第2話 レッドラビット
「オカリナ、ライブ、お疲れ!
今日は一段と綺麗だねえ」
OMG劇場を出た梨奈は男に声をかけられた。
「長い黒髪に姫カット。
卵型の顔に大きな瞳、美しい唇。
オカリナ、君は埼玉の宝だよ」
褒められてもうれしくない。
虫唾が走る。
南銀の狂ジロー
月下恭治郎
狂ジローは埼玉を支配する月下家の一人息子。
31歳。
アイドル・ハンター。
道楽息子。
月下家
埼玉で代々続く国会議員の家系。
父親の月下茂太は6代目。
自独党、自主独立党の衆議院議員で財務大臣を長く務めている。
月下茂太を代表とする月下派の派閥、東会は、自独党の最大派閥。
自独党は国会の3分の2の議席を占める。
奈良たか子首相は、女性が天皇になる道を塞ぎ、憲法を変えた。
自衛隊は国防軍になった。
奈良首相は、日本を戦争ができる国に変えようとしている。
誰もが一強独裁の女帝奈良と月下に忖度。
親と自独党の権勢を背景に恭治郎は埼玉でやりたい放題。
付いた綽名。
狂ジロー
狂ジローは、月下茂太が狂ジローのために新設した小学校、中学、高校、大学を卒業した後、財務大臣特別秘書の肩書で遊びまくっている。
「すっきりした胸と長い脚もオカリナの魅力だよ。
しかも、左利き。たまらないねえ」
話しかけるんじゃねえ
すっきりした胸だと?
褒めているつもりか。
貧乳
梨奈のコンプレックス。
梨奈は狂ジローを無視して大宮駅に向かった。
「櫛引さんが入院した後もOMGが潰れないのは、オカリナのおかげだよ。
抜群のリーダー・シップ。たいしたもんだ。
お茶でもどう?」
次々と歯が浮くようなセリフが出る。
殴ってやろうか
怒りがふつふつと湧き上がる。
狂ジローは金持ち。ホストばりのルックスとトークでアイドルに近づく。
2年前、秋田の女性アイドルグループ『きりたんぽ~ず』が狂ジローの餌食となり潰れた。
櫛引先生が睨みを利かせている間は狂ジローもOMGに近寄ってこなかった。
先生が体調を崩した去年の夏、梨奈が次のリーダーと考えていた寿能円が狂ジローにレイプされた。
OMGのナンバー2を頂きました!
円は、狂ジローのしつこい誘いに「話を聞くだけなら」と応じ、ホテルに連れ込まれた。
狂ジローにレイプされた上、裸の写真をSNSに載せられた円はOMGを辞めた。
以来、音信不通。家に行っても会えない。円はどうしているのだろう。
狂ジローはしつこくついてくる。
「劇場の経営、厳しいんでしょ? 6月で出されちゃうって聞いたよ」
ちら
梨奈は狂ジローに視線を向けた。
なんでお前が知っている。
「この間、奈良さんに会ったとき、頼んどいたんだ。
大宮の誇り、OMGを助けてくださいって。
そしたら、奈良さん、あんたが市長になって、総務大臣のヒロムくんに頼めばいいのとちゃうって言うんだよ」
アホぬかすんじゃねえ。どうせホラ話だ。
ヒロムくん
若松弘くん
慶応義塾大学経済学部卒業、42歳。
男性アイドルの宝庫、ビターバレー芸能事務所、通称ビターバレー所属。
雷電
ファンクラブ会員数200万人を誇る5人組の男性アイドルグループのメンバー。
雷電は、リーダーの、おーちゃん、大杉勉くんが「普通のおっさんに戻りたい」と西表島に引きこもり、無期限活動休止中。
群馬を選挙区とする自独党の衆議院議員だったヒロムくんの叔父さんが急死。
ヒロムくんは、後援会、親戚縁者、支持者、自治体首長一同の懇願を受け補欠選挙に出馬し当選。
2期目で奈良内閣の総務大臣に抜擢。自独党の若手のホープと目されている。
無視して歩みを進めた梨奈に狂ジローはスマホを突き出した。
フレームのメガネをかけた傲慢そうな男が映っている。
「4月にさいたま市の副市長になった逢坂徹。
総務省から派遣されたんだ。
浦和高校出身でさ、東大を卒業して総務省に入って奈良さんの旦那の姪っ子と結婚したんだって。
OMGをさいたま市の観光親善大使にしてくれって頼んであげようか?」
いい加減にしろ。親の七光りの照り返し野郎が。
「なんか、答えなよ。全部、オカリナのためにやっているんだぜ」
狂ジローは後ろから右腕を掴んできた。
梨奈は無言で振り払った。配下の連中がスマホで狙っている。
嫌です、放してください。
応えたら編集され、SNSに投稿される。
嫌よ、嫌よも好きなうち
ホントは好き者、植竹暁美
暁美は、OMGの若手のホープ、だった。
動画を投稿された暁美はパニック障害になりOMGを去った。
オーディションで暁美を選んだのは梨奈。レッスンでいつも目を掛けていた。
くそ~!
狂ジローはなんで野放しなんだ!
父親の月下茂太は、失言大魔王。
なんで、落選しないんだ!
今だって、梨奈が狂ジローにからまれているのに南銀の人たちは見て見ぬふり。
埼玉は赤い兎、レッドラビットに支配されている。
月下の祖先は、律令時代、租庸調、税を取り立てるため、大和朝廷から浦和に派遣された。
月下は、兎を僕に使ったと伝えられている。
兎は田んぼや畑を、こっそりと徘徊。
作付け状況、収穫状況を監視、月下に報告。
租庸調を根こそぎ取り立てる。
兎は家の床下、軒先に潜む。
月下に対する不満、悪口を長い耳でキャッチ。
「お腹、空いたあ。浦和の子供は、お腹いっぱい食べられていいなあ」
子供のつぶやき。
家族のみならず集落すべて斬首。
兎組
実際には、月下は、兎組と呼ばれる組織を埼玉の地に張り巡らせ、民衆を監視。税をふんだくった。
兎組は、兎を象った印を胸に付け、赤い衣装を身に着ける。
税で潤った浦和は繁栄。
浦和では都から伝わった蹴鞠、球蹴りが流行。
兎組は蹴鞠の大会を浦和で挙行。
武蔵の国、さきたまの豪族は蹴鞠をやったことがない。
相手は球蹴りの強者、兎組。
兎組に負けた豪族は領地没収。
斬首
浦和は豪族の血で赤く染まった。
浦和は赤蹴鞠の都と呼ばれた。
レッドラビット
兎組は名前を変え、現代も、なお、埼玉を支配している。
ラビット・テスト
埼玉県の中学生は受験を義務付けられている。
ラビット・テストは中学生を対象とした埼玉県限定の模擬試験。
年8回行われる。
運営をしているのは月下図書。
社長は財務大臣月下茂太。本社は浦和の高級住宅街、岸町にある。
埼玉県の高校受験の振り分けは、公立、私立も全て、ラビット・テストの順位により決められる。
月下に逆らう家の子供は採点が辛くなる。
点数も意図的に減らされ、まともな高校に進めない。
ヤクザも警察も、埼玉県民は月下の手先、レッドラビットに従うしかない。
埼玉ラビット銀行
ファッションセンターつきした
駅前中華月下屋
月下うどん
焼肉月楽亭
ボリボリ君アイスキャンデー月下乳業
兎マークのスーパーマーケット・サトーココノカドー
月下とレッドラビットは埼玉の経済を支配している。
「今日は逃がさないよ。俺の女になりな。
どうせ、つぶれるんだからいいんじゃない」
もう我慢できない
レッドラビットがなんだ!
ひっぱたいてやる。
「わ!」
梨奈が振り返ると、狂ジローがよろけた。
「おっと、兄ちゃん、あぶないよ」
閻魔大王!
狂ジローを押し退けるようにお爺さんが現れた。
頭つるつる、ぎょろ目、大きな鼻と口
閻魔大王が叫んだ。
「大宮の皆さ~ん!
今こそ、大宮を私たちの手に取り戻しましょう~!」
「浦和の横暴を許すな~!」
牛頭天王
閻魔大王に続くのは怒髪天、真っ赤な髪のお爺さん。
大宮独立
右手のプラカードは斧みたい。
「大宮の誇りを取り戻せ~!」
狐
切れ長の目、顎が尖ったお爺さんが叫ぶ。
「署名をお願いしま~す」
狸
目、鼻、口が丸い愛嬌のあるお爺さんが続く。
大宮独立
みんな、ロゴが入ったオレンジ色のTシャツを着ている。
梨奈と狂ジローの間に、お爺さんの垣根ができた。
「なに、するんだ! どけ! 爺ども!」
「恭治郎さん大丈夫ですか?」
狂ジローが叫ぶと隠れていた配下の連中が駆け寄ってきた。
「これは、これは、月下の坊ちゃん」
ぞく
梨奈の背筋に寒気が走った。
「ちょうど、よかった。茂太さんに持っていってよ」
幽鬼だ
真っ白な髪、こけた頬、片眼鏡。
幽鬼が狂ジローにビラを差し出した。
「なんだ、てめえ」
狂ジローがひるんだ。
「大宮市民だよ」
幽鬼がお尻のポケットから赤い帽子を取りだした。
「独立運動の印象が悪くなるって止められたけど、被るね」
造反有理
ボロボロの帽子を被る。
「僕の信念なんだ。話だけでも聞いてよ」
ニヤ
狂ジローが仰け反る。
梨奈の耳もとで囁く声がした。
「オカリナ、今のうちに逃げなさい」
お爺さんがウインクをしてビラを差し出している。
ぬらりひょん
頭が大きい妖怪に似ている。
ありがとうございます。
狂ジローから守ってくれたんだ。
梨奈は、ぬらりひょんさんに軽く会釈をしてビラを受け取ると大宮駅に向かった。




