第1話 夢のまちが始まるよ
5月3日憲法記念日。午後1時。
夢は大きく
おかりんりん
みんなで行こう
新国立~!
「オカリナ!」
「り~なちゃん~!」
キャッチフレーズに声援が返る。
ОMG劇場チームM公演。
夢のまちが始まるよ
岡林梨奈は顔をあげた。
腰まで届く髪をかき上げる。
ムーブ!
さあ、挨拶だ。
息を整える。
「OMG2期生、チームMリーダー、さいたま市見沼区出身の岡林梨奈です。
オカリナって呼んでください。
私の夢は、国立競技場OMG単独ライブです。
私は、日本を、世界を、大宮南銀から、動かします。
私は、イメージカラーの赤で、国立競技場を真っ赤に染めてみせます!」
ニコ
右目にVサイン。
超絶かわいい! りなちゃ~ん!
行こ! 行こ! 行こ! 行こ! 新国立!
定番の返しが来る。
かわいいって年じゃないけどね
梨奈は4月で26歳になった。
「リーダー、太ももがプルプルですよ」
サブ・リーダーの大和田灯里がつっこみを入れてきた。
「年ですね。卒業ですか?」
気づかれたか
OMG634は女性アイドル・グループ。
埼玉県さいたま市大宮区の繁華街南銀に専用の劇場を持っている。
OMGの二つのチーム。
チームM
チームG
日替わりで、ほぼ毎日、劇場で公演を行っている。
ゴールデン・ウィークは書き入れ時。
午後1時からの昼公演と6時半からの夜公演の2部制。
今日は梨奈がリーダーを務めるチームMが昼公演。
昨日は夜公演。終わったのは午後8時半。
デビューから10年。
連日の2時間公演はきつい。
「へっちゃらさ!」
毒舌灯里め。
返り討ちにしてくれる。
「灯里こそ、太もも、プルプル震えているよ」
気張らなきゃ
梨奈の太もも、プルプル。足が攣りそう。
「さあ、今日も張り切って行くよ!
それでは、ユニット曲の登場です!
どうぞ!」
最初に挨拶を終えたメンバーが戻ってきた。
少し休める
客席に手を振りながら梨奈は舞台の袖に向かった。
♪ムーブ 君が好き
ムーブ さあ動くんだ
僕が動けば
ムーブ 世界が動く
変わる変える♪
午後3時。
夢のまちが始まるよ公演、ラストはチームソング。
M!
「せ~の! ありがとうござました~!」
手を繋いだメンバーが一斉にお辞儀をする。
「り~なちゃ~ん!」
「ゆうか~!」
「せりな~!」
「かおた~ん!」
「あかり~ん!」
お客様から声援が飛ぶ。
やれやれ、やっと終わった
「ありがとう!」
「投票、よろしく!」
「コイン、入れてね」
研究生の駒場咲良と円阿弥沙織がお客様に手を振っている。
バカども、早いぞ
ちゃんと挨拶をしろ
OMG劇場では、公演終了後、お客様がよかったと思うメンバーのボックスにコインを入れる。
メンバーのギャラとステージのポジションは、コインの数によって決まる。
チームMは15名。
ギャラのクラスは松竹梅の3段階。
ギャラが欲しいのはわかるけどさ。
媚びを売るんじゃねえ。
みっともないぞ。
劇場でしか会えないアイドル
OMG634
「センターを決めるのは運営じゃない。お客様だ。ステージで勝負をしろ」
ОMG社長、櫛引准一先生の方針。
櫛引先生はライブ至上主義。
OMGは他のアイドル・グループが収入源にしている握手会、撮影会を行わない。
オンデマンド配信なし。投げ銭なし。
ファンとの接触は厳禁。
SNSも禁止。
発覚したメンバーは即解雇。
女性アイドル・グループは競争が激しい。
握手やハグはもちろん、添い寝を売り物にするアイドルもある。
定員200名のOMG劇場は空席が目立つ。
お客様は固定化。爺さんとオタクだけ。
女性ファンは右手に余る。
倉庫は売れ残ったCDの山。
櫛引先生は体調を崩し去年の秋から入院している。
「今日は本当にありがとうございました~!
また、来てください~!」
アイドルは暗い顔をしちゃダメ。
夢を売らなきゃ。
夢は大きく新国立!
梨奈は姫カットにした前髪を揺らしてお客様に向かって大きく手を振った。
「お疲れ様でした~」
「おっはよう~」
「ちょっと。じゃま」
「このパンツ、誰の?」
うわ
楽屋は大混雑。夜公演のチームGのメンバーも来ている。
梨奈は伸びをした。
咲良と沙織はどこだ。
リーダーとして一言、注意をしよう。
「リーダー、これから、時間あります?
相談があるんです」
4年目の今羽星名が声を掛けてきた。
3年目の染谷悠花もいる。
なんだろう
「櫛引先生のお見舞いに行こうと思っていたんだ。
一緒に行こう。先生、喜ぶよ」
ちょうどいい
二人とも最近元気がない。MCも精彩を欠いている。
活を入れてやる。
「先生のお見舞いは、ちょっと、まずいです」
星名が口ごもった。
なんで?
「リーダー、劇場が無くなっちゃうって、ホント、ですか?」
悠花が続いた。
「劇場の家賃が溜まっていて、6月で出てゆくように大家さん言われているらしいです」
なんだと
「知らない。誰から聞いたの?」
経理は櫛引先生の奥さんが独りでやっている。
「父です」
梨奈が聞き返すと悠花は恥ずかしそうに顔を伏せた。
「父が下の店でパチンコをしていたら店員さんが話をしていたそうです。
どうしましょう」
OMG劇場が入っているビルのオーナーは一階のパチンコ屋。初耳だ。
あれ?
し~ん
楽屋が静かになった。
メンバーたちが着替えを止めて梨奈に顔を向けている。
まずい
なにか応えなければ。
しかし、梨奈は本当に何も聞いていない。
「そりゃそうだ。客が来なけりゃつぶれる。今日も後ろのほう空いていたし」
サブ・リーダーの大和田灯里の声がした。
「ろくに踊れない、MCもまともにできないくせに、客に媚びを売る奴がいるからいけないんだ。自業自得さ」
毒舌満開
「私の性格は苛烈です」
灯里は平気な顔で自己紹介をする。
「6月で終わり? 結構じゃねえか。それまで、ギャラ、たんまり貰うんだな」
結構、じゃない!
楽屋が重い。
「おっはよ~!」
チームGのリーダー、荻野結花さんが現れた。
「あれ? どうした、みんな暗い顔して」
よかった
結花さんは天真爛漫。
華やかな容姿で現れるだけで辺りが明るくなる。
「OMGが潰れる訳ないじゃん、私がいるんだよ!」
梨奈はみんなに聞こえるように大きな声を張り上げた。
「私は、絶対に国立に行くからね!」
ステージ衣装を脱ぐ。
「みんな、よろしく!」
OMGが6月末で終わる
あり得るかもしれない。
大宮南銀から日本を世界を動かすなんて無理。
国立競技場単独ライブ
夢かな。




