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第8話 週刊真相 蠅島耕三

「リーダーが大宮の市長選挙に出る?」


 櫛引先生が入院している病院のロビー。

 大和田灯里が切れ長の目を大きく開いた。


「マッジっすか? なんで?」


「私が選挙に出る。

 マスコミが注目する。

 お客様が来る。

 劇場の家賃が払える」


 5月6日午後1時。

 外来診療が休みのロビーには、櫛引先生、梨奈、灯里の三人しかいない。


「市長選挙はOMGにとってビック・チャンスだよ。

 OMGが生き残るんだったら私は何でもする。

 裸以外はね。

 今夜の公演で立候補を発表する。プレスも呼ぶんだ」


 事前に説明しておこうと呼び寄せたサブ・リーダーの灯里はニヤッと笑った。


「櫛引先生、在庫一掃のチャンスってやつです。バーゲンセールをやりましょう」

 

「売るのはCDだよね? 

 私、OMGを卒業しないよ。選挙の間も公演に出るからね」


 灯里は毒舌。リーダーの梨奈を在庫のCD扱いしている。


「選挙に出る人は供託金を収めなきゃいけないの。

 供託金って100万円もするんだ」


 供託金の目的は梨奈のような売名行為の防止。


「最低でも1万票取らないと戻ってこない。

 無理だね。松をキープして回収しなきゃ」


「だったら、リーダーの昔の衣装も売りましょう。

 入らないし、もう着ないでしょ?」


 太って悪かったな。

 胸も少し大きくなったんだぞ。


「協和党は供託金を出してくれないのか?」


 櫛引先生が心配そうな声をだした。


 先生は、また痩せた。声も弱々しい。


「寄り合い所帯で金が無いって聞いたぞ。代表の蓮沼涼子も苦労しているらしい」


 協和党の女性党首蓮沼は元コメンテーター。双子の子供がいる。


「党本部の公認が貰えたら支払うそうです。

 立て替えてくれって安田さんに言われました」


 供託金は梨奈の貯金から収める。


「絶対に払いませんね。

 選挙ってお金がかかるんでしょ? パンツとブラも売りましょう」


 灯里は毒舌の刃を煌めかせる。


「お金なんかかけないよ。ポスターは作らない」

 梨奈は人差し指を立てた。


「私は選挙に勝とうなんて思っていない。

 立候補する目的は、世の中の目をOMGに向けることさ。

 私はアイドルだよ。

 アイドルは喧嘩しちゃだめ。なにがあっても笑顔。夢を届けるんだ」


 狂ジローに喰い込まれた秋田のきりたんぽ~ず。

 メンバー同士が喧嘩をして潰れた。


「それにね、相手は狂ジローだよ。

 真面目に選挙運動をやったら、ラビットに歯向かうのかって、劇場、つぶされちゃう。

 私は無投票をなくすための、捨て石さ。自独党も喜ぶよ」


「なるほど」

 櫛引先生は頷くと頭を垂れた。


「岡林、すまない。

 俺がしっかりしないから、お前にみじめな思いをさせてしまった」


  やめて


 櫛引先生は自信満々でOMGを率いてきた

 頭なんか下げられたくない。


「先生、頭を上げてください。忙しくなりますよ。早く元気になって新しいステージを作ってください」


 梨奈はみじめじゃない。だって、友麻くんが応援してくれるんだもん。


「先生、お願いがあります。私、劇場で握手会をやりたいんです」

 櫛引先生が顔をあげた。

「みんなで作ったCDです。バーゲンセールなんかできません。握手券を付けて売りましょう」


 お客が来るのを待っていては駄目。

 M!(動け)だ。


「わかった。よろしく頼む」

 櫛引先生が、頭を下げた。よかった、了承してくれた。


「しっかし、嫌だなあ、狂ジローが大宮の市長。私、上尾に引っ越そうかなあ」


 灯里が顔をしかめた。灯里は宮原に住んでいる。


「大丈夫だよ。狂ジローが市長になったら、大宮は、すぐに、さいたま市に戻るよ」


  さいたま市への再合併を迅速に進めます


 狂ジローの公約トップ。


「別れた原因はサッカーだからね。離脱に投票した人は、みんな反省しているはずさ。

 安田さんが教えてくれた。

 分離は一時的で、大宮市の職員や施設は、さいたま市が貸してくれるみたいだよ」


「さいたま市に、とっとと戻って、狂ジロー(あいつ)を頸にしましょう」

 灯里が肯いた。

「選挙はいつですか?」


「選挙期間は一週間。6月7日が公示。14日の日曜日が投票日。よろしくね」


 梨奈が膝を叩くと灯里はガッツ・ポーズを返した。


「ガッテン承知。14日は劇場で盛大に残念会をやりましょう」


  落選確実


 わかっているけど、なんか、寂しいなあ。


「今夜の記者会見は劇場のロビーでやる。取材もたくさん来る。手伝ってね」


  大宮の地下アイドル、市長選挙に出馬

  目指せ! 歌って踊れる大宮市長


 梨奈の立候補は大きな反響を呼ぶ。

 テレビのワイド・ショーやスポーツ新聞は、連日、梨奈やOMGを取り上げる。


 海外のメディアが来たらどうしよう。

 梨奈は英語が話せない。メンバーで英語が得意な子は・・・

 

  いない


 ОMGのメンバーは勉強が苦手。漢字が読めない、ニュースを見ない。


  中国の首都


 きたきょう。


  アメリカの大統領


 ドジャース。


「日本のシュソウなら知っています」


  首相


 シュショウだよ。


 世界に向けて羽ばたけるよう、鍛えなおさなきゃ。


  忙しくなるぞ


 劇場にお客が戻る。

 公演は連日満席。

 握手券を付けたCDは完売。在庫一掃。


 握手会の列はどこまで行くのかな。大宮高島屋さんに謝っておこう。


  夢は大きくおかりんりん

  目指せ、新国立!


 ОMG単独公演に向かって、 M!(動け)!




 梨奈の目論見は外れた。


 5月6日夜、劇場に来たプレスは、週刊真相の蠅島だけ。


「ほ~ら、俺の言った通りだろう」

 蠅島は皮肉めいた笑みを浮かべるとネクタイを直した。

「それじゃあ、単独インタビューといきますか」


 珍しい。蠅島はスーツにネクタイ。

 蠅島は持参したビデオカメラの撮影ボタンを押した。


「最初に確認をしたい。

 インタビューの動画を週刊真相のホームページとYouTubeに載せる。

 いいよな?」


「内容によります」

 ステージ衣装の梨奈はカメラを睨んだ。


「卒業したメンバーも含め、メンバーのプライバシーに関する質問にはお答えできません。ОMGの運営状況についてもです。私は詳細を知りません」


 エッチな質問も拒否する。


「わかっていますよ」

 居住まいを正すと蠅島は梨奈を見つめた。

「岡林梨奈さん、大宮市長として何を目指しますか?」


  おっと、どうした、蠅島


 真面目な質問。しかも、敬語だよ。


  なんか変


 普段の蠅島は、ラフな格好。ぞんざいな口調。

 気持ち悪い。


「愛の市政を目指します」


  ぞくぞく


 気分を抑えながら梨奈は答えた。


「大宮はさいたま市から離れました。

 ОMGには浦和や与野、岩槻から来ているメンバーもたくさんいます」


 研究生の駒場は浦和、円阿弥は与野だ。


「喧嘩は致しません。

 君が好き。

 私は、手を差し伸べます。しがらみや因縁、確執は捨て、浦和の皆さんとも仲良く暮らせる大宮に致します」


  歯が浮きそう


 想定問答は協和党の安田勝男が作成。


  因縁、確執


 舌を噛みそう。


 安田は劇場ロビーに作った記者会見の場にいない。


『ゴールデンウィークでさ、県連も党本部も休み。

 オカリナを候補にすること、誰にも言っていないんだ』


  逃げやがった


 大宮堀の内にある安田の事務所を市長選挙の選挙事務所に使わせてくれるだけでもよしとしよう。


「さいたま市から離れて大宮市の財政は厳しくなると思われます。

 方策はありますか?」


 また真面目な質問。

 蠅島、変なものでも食べたのか。


「財源につきましては、ふるさと納税の積極的な活用を考えています」


 蠅島の質問は安田の想定問答集にあり。

 さっすが、衆議院議員。

 餅屋は餅屋だね。


 梨奈は暗記した回答を続けた。


「私は、全国の方々がふるさと納税をして頂けるよう、大宮を、魅力的な街に致したいと考えています」


「具体的にはどうのよな施策をお考えですか?」


 またまた真面目な質問。

 蠅島、施策なんて言葉、よく知っていたな。


「コンパクトで、効率的な市政です。

 具体的には、区政をなくします」

 

 回答のベースは安田。

 梨奈は具体策をねじ込んだ。


「見沼区は、廃止、致します」


  梨奈の願い


 沼から解放されたい。

 

「市長に当選された場合、アイドル活動はどうされますか?」


  蠅島の質問が続く。


「続けます」


 梨奈は背筋を伸ばした。


「私は、歌って踊れる市長になります。皆さん、よろしくお願いします」


  ОMG


 禁則事項。


  ピース


 安田の指導により禁止。


  選挙を宣伝に利用


 叩かれる。


 蠅島は無表情。


 どうしたんだ。

 なんで突っ込んでこない。

 

 いつもの蠅島なら「ば~か」と蔑んだ笑みを浮かべる。


「最後に伺います。

 立候補を表明している月下恭治郎氏について、どう思われますか?」


 安田の想定回答。 

『お互いに切磋琢磨し、よりよい大宮市を目指したいと思います』

 

  ダメだ


「ひどい奴です」


 梨奈はカメラを見つめた。


「狂ジローのおかげで、たくさんのアイドルが泣いています」


 寿能円の顔が目に浮かぶ。

 梨奈の思いを伝えたい。


「私も狙われました。大宮独立運動の皆さんに助けて頂きました」


 頭つるつるの閻魔大王さん、ぬらりひょんさん、ありがとう。


「南銀には、たくさんの人がいました。

 私が狂ジローに絡まれているのに、見て見ぬふり。

 誰も助けようとしません」


 怒りが込み上げてきた。


「みんな、レッドラビットが怖いんです。

 月下に逆らったらレッドラビットに睨まれる。

 進学できない、就職できない。


 警察は狂ジローが女の子に乱暴をして写真を晒しても捕まえません。

 弁護士も駄目です。相談すら受け付けてくれませんでした」


 円は今も音信不通。


「私は、埼玉をヤマトの支配から解放したいんです」


  あれ? 私、なに言ってんの

 

「私は、ヤマトの配下の狂ジローを絶対に許しません。必ず、倒します」


 梨奈は蠅島に視線を向けた。


「蠅島さん、インタビューを一部でもカットしたら公開は認めません。

 すべて公開してください。私が責任を持ちます」


「岡林さん」

 蠅島が真面目な顔で聞き返した。

「なんで、貴女は、大宮の南銀でアイドルを続けているのですか?」


 想定問答にない質問。


「南銀は、北関東最大の歓楽街。

 ホストクラブ、キャバクラ。

 風俗が溢れています」


 深作遊水地のおばさんも言っていた。


「いかがわしい街で、夢を与える活動ができますか?」


  違う


 梨奈は背筋を伸ばした。


「私は、南銀を、あこがれの場所にしたいんです」


 南銀のネオンが頭に浮かぶ。


「南銀で働いている皆さんは、みなさん、いい人たちです」


  オカリナ、ライブ、お疲れ

  明日もがんばってね


 ホストクラブのお兄さん、キャバクラのお姉さんが声を掛けてくれる。


「大宮南銀は夢の街。南銀で遊ぶ人は超一流。


 私は、ОMGのライブを通じて、南銀を、世界にアピールしたいと思っています」


「はい、終了」

 蠅島は気が載らない口調で応えると録画を切った。 




 週刊真相の発売日は水曜日。

 新聞に広告を載せる。


 5月13日水曜日。


  大宮の地下アイドル

  市長選挙に立候補


 記載、なし。


 翌週20日、なし。


  ボツかあ


 インタビューで言い過ぎたかな。

 最後のセリフは我ながら臭かった。


 他の報道機関も全く無視。


 ОMGファンの反応もない。

 6日の夜公演のステージで発表したのに、誰もSNSに載せない。


  ダメだあ


 劇場は相変わらず空席が目立つ。

 6月6日土曜日に行う握手会の予約は低調。


 協和党の本部は梨奈の公認を見送った。


 党本部から事務所に戻ってきた安田が怒鳴った。


「労働組合出身の爺(じじい)どもが反対しやがった。

 アイドルなんて、党の品位にかかわるんだと」


 安田はヘラヘラしたオヤジ。

 珍しく怒っていた。


 公演前の着替え中、梨奈から公認見送りの話を聞いた灯里はニヤッと笑った。


「ほら、やっぱり。リーダーのパンツの出番です。

 匂い付だと高く売れますよ」


 アホか。

 立候補者には『品位』が求められるんだぞ。


 しっかし、困ったなあ。

 劇場の家賃が払えないよ。

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