
あー、やっぱりコーヒーだよ、おいしいもん。ひろしには少し苦すぎたようで、渋い顔をしている。なんだか、面白い顔!
間も無くフライトの時間なので荷物検査を受けにいく。窓から差し込む光は弱まり、太陽は向こうに姿を消していた。アメリカで再び会える太陽に別れを告げ、私たちは飛行機に乗り込む。しばらくして、突然機体が強く振動し始める。ものすごい勢いで加速して、綺麗に整備された滑走路の景色はどんどん後ろに去っていく。ごとごとと巨大なタイヤが滑走路を走る振動が伝わってくる。気づくとその振動はなくなり、機首は上を向き始める。体が沈む感覚になる。外はもう暗い、そして明るい空港が一瞬にして視界から消えた。
私たちの飛行機は、ついにカリフォルニア・ロサンゼルス国際空港へ向けて、十時間の旅にたった。
【近づくリミット】
川崎が、僕に突然一枚の画像を送ってきた。それは、友里と鈴木、いや、久石夫妻がアメリカで仲良くしている画像だった。アメリカの家は広そうで、とても高級そうな家だ。まだ片付けが終わっていないようで、そこらじゅうにおおきな段ボールが置いてある。奥に写っているのはキッチンだろうか。画像が転送の際にヘッダが崩れたのか(なわけ。)、少しぐちゃっとしたような画像だが、キッチンはすでに整理が終わっているようであった。奥に置いてあるのは…お菓子の束ーアメリカにしか売ってないやつか?見たことないぞ、この情報通の僕が。相当コアなものだ。
ふと、頭にいい計画がよぎる。
次々と溢れ出る、鈴木への恨みと、インスピレーション。
僕は直ちにGoogleドキュメントを開き、湧き上がってくる全て書き連ねる。頭の中の計画を一滴もこぼすまいと。
キーボードの表面に指が滑る音が鳴り響いていた。
わずか三十分後、それは完成した。あとは、最後まで実行するだけだ。
僕はAmazonを開いて、観葉植物を買った。部屋に、彩りは大事だ。
渡米してからあっという間に三週間が経った。生活もだいぶ安定してきたから、久々にSNSの活動を再開できるかな。ひろしは努力で培った実力でアメリカでの就職でも成功した。私がGoogleに就職したばっかりに、彼に迷惑をかけてしまって申し訳ない。家の片付けはおおかた終わり、銀行口座も開設し、金銭面でも安定し始めた。ちょうど円高の時期だったから、両替の割は一時期よりもとても良かった。日本から持ってきた財布からは渋沢の顔が消え、フランクリンが顔をだしている。
今日は偶然休みだから、家でゆっくりする。日曜日に結婚式を挙げる予定だ。ウェディングドレスとタキシードは借りてある。明々後日、彼と本当に夫婦になる…。私が、妻になるんだ。なんだか感慨深いなぁ。この後の数十年間つづくであろう夫婦生活に静かに胸を躍らせていた。
やっと夜になって、退勤してきた夫が帰ってきた。
「置き配してあったよ」
そうだ、アメリカは究極の置き配王国なことを忘れていた。どれくらい放置されていたんだろうと心配しつつ、送り主を見てみよう。そこには、拙くて、汚いアルファベットの筆記体で、
「RYŪ YOSINO」
いや笑、訓令式www
しかし、読めた途端、驚きで一瞬動きが止まった。吉野が、どうして、私たちの家を知っているの?
彼は同窓会に来ていなかったからアメリカに来たことすら知らないはず。いや、それを誰かから聞いたとしても、なんで家を知っているの?おかしい。私が住所を教えたのなんて、ほんの数人なのに。
おや、ポストに何か入っている。小包だ。送り主は…お、友里だ。あぁ、そういえばアメリカに行ったんだったな。中身はなんだろうか。お、アメリカの写真と、これはアメリカのお菓子?なんだこれ。うひょー、美味しそうだ。彼女のSNSを開いてみてみると、もうすでに何枚か写真が上がっていた。そのうちの一枚に、このお菓子が写っていた。うん、美味しそう。職員室で仕事しながら食べるとしようかな。ひらりと、手紙も入っていた。私は一文字一文字丁寧に読む。うん、幸せそうで何よりだ。あんな、ひろしが夫だなんて少し心配だけれど、きっとうまくやっていけるだろう。
うちはふと気になったので、ノートパソコンを開いてマップでその住所を入力してみた。なんということ、めちゃくちゃでっかい家ではないか。ここに二人で住んでいるのか、なんとも金持ちな二人だと思った。画像の更新は…なんと、つい一週間前だ。ストリートビューを開いてみてみると、小さいが、広い庭の奥の玄関の表札に
「Hisaishi」
と書いてあった。私もこんな広い家で暮らしてみたいなぁ、と思った。やっぱり、彼女は作ったほうがいいかな、いやどうでもいいから、さっさと夜ご飯の準備をしようと立ち上がる。不意に、パソコンの通知音がうちを引き止めた。仕方がないから、通知を開く。えぇ、吉野か。面倒だ。
僕はまず笠島に連絡を入れた。結婚式の二週間前であることを光栄から聞いたから、直ちに計画を実行せねばならない。まずは、彼女らの家を特定することからだ。カリフォルニアに行ったことを川崎から聞いた。あとは、どこに家があるかだ。
笠島に聞いたら、「でっかい家。」と返ってきた。話が通じないやつだ。住所を聞いてるんだ、こっちは。じれったく思いながら次の返信を待っていると、「ストリートビューにある」と返ってきた。なんともいいことを聞いた。Googleストリートビューでカリフォルニア州は合計で三十万キロほどが提供されている。ということは、全ての道路を見尽くせば、その家を見つけることができるということだ。タイムリミットは、二週間。荷物の発送に一週間かかるから、実質特定に残された時間はわずか三日だ。僕は笠島を既読無視し、狂ったように、全てのカリフォルニアの道路を網羅すべくパソコンと睨めっこを始めた。低い机で、足を組みながらいじくっているが、かなり足がいたい。痺れるな。しかし関係ない、全てを終わらせるまで…。血眼で全ての家に表札を見ていく、今日した和菓子屋のバイトのまかないでもらったどら焼きを食べながら。
ベランダには、「観賞用」のトウゴマが置いてある。トウゴマは、猛毒さ。
全てのリミットが、刻一刻と近づいていた。
【悲しみの皮切り】
うちはポストを開けて、一枚のハガキが入っていることに気づいた。国際郵便…久石か!なんだろう、また?つい一ヶ月前に手紙が来たばかりなのに。そしてもう一つ気がついた、送り元の住所が前と違う。中に戻って封筒を開けて、手紙を開く、、、いや、なんで英語で書いたんだ。流れる筆記体に目を通す…
「My husbandーHiroshi has dead」
お?
Oh,no!ひろし、死んでしまったのか!なぜだ!あんな幸せの頂点にいた男が、なぜわずか一ヶ月にしてあの世に行ったんだ!ああ我が親友よ、なにがあったんだ。どうか教えてくれ。ひとまず手紙を書こう。たった一人アメリカに残された友里に。私はもう一度送られてきた手紙を手に取る。裏にも美しい文字が綴られていた。目を通すうちに、私はこれが只事でないことを感じ始めた。
刑務所から送られてきた、その手紙は、検閲を通り抜けるために、端的な文章であった。
今すぐに光栄に共有し、直ちに彼女を救わなければならない。
目が覚めたとたん、明るい日差しが窓に入射し、部屋を照らしていることに気づいた。今日はいい天気だな、向こうの家のその向こうに、どこまでも続いていそうな青色が広がっていた。今日もマクドナルドに行かなくちゃ!始業まであと二時間あるから、ゆっくり準備してさっさと行こう。私は京都駅の中にあるマックに派遣されている。ここからたった二十分で行けるから便利!
市営地下鉄に乗ってスマホを持ち上げると画面に大量の通知がなだれ込んできた。その中に、一つ目を引くもの、笠島からのラインが来ていた。
「小春よ、今すぐアメリカに行こう笑」
何を言ってるんだ笠島は。はは。
いやでも何か理由があるのかもしれないから、一旦返信しよう。すぐに既読がついて二枚写真が送られてきた。紙の上の流れる筆記体は、明らかに友里のものだった。まだあと三駅ある。最初の一文を読んで、私の眉毛はピクリと動いた。
「My husbandーHiroshi has dead」
笠島も読んだであろうこの一文でしばらくフリーズしていたが、ひとまず先にいこう。そこには、こんな文章が淡々と綴られていた…
「こんにちは、久石です。
夫のヒロシが死んでしまいました。
死因は毒だそうです。吉野から送られてきた羊羹を食べた直後でした。
送り元を見れば事情はわかるでしょう。
日本にいるあなたたちにどうか協力をしていただけないでしょうか。
小春の住所はわからないので、笠島に送ります。
ヒロシの胃から毒が検出されたそうです。
私が毒殺したことにされています。
裁判は一ヶ月後、有力な証拠はありません。
詳しいことは面会で。」
私はともかく業務を終わらせたあと、アメリカに行く荷造りをしなければならない。笠島は明日にはこっちにきてくれるらしい。早いな。今日のマクドナルドは、いつもより濃い匂いに感じた。
夏の真っ盛り、ガラス天井の京都駅の広場はは明るさに満ちていた。今日光栄と会って作戦会議をする。夜通しノンストップで車を飛ばしてきたから酔った。うえっ。今年の夏もまた一段と暑い。
光栄と連絡をしたあと、まずアメリカの弁護士を探した、がしかし向こうの裁判となると金を積んだ者勝ちだ。そこまでしたいかというとまあそうでもないが、それでも友里は救わなければならない。もちろん手紙から犯人は吉野だろうと容易に想像がつく。ところでアイツに最後に送ったメッセージに既読がつかないのはなぜ?まだお母さんに管理されているのだろうか?笑
吉野が倒れたというのを聞いたのは、うちがこっちにきて三日たった時だった。LINEで坂田から通知が来た。坂田もまた鈴木を嫉妬していたタチで、吉野と大変仲が良かった。どうやら吉野が下半身不随を発症したらしい。合唱コンクールで彼がこけたとき、ずっと吊っただけだと意地を張っていたが、そうだ、この頃から予兆があったんだ。それに、書道パフォーマンスで転けたのも、女子の袴の裾を踏んだからだけではない。きっとあの時もまた、その痛みに襲われたのだろう。にしても坂田は今何をやっているのだろうか。あの頃、そう、忘れもしない暑い日、彼は…
吉野と坂田が結びついた、あの日。それは、高校三年生の、文化祭に遡る。文化祭終了後の片付けの時、坂田は吉野が告白して惨敗したことを聞きつけて、まずいと思ったのだろう。直後の体育祭で告白したのであった。結果は見るに堪えないものであった。完璧に久石の戦略勝ちであった。坂田がやろうとする全てを久石は先読みしことごとく回避し、最後には坂田は久石に甘言を弄され撃沈した。はっきり覚えている。その時の彼の姿を。はははは。
その後、私たち、光栄とか鈴木と話していた時、吉野に、「坂田は自分の仲間だ、条約結んだんだ」と自慢されたが、正直どうでも良いと思った。しかし、この期に及んで坂田がこの「事件」に関係していないはずがない。吉野は、なぜ今になって久石を殺したのか、なぜ坂田は吉野の病気をわざわざ報告してきたのか、色々気になるところがある…
やっと東京に着いて、笠島と合流できた。吉野が下半身不随になった話も聞いたけど、びっくりだなぁ。心配、心配。
次の日、今日もまた笠島に会う。誰を連れてこいとかは言われなかったから、ヒロシと仲の良かったかんなも連れてきた。こっちにきて色々話を整理できたから、今日はついにアメリカに行って友里に話を聞く。どうやら吉野も関わってるらしいけど…まさかね。少しの間市営地下鉄に乗っていけば、もう京都駅だ。古めかしい音を鳴らして走る電車はやがてホームに滑り込み、私はさっさとおりる。懐かしい音と共に改札を出て、階段を登ってった。大きな駅の正面には笠島が立っていた。とうとう調査が始まると思うとワクワクしちゃう!笠島に手を振る。空港まで彼が車で連れて行ってくれるという。かんなが笠島が手をかけている車を指差して
「黒のハイエースなんて怪しいねあいつ」
と言った。確かになんでこの人はハイエースを持っているんだろう。一人暮らしだよね??かんなが後ろの席にさっさとのりこんで、私は大きな車体の助手席にすわった。後ろを覗くと広い物置スペースが確保されていた。あ、部活の物資運搬に使うのか、と、残留物でなんとなくわかった。先生はいくら夏休みといえやることがいっぱいあるだろうに、わざわざ調査してくれるなんて優しいなぁ。
「アメリカの弁護士が問題だよ」
そう問いかけられて、
「どういうこと?」
と聞く。
「弁護士を雇わないと裁判で戦えないだろ?でもまともな弁護士を雇うとなるとかなりオカネが、ほら、ね?」
なるほど全て理解した。たしかに近年アメリカの物価が上がりすぎていてやばいらしい。さっとGoogleで調べてみると、うそ?!数千万円?!やばいね。そういえば遥ちゃんはダンスを本業に高校卒業と同時に渡米したらしい。元気にやってるかなー。
「どうする」
私は考え込む。そんなお金はない。足元の発煙筒を眺めながら何か方法がないか考えていた…
彼らと一緒にこの事件の調査をできることになって私は幸せだ。この絶好の機会を、私は逃さない…吉野を、ぶっ殺してやる…
事前に私は話を聞いていた。私はふと思い出したように、
「ねえ!アメリカの弁護士の知り合いいる!」
「えっまじ?」
「まじまじ!連絡してみる!」
笠島はなんだか安心したように見えた。そして、アクセルを踏む力が、強くなった?!
「さあ、急いで友里に会って話を聞くぞ!」
車は湾岸線に入り、「関西国際空港」の看板が見え始めていた。
しばらくして空港につき、飛行機の離陸まであと三十分というところだ。現在時刻は正午。ついこの間123便墜落事故を知って、飛行機が少し怖くなった。とはいえ笠島が言っていたように飛行機の事故なんてそう起こらないだろうから、安心して十時間の旅に出られるかな。かなり時間があるから、色々暇つぶしのものを持ってきた…と思ったらカバンの底にもげたルービックキューブが見える。えー!せっかく暇つぶしになると思ったのに、壊れていたら元も子もないじゃない!
車を駐車場に止め、とうとう関空にきた。ついに久石友里に会いに行くのだ。なぜか突然佐久間がやって来たが、戦力は多い方がよい。飛行機の時間も近いから、急いで保安検査をしないといけない。海外旅行なんて高校ぶりだよ。親を連れてベトナムに行きたかったけれど、忙しくてそれどころではなくなってしまっていた。来年の夏休みくらい、休みを取るか。
検査はすんなりと通過できた。光栄と佐久間を後ろに、三人でボーイングに乗り込む。座席はもちろんエコノミーだが、近年エコノミーの席がさらに狭くなってきて、もはや電車の座席程度の感覚になってしまった。偶然窓側の席が取れたから、光栄を窓側にして佐久間を間に挟んだ。
やがて便は加速し始め、一気に機首を上昇させ始めた。日は真上のあたりから機体を照らし、滑走路にはその影がはっきりと映っていた。飛行機はついに離陸し、はるか遠く、カリフォルニアに向けて飛び出した。
【ミンゲス調査団】
…私はすっかり寝ていた。ふと目覚めた時、窓には広大な地平線が見えた。その先には昇り始める太陽があった。青黒い夜空を打ち破らんばかりのサーモンピンクの光は、言葉にできない美しさだった。まるで神の降臨のような気さえした。ところで、横を見ると、かんなは…う、私の膝に転がっている、通りでなんだか膝が重いわけだ。そして笠島は、パソコンと睨めっこか。静かにキーボードに指を滑らせ、授業の資料を作っているようだ。先生も忙しいんだなぁ。
さて、現在時刻は…五時!しかも東京の時と同じ日付!あそうか、こっち側に来るってことは時間が巻き戻っているんだ。座席前のパネルに現在の位置が表示されている。あと三十分ほどで着陸するようだ。さっさとかんなを起こし、荷物の整理を始める。機内はすでに起きていた。多くの客は準備を始めて、CAたちはアナウンスや、前の方で作業をしていた。大半の窓のカーテンは空いており、日光が差し込んでいる。
人生初めてのアメリカ大陸への思いを乗せて、機体はとうとう大陸に足をついた。
空港の保安検査を通過し、広いコンコースに出る。さわやかな空気が肺に入ってきて心地よいなぁ。近年アメリカの空気汚染の激しいことが話題になっているが、まだこっちの方は綺麗なようだ。空港直結の地下鉄に乗ってまずはホテルに行く。このアナウンスの声、久々に聞いたな。教育実習でニューヨークの方に行ったことがあるが、どうやらそっちの方の電車と同じ会社だったようである。覚えていないが。
刑務所に一番便がいいホテルを飛行機の中でとった。空き部屋は二つしかなかったので、二人は一緒の部屋で泊まってもらおう。電車はやがて最寄駅に入線し、重い扉が開いた。キャリーケースを引っ張って降り、さっさとホテルに向かおう。面会時間は午前八時からである。現在時刻は、六時半であった。
私は坂田と連絡していた。彼と私には、共通の敵がいる、そう、吉野である。あいつは私を突然嫌って、私の未来を消し去った男だ。突然LINEをブロックされ、「死ね」と言われたことは今でも忘れない。そのあと私は起立性調節障害を発症し一年間不登校のあとなんとか復帰した。それでも障害は私の人生を変えた。大学には行くこともできず、近所のスーパーに雇ってもらいなんとか生計を立てている。辛い闘病生活で、吉野に対する恨みが募っていった。
坂田も坂田で、吉野に精神をやられた(らしい)。吉野は私と付き合っていたのに久石友里に浮気し、そして振られた。坂田もまたそうで、振られたわけだが、周りからの目が吉野と同じ目だったのがプライドを傷つけたらしい。実際、坂田の方が脈があった。花火大会にも行ったし、一緒に帰ることも多かった。それでも、振られたものは振られたものだ。それで、吉野への恨みを持つようになったという。なんだか理由がクズ同然だが、私の味方になってくれるというから、戦力は多い方がいい。
鈴木が殺されたことを聞いてから、犯人が吉野であることはすぐにわかった。坂田と手を組んで、「友里の夫を殺した仇」という名目で吉野を殺す計画を立てた。計画は、絶対に成功する…
機内で詳しい計画を考えていたら寝落ちしてしまった。気づけばもうそこはアメリカだった。笠島たちの後ろについていき、ホテルに到着した。小春と同じ部屋!一人より安心できて良い。ただ、アメリカのホテルってかなり高いんでしょうけど、お金は大丈夫なのかな。飛行機のチケット代は払った。現金はたった十万円しか持っていない。まあ、一泊で帰るつもりだから大丈夫なはず。計画を実行するために…
チェックインした後、すぐにシェアリングサイクルに乗ってとある法律事務所に向かった。佐久間がミンゲスに連絡し、なんと彼は今回の件の弁護士を快諾してくれたという。他の事務所よりもずっと安くやってくれて、本当にありがたい。と思っていたら、背後からガシャンという音が聞こえてきた。光栄が岩につまずいて自転車ごと横転している。うちらは苦笑しながら彼女を引っ張り上げ、さっさと先に進む。
十分もしないうちに事務所に着いた。玄関にミンゲスらしき人物が立っている。黒人だ。南米の方と見た。好青年(同世代だが)で、笑顔はとてもアメリカ人らしくてカッコよかった。自転車を停め、話しかけてみる。
「hello?」
「コンニチハ!!」
ぉお?!日本語ペラペラきちゃー!日本語ペラペラの外国人は好きである。それに難しい内容を英語で話す必要がないかもしれない。気が楽だ、こりゃ。
「費用は後で振り込むさ、とりあえず友里の面会に行こう」
「オッケー!ユウリってカンナのトモダチだろ?エンザイなんてユルサないさ!」
腕をブンブン振りながら話している。ミンゲス、なかなかの陽キャである。こういうのが私が想像するアメリカ人だ。最高の友達になれそう。拘置所までは車で送ってくれるらしい。憧れのアメ車だ。我々は、「久石ヒロシ殺人事件」の冤罪を解くべく、ミンゲス調査団は、今動き出した。
【日本ぶりの再会は拘置所で】
やかましいエンジンの音が止んで、車は駐車場に停まった。現在時刻は七時四十分、ちょうど良いくらいだ。四人でさっさと建物に入り、でかい文字で「meeting」と書いてある受付に向かう。ミンゲスと笠島が窓口で色々認証している間、私は久々に会う友里の思いを巡らせていた。果たして私たちに友里を救うことができるのかな?あれ、よく考えれば、友里とかんなってあんまりいい仲じゃなかったような気がするんだけど…
中学生の時、何があったんだか覚えていないが、彼女たちはお互いによく思っていなかったはずである。それなら、なんでかんなは来てくれたんだろう?謎が、一つ増えた。それにしても時間がかかる受付だ。以前よりずっと複雑で厳重になったんだろうなぁ。五分後、私たちは金髪の白人警官に案内されて検査云々終わらせて、とうとう面会室にたどり着いた。笠島は白紙とボールペンを持っている。これに書くつもりなんだろうなぁ。
それにしても、代表が黒人の弁護士なだけでこんなに軽くあしらわれるのか?この社会では。うちが中学生だった頃、十五年ほどまえと人種差別は全く変わっていなかったようだ。このままでは、裁判でさえ不利になってしまうかも知れないー有力な証拠が見つからなければ負けということだ。
久々に会う友里は、なんだかやつれた感じだ。伸ばした髪はボサボサになって、目に光がない。(あの時の友里とあまり変わらないようにも思えたけれど。)声も枯れてる。光栄が「ゆうりーーー!」といってガラスに張り付くようにして叫んでいる。さて、面会時間はわずか三十分である。要領よく色々聞き出さなければ裁判までのリミットに間に合わない。
とはいえいざ来ると何を聞けば良いかわからないものだ。
「その日に何があった?」
そして、うちらはたった三十分間に面会を始めたーーー
・仕事帰りのひろしが吉野から荷物が送られてきたのに気づいて、一緒に開けた
・中身は老舗の和菓子屋の羊羹だった
・カビが少し生えていたのでそこだけ削って食べた
・ちょっと酸っぱかった(カビのせい?)
・ひろしが食べた後吐き気、腹痛を言い出し、翌朝死んだ
軽くまとめるとこんな感じであった。はぁ?本当に友里以外の人が殺したのかぁ?
彼女に別れを告げて、ミンゲスたちと部屋を出る。とにかく、日本で証拠を集める人が必要だ。
事務所に帰るまでの車で、笠島が話しかけてきた。
「日本で証拠集めしないといけないけど誰が行く?」
あー、確かに。吉野の家にいって調査でもするのかな?!ちょっと楽しみ。
「私が行く!」
そういうと、かんなも
「じゃあ私も」
と言った。
笠島が頷きながらまた前を向いた。これで、男二人の現地勢と、女二人の調査勢に分かれた。なんとしてでも、あと三週間で友里の冤罪を解かなければならない。
これで、吉野を殺す準備は揃った。日本に帰って、調査をするふりをしながら…
私たちはやがてホテルに戻り、今後の話し合いを軽くした。今日は観光して、明日私たちは帰る。十時間進むんだよね、帰ったら。あれ、じゃあ明日東京に行ったら東京では明後日?うーん、やっぱり時差の仕組みがよくわからないよ〜。
さて、当日に起こったすべてのことを聞いた。あとは吉野の家で何か出てくるのを待つだけであるが、坂田の関わりが見えてこない。本当に偶然教えてきただけか、何かの意味があって教えてきたのか…いずれにせよ、見舞いにこいと言われたが行くはずがない。面倒である。
これっぽっちも犯行手口が見えてこない。とりあえず、光栄にこんな情報を手に入れるように頼もう。
・毒らしき物がないか
である。実にこれだけだ。全く先が見えない。
やっとこさホテルに帰ってきたうちらは、観光でどこに行くか話し合い始めた。飛行機の関係で夜には空港に行かないといけないから、空港までの道のりかなあ。
私たちはとりあえず観光を終えて、空港にいる。現地のことは笠島に任せて、私たちは証拠集めをしないといけない。飛行機はあと三十分で飛ぶ。急いで保安検査を通過して、乗機しないと。
やがて二人で乗った飛行機は扉を閉め、滑走路を滑り始めた。そのまま急上昇して、再び日本に向けて、十時間の旅にでた。明日に備えて、早く寝よう。。。。
【守りたい人】
うちは再びミンゲスの事務所にいる。このあとパソコンでビデオ通話をするのである。光栄からLINEで今篠原駅に着いたというから、あと少しで吉野の家である。鍵は奪い取ったらしい。かんなは吉野の病院に行ったそうだ。
通話を始めた。家に着いて、お母さんがもてなしてくれているようだ。お菓子食べてる…
やっと本題だ。部屋を散策する。モニターに映る彼の部屋はなかなかに興味深かった。でかいPCに大量の電子機器に大量の推しグッズ…なかなかやばいやつだ。さすがニートといえよう。ゴミ箱だとか引き出しだとか、いろいろ探ってみるが,特にこれといったものは出てこない。唯一、PCの隙間に一週間ほど前のレシートがあった。難しいジグソーパズルの、やっとハマるピースを見つけ出したような気分だ。おそらく、この和菓子屋だ。有名な老舗和菓子屋で、羊羹を買っている。[ゲンテイヨウカン 1サオ]とある。羊羹でいう「サオ」は、切れてない、でっかい塊の数え方だったはず。限定羊羹、そうだ、今は夏限定で「パイナップル羊羹」を売っていた。YouTubeで有名になっていたなぁ。
これしかない。なぜだ、吉野ではないのか?そろそろ時間的にお母様に失礼なので、今日のところは退散にする。かんなももう戻ってきて、居間でお母さんと談話していた。部屋の写真を送ってもらって、ルームを閉じた。
数分間、静寂が流れた。ミンゲスと、二人だ。
「ヘヤのシャシン、ミテミヨ?」
ミンゲスが口を開いた。確かに、新しい発見があるかもしれない。ファイルを開くと、五枚の写真が入っていた。一枚ずつスライドしていく。最後の写真で思わず吹き出した。
光栄の自撮りだ。。。
スクロールを戻し、ミンゲスと再び見つめる。
「アイツ、ベランダもキッタネぇな」
そういうから、ベランダに目をやる。土はそこらじゅうに散り、観葉植物が一本どすうんと置いてあるーそして、私は目を疑った。
ーートウゴマじゃないか。
誰がどう見てもトウゴマだ。猛毒である。よく見れば、中身はないがすり鉢と棒も放置されている。あいつはなんか「自然科学サークル」?みたいなのに入っていた気がする。何をしていたんだか知らないが、写真の机を見てもわかる、確かに植物系の参考書、資料が大量にある。つまり、毒の作り方に詳しくてもおかしくないということだ。
トウゴマからはリシンが取れることくらい常識である。だが、リシンを作って、どうしてひろしだけ殺すことができたんだ?
私は吉野の家から出てきて、かんなと電車に乗っている。かんなは病院に行ったらしいけど、どうだったかな。
「吉野、元気だった?」
かんなは少し考えてから
「足が使えなくなってかなりげんなりしてた…」
と答えた。私が家にいた三時間で、アイツと何話したんだろう?家から三十分はかかる大型病院だから、実質二時間か。
明日くらいお見舞いに行ってあげようかな。
「何号室にいるの?」
と聞いてみたら、
「吉野、人と会いたくないらしい!恥ずかしいって!」
と突然早口で押された。そっか、吉野って結構シャイだもんね。そして、かんなの手の大きい擦り傷が気になる。
「どうしたの?それ」
と聞いてみたら、
「えっと、カミソリ負けだよ!」
ああ、なるほど。でも、なんだかなにかの擦り傷みたいな感じだな。
ところで、笠島から「発生した全部のことを教えて」って言われたし、とりあえずLINEで全部伝えよう。
・かんなと帰った
・吉野には会いに行かないほうがいいらしい
・かんなの手に大きいカミソリ負けの傷(でもちょっと変)
なんだか空気は重かった。かんなが暗かった。やっぱり、元カレだから、ショックが大きいのだろう。やがて、電車が地下に入って、乗り換え駅にやってきた。かんなにばいばい、と言って私は電車を乗り継いだ。早く家でくつろぎたいのだ。
やっと家に着いて、ベッドの上に倒れる。開いたカバンから、見覚えのない鍵が出てきた。まさか、かんなの鍵?それしかない。なら、かんなは今頃どうしているだろう?!まずいよ!連絡しないと!
私は、腕を組んで考え込んだ。調べてわかったことは、
・リシンはタンパク質で構成されている
・経口接種の場合、強い吐き気、腹痛、めまいなどがする
これくらいしか有用なのがない。
捜査は行き詰まった…。
しかし、うちらは久石が犯人でないことさえ証明できればよい。犯人などどうでもいいのだ。友里が、ひろしを殺すことができなかった理由とは何か?明日、もう一度面会に行こうーー
二週間が経過するーー
(最近笠島からの連絡がない。大丈夫かな、本当に心配。それに、かんなに連絡しても既読すらつかない。電話しても出ない。怒らせてしまったかな…、家に行って届けてあげよう)ということで、いま、かんなの最寄駅に来ている。何回か遊びに来たことがあるから、家はわかる。急いで行って、とうとうついた。インターホンを押すが、誰も出ない。今外出中なのかな。そう思っていると、後ろからおばあさんが話しかけてきた。
「あなた、佐久間さんのお友達ぃ?佐久間さん、行方不明なのよぉ。郵便はたまっていくし、干した洗濯物もずっと変わってないの、それで警察の方呼んで、捜索願出すことにしたのよぉ」
可愛らしいおばちゃんだなぁ、だけれどそれどころではない。かんなが行方不明?ただ事ではないよ…。おばあちゃんに感謝を伝え、急いで笠島に連絡しないと、と思ったその手が止まった。私ができることをやらなければならないのではないか?全部笠島に任せてばっかりで、笠島も大変だよ。
私は、今後を考えた。
まずい。裁判まで、残るは一週間である。実際に彼らの家にも行った。ミンゲスを経由して捜査資料も手に入れた。うちは瞑想している。なにか、なにか感触はないか、考えを張り巡らせる。
時計の針の音はよく聞こえる。外をたまにうるさいエンジンを鳴らす車が通る。
何時間が経っただろう。あたりはオレンジ色に染まり始めた、のも束の間、もう暗くなり始めている。
ふと、私は顔を上げる。なんとなく、これなら全てのピースが当てはまる、その一本の筋が完成した。パソコンを付けて、写真をもう一度、見返す。資料を再び見る。そして、あの日、同窓会で見た記憶が蘇る。彼らの家で発見した「陶器のコップ」、そうだ。
犯人は、吉野ではない。真犯人は、まさに坂田ではないか?
吉野は最初から、久石夫妻を殺すつもりだった。しかし、置き配文化を知らず、毒の仕組みも知らない、自分の無知のせいで、誰も殺すことが出来なかった。
つまり、吉野は無罪である。
毎日マクドナルドでポテトの匂いを嗅いでいる私には、嫌な予感を嗅ぎつけることなど容易であった。私は今坂田の家に向かっている。坂田がラインで一人暮らしの家を自慢してきた。もちろん住所も覚えている。使ったこともない駅で心配だけれど、それどころじゃないよ、今。太陽が落ち始めている。見えてきた坂田のマンションの一面が、オレンジ色の光を反射している。夏の暮れに近づく十月。それでもとても暑い、でもたしかに、空には秋があった。急いでエレベーターでその階に行き、インターホンの前に立つ。
坂田がこの件に関わっていること、かんなの行方不明、そしてふと思い出した。坂田と、吉野のヘンテコな条約を。この事件の、全ての人に関わりがあってもおかしくない。
そして、全てのピースが当てはまる、一本の筋が完成した。
私はインターホンを押す。案の定応答はない。いざゆかん、坂田の家。私は勇気を出して、ドアノブを引くー
開いた。鍵がかかっていない。
そして、私はずかずかと奥に進む。人の生活を感じない。棚も、机も、散らかった床も、何もかもがそのままなのに、なぜか、「痕跡」のように見えるのである。そこには、自分以外の誰もいないことをわかっているからだろうか。窓から差し込む西陽を見て、感傷的になっているだけなのだろうか?私は、すぐに理由がわかった。背の低い机に、いかにもExcelで適当に作ったような、「遺書」と題した一枚の手紙があるからであった。私は、そっと手を伸ばし、中を開く。
「遺書
私たちは、お互いに愛し合い、そして、犯した罪を、私たちの命をかけて償います。
鈴木を殺したのは、俺です。ー坂田晴翔
吉野は下半身不随なんかではありません。私たちがあの二週間、彼を消すための嘘です。
吉野を消したのは、私です。ー佐久間かんな
ミンゲスには、もうお金を払ってあります。実は友達でもなんでもありません。優秀な弁護士を探して、なんとか雇うことができたのです。
さようなら、探さないでください」
私は、読み終わったそれを、焼き捨てた。笠島に見せる必要なんかない。きっと、笠島に見せたらショックを受ける。
余計に話を複雑にするわけにはいかない。
きっと、笠島はとっくに犯人なんてわかっているよ。犯人失踪ということにしてしまおう。いったい、ミンゲスを雇うのにいくらかかったのだろう。相場は、数千万と調べたのを覚えている。
私は、かんなだけでも、守ってあげたい。
かんなが吉野を恨んだのは、知っている私が、お互いの誤解を教えてあげなかったせいだから。
「あの日吉野が見たのは、お父さんと歩くかんなだよ。」って。
「死ねっていったのは、吉野がかんなが浮気したと思ったからだよ。」って。
西陽が眩しいせいで、目が霞んで…
【全てが、今ひとつに】
私たちは、再びアメリカに集まった。光栄と、そしてミンゲスの仲間の探偵。かんなは連絡がつかないんだと。久石が、一人真ん中のとこに立たされている。大丈夫だ、今に助けてやる。
高い木槌の音が鳴った。ついに、開廷である。
陪審員は、半分が黒人である。これは、有利かもしれない。今のアメリカは、昔より黒人差別が陰湿になったことを感じる。それでも、きっと偏見はない。勝利の見込みがある。
検察が、ごちゃごちゃ言い始めた。くだらないことをほざいているが、どれも中抜けで、どうも信用が薄い。しかし、それをひっくり返す有力な証拠はない。
「If a husband dies after eating poisoned candy sent through the mail, while his wife remains unharmed, there is only one logical conclusion: the wife did it.
Think about it. If some random stranger had sent that package, it would have been a game of Russian roulette. They wouldn't have known who would eat it. A third party would have no reason to take that risk.
Only one person had control over who would receive and eat that candy. The wife.」
(夫は郵送された毒入りの菓子を食べて死亡した。一方で、妻には何の被害もなかった。ここから導かれる結論は、ただ一つです。妻が犯人なのです。考えてみてください。もし本当に無関係な第三者があの包みを送りつけたのだとしたら、それはロシアンルーレットのようなものです。誰がその菓子を口にするのか、第三者には分からない。そんな危険を、何の動機もない第三者がわざわざ冒すでしょうか。あの毒を確実に夫だけに食べさせることができた人物は、一人しかいない。
妻です。)
その通りである。がしかし、かなり雑な捜査だ。どう考えたって、例のコップを調べれば毒が検出される。なんだよ、リシンと水銀を一緒につかって殺すって。あのねぇ。質問が終わり、やっとこっち側が話す時が来た。ミンゲスと共に、勢いよく立ち上がる。
「This case is far more tangled than the prosecution wants you to believe. There were two separate plots against Hiroshi’s life. Check the evidence list.
Exhibit A—a receipt from Mr. Y’s residence for a 'limited pineapple Yokan.' The state’s forensics found ricin on the box but mercury in the victim. Why? Because the ricin was a dud! The package sat on the porch for hours. It molded. The pineapple enzymes completely destroyed the toxin inside the jelly. The only reason any ricin was found at all was because a tiny trace survived on the back of the box. Ricin did not kill Hiroshi.
The real killer is Mr. S.Look at this cup, Exhibit B. Why did the police miss this at the crime scene? I don’t know.
Did the wife poison it? Absolutely not. Exhibit C shows Mr. S handing this very cup to Hiroshi. Exhibit D is the packaging found nearby. This was the first time Hiroshi ever drank from it. Why does that matter? Because this cup was custom-made by Mr. S. The mercury wasn't added to the drink—it was baked right into the ceramic itself! The wife couldn't have done that.
One sip from this lethal cup, and Hiroshi was flooded with a fatal dose of mercury. Severe nausea, agonizing stomach pain, and then—death. Mr. S, and Mr. S alone, had the means and the opportunity. So I ask you, when, in this entire timeline, could the wife have ever poisoned him? Never!"
(この事件は、検察側が皆さんに信じ込ませようとしているものより、はるかに複雑に絡み合っています。ヒロシの命を狙った計画は、実は2つ存在したのです。証拠品リストをご確認ください。
証拠品A、第一の容疑者である吉野氏の自宅から見つかった、期間限定の『パイナップル羊羹』のレシートです。検察の科学捜査では、箱からリシンが、被害者の体内からは水銀が検出されました。なぜか? リシンによる殺害計画は『失敗』に終わったからです! 置き配の荷物は、酷暑の中郵便受けに数時間放置されました。そのせいでカビが生えたのです。さらに、パイナップルの酵素が羊羹の中の毒素を完全に破壊してしまいました。リシンが少しでも検出された唯一の理由は、酵素が届かなかった箱の裏側に、ほんのわずかな痕跡が生き残っていたからに過ぎません。ヒロシはリシンでは死んでいないのです。
真犯人は、坂田氏です。このコップ、証拠品Bをご覧ください。なぜ警察は事件現場でこれを見落としたのでしょうか? さあ、どうしてでしょう?
妻がそこに毒を仕込んだのでしょうか? 断じて違います。証拠品Cは、坂田氏がまさにこのコップをヒロシに手渡しているところを示しています。証拠品Dは、近くで見つかったその箱です。ヒロシがこのコップから飲み物を飲んだのは、これが生まれて初めてのことでした。なぜそれが重要なのか? このコップは坂田氏によって特製されたものだからです。水銀は飲み物に入れられたのではありません。セラミック(陶器)の素材自体に直接焼き込まれていたのです! 妻にそんなことができるはずがありません。
この致命的なコップから一口飲んだ瞬間、ヒロシの体内には致死量の水銀が流れ込みました。激しい吐き気、引き裂かれるような腹痛、そして――死です。坂田氏、ただ彼一人だけが、その手段と機会を持っていたのです。
そこで皆さんに伺います。この一連のタイムラインの中で、一体いつ、妻が夫に毒を盛ることができたというのでしょうか?
――絶対に不可能です!)
うちは全てを言い放った。ミンゲスは、四つの証拠品を掲げている。探偵が、証拠品詳細を陪審員にも配る。
室内に最後の一声の余韻が残る中、十二人の陪審員は密室に入っていく。今から彼らは久石の有罪無罪を話し合うのである。証拠品と記述だけを頼りに、彼らは決断を下すのである。私たちは建物内の控室に移動し、友里は再び監獄に入れられる。
ただ、待つだけである。
ただ、ただ…
突然、手渡された無線機的なのが、びーびーと音を立てる。ついに、判決が出たという。みんな、ここ一ヶ月の疲れもあって寝ていた。すぐに起こして、急いで裁判室に向かう。この一ヶ月が、報われてほしい。そして、友里を救いたい。鼓動は今にも破裂しそうなほど激しく、胃は穴が開くような痛みである。やけに長く感じる廊下を行き、重い扉を押し開ける。
やがて裁判長が全員揃ったことを確認し、再開廷を合図した。
何か言っているが、よく聞こえない。
「イマ、サイバンチョーが、ケッカミテル。」
とミンゲス。
裁判長がペンを取り、ささっとサインした。
陪審員長が、声をだした。
「we find the defendant
(私たちが下した判決は)」
空気はさらに張り詰める。
「NOT GUILTY
(無罪である)」
ざわめく傍聴席と、泣き崩れる久石を前に、裁判長が再び木槌を鳴らす。
これで、閉廷である。
【日本に、もどろう。】
私たちは、やっといつも通りに戻れた。笠島と、ミンゲスと、そして友里と。ここはアメリカ・カリフォルニアロサンゼルス国際空港のベンチである。手前の大きな窓から、幾つもの滑走路と、離陸着陸をする数々の大型ジェットが見える。遥か向こうには影になる黒々とした山々を望み、その頂上には真っ赤な太陽が空をオレンジ色に染めていた。やがて冬の乾いた風も止んでいた。
裁判の、無罪確定から、二ヶ月もたった。犯人失踪が認められ、事件はついに歴史の闇に葬られることになったのだ。そして、かんなが隠したすべても。
笠島が
「かんなも坂田も、吉野も、行方不明ねぇ。せめて吉野には一度会ってやりたかったな笑」
つらい。吉野は下半身不随なんかではない。壮大な嘘だよ。かんなも坂田も、もうこの世にはいない。
でも、これが唯一、私ができることだよ。
突然笠島が立ち上がり、私の前に来た。奥の窓からは、日差しがあたって、彼を神々しく照らしていた。
そして、彼は一言、
「前から、好きだったんだよ。付き合ってくれないかな。」
あの頃の、笠島の京都弁はもうない、標準語だ。
私は、
「もちろんやんか、結婚しよな、約束え!」
と、京都訛りで返してやった。
私の初恋は、向こうからやってきた。
(カリフォルニア編終わり 最終章に続く)




