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第17話 机をください

「市長、大丈夫かよ」

 大宮市民会館の前で徳田さんが心配気な視線を向けた。


「4チャンネル、見てた。市長、空、飛んでたぞ」


 徳田さんはスーツにネクタイ。


  とりあえずはね


 外国人に跳ね飛ばされて空を飛んだ。


 無事に着地できたみたい。

 身体に痛みはない。

 怪我もないようだ。


「大日本テレビ、ひどいですね」

 杉沢さんが割り込んだ。


「市長を追い詰めようとする意図が見え見えです」


  確かに


 全日本テレビは、なんで、ヘリコプターまで飛ばして梨奈を責めるんだ。

 用意周到。レポーターの口調に、淀み、なし。

 練習してきたみたい。

 

「しかも、いいところで中継を切りました。視聴者は気が付きません。

 自分たちの主観、筋書きにない中継は意図的に切る。

 ジャーナリストの風上にも風下にもおけません」


 杉沢さんが怒っている。


  そういえば

 

 アーバンみらいのお婆さん、池山さんが言っていた。


  レッドラビット

  梨奈をテロリストに仕立てようとしている


 大巨人さんの涙。


  外国人がレッドラビットに脅されている


 肝心なシーンに全日本テレビのクルーがいなかった。


「アーバンみらいに住んでいる知り合いに聞きました」


 杉沢さんが話し出した。

 興奮している。

 

「アンドレ・ザ・ジャイアントが蘇ったんですよ!

 あの、偉大なアンドレ・ザ・ジャイアントです」


  そっちかよ


「なんで、アンドレが蘇ったのに、大日本テレビは中継しないんですか!」


  アンドレ・ザ・ジャイアント


 宇都宮線の吊り広告のプロレスラー。


「やらせです。市長の家の近くみたいな辺鄙な場所に大日本テレビが行くってこと自体、おかしい。アンドレが月下の関与を言い出したんで、中継を切ったんでんでしょう。プロレスを、アンドレ・ザ・ジャイアントを冒涜する大日本テレビの情報操作は許せません!」


  話が諄い


 誰に対して怒っているんだ。

 僻地で悪かったわね。


「大日本テレビは、大手町新聞の系列だ」

 徳田さんが頷いた。

「大手町新聞は奈良たか子に可愛がられている。

 市長を追及するよう首相官邸から指示があったんだろう」


「なんのためにですか?」


 梨奈は徳田さんに顔を向けた。


「私、奈良さんに逆らうことなんかしていません」


 市長選挙に出るまで梨奈は政治と無縁。

 奈良首相に会ったこともない。


「月下茂太の派閥、東会(あずまかい)は、自独党の最大派閥だ。

 息子の恭治郎が落選。茂太は怒り心頭だろう。

 奈良さんは、月下に忖度しているのさ」


  逆恨みだよ

 

「徳田さん、浦和の市役所に行ったらどうでしょう。


 子供たちが犠牲になっているのです。

 磐田市長に、争いはやめましょうと訴えたいんです。

 お願いすれば、きっと、聞いてくれます」


 磐田市長は協和党出身。家は大宮の指扇。

 直接話せはわかってくれる。


「無駄だよ。浦和の市役所はお願いなんか聞いてくれない」

 徳田さんは気のない返事をした。


 最初から白旗。


  お願いなんか駄目だよ。


 声が響いた。


  ムーブ

  あなたが、動きなさい。


 誰? 


 梨奈はあたりを見渡した。


  変だなあ


 徳田さんと杉沢さんだけ。他には誰もいない。


  でも

  そうだ


 ♪ムーブ 君が好き

  ムーブ さあ動くんだ

  僕が動けば

  ムーブ 世界が動く

  変わる変える♪ 


 頭に、M!が響く。

 梨奈が動かなきゃ。


「徳田さん、やれることは進めましょう。

 浦和に一緒に行って頂けますか?」


「しょうがねえなあ」

 徳田さんがネクタイを締めた。


「市民会館と体育館は、神崎と昔の仲間が泊まり込みで点検をしている。

 午後には使える。

 浦和に行ってみるか」


  よろしくお願いします


「私は、大宮市役所のホームページを作っています」

 杉沢さんが加わった。

「ОMGファンのオタク連中が手伝っています。いいものが出来ますよ」


  ありがとうございます


 みんな、動いている。

 梨奈も動かなきゃ。


 梨奈は徳田さんと浦和に向かった。




  ピンポ~ン


 浦和駅一階アトレ北口を出ようとした梨奈はゲートに阻まれた。


  大宮市民は蔦屋浦和店に入ることを禁ずる


 アトレ北口に大きな看板が置かれている。


「浦和の嫌がらせだな」

 徳田さんが呟いた。


 浦和駅アトレ北口はSuica専用。

 蔦屋書店に繋がっている。

 梨奈のSuicaは記名式。

 登録した住所は旧見沼区。


 JR東日本も、蔦屋も、レッドラビットに忖度するんだ。

 

  くそ~


 梨奈は徳田と共に西口改札口に向かった。


「なにこれ?」

 浦和駅西口を出た梨奈は立ち止まった。


  岡林市長に辞任を要求しましょう


 浦和駅の左手、浦和カルエ。

 167億円をかけて、さいたま市が浦和のためだけに建設した施設に大きな看板が掲げられている。


 製作費は税金、かな?


  大宮市民の入店をお断りします


 伊勢丹に大きな垂れ幕が下げられている。


  大宮市民は帰れ

  希望のまちに戻ろう


 浦和コルソにも垂れ幕。

 伊勢丹もコルソもレッドラビットと自独党に忖度かい!


 梨奈は赤いシャツを着た男たちに取り囲まれた。

 プロサッカー1部、浦和レッドレーブレのサポーター。


「大宮市民! 神聖な赤い兎を踏むな!」


 伊勢丹の前の歩道には浦和レッドレーブレの選手、監督の手形や足形が埋め込まれている。


「浦和が汚れる。とっとと失せろ!」


 梨奈は両手を握った。

 歯を食いしばる。


「徳田さん、堪えましょう」

 閻魔大王の顔は真っ赤。頭から湯気がでそう。

 

 浦和レッドラビットのサポーターは愚連隊。 

 

  大宮市長が浦和レッドラビットを冒涜した!


 撮った映像を加工。

 SNSに拡散する。

 

  自制するんだ

  堪えろ


 伊勢丹を避け仲町通商店街に入った梨奈は立ち止まった。


  大宮市民の入店を禁ずる

  大宮市民お断り

  大宮市民に売る物はありません


 仲町通商店街の店先に大きなポスターが貼られている。


「浦和の市役所は、商工会議所や商店街に、掲示を強要しています」


 テレビ築地の女性レポーターが現れた。


「掲示をしない会社やお店には、今後、さいたま市からの発注がなくなります。

 ランチや歓送迎会、忘年会、新年会の使用も禁止するそうです」


 兵糧攻めだ。


「文書は出ていません。メールもありません。

 浦和の市役所の職員がポスターを配り、口頭で伝えています」


「指示は、誰がしたんだい?」

 徳田さんがレポーターに尋ねた。


「私たちの取材では、指示を出しているのは逢坂副市長です。

 逢坂副市長は、奈良首相と縁戚関係にあります。

 さいたま市の磐田市長は口出しできません」


  くそ~


 逢坂は、なんで、大宮を虐めるんだ。


  そうだ


 狂ジローが言っていた。


 逢坂は浦和高校から東大に進み、総務省に入った。

 奈良首相の旦那さんの姪と結婚。さいたま市役所に出向。


 逢坂は、浦和ファースト。

 奈良首相、自独党、月下べったり。


「浦和の皆さんにお願いがあります」

 

 怒りを押し殺し、梨奈はテレビカメラに向かった。


「市民の皆さんが争ってはいけません。喧嘩は絶対にダメです」


  挑発に乗ってたまるか


 感情をあらわにしたら、逢坂の思う壺。


  堪えろ

  堪えるんだ

  

 劇場公演10年のキャリアを生かせ。


「OMGにも浦和から来ている子がたくさんいます。

 私は浦和の皆さんが大好きです」


 対象は、逢坂と月下以外の浦和市民の皆さん。


 埼玉県庁、埼玉県警、さいたま市の公務員、教職員も対象外。


「市長、いくぜ」

 徳田さんに促されて、梨奈は、さいたま市役所に向かった。




午前9時半。

「大宮市民の皆さんにお願いがあります」

 梨奈は浦和のさいたま市役所の前でテレビ・カメラに訴えた。


「要らなくなった机やパソコンを、大宮市に、ください!」


 浦和に行っても無駄。

 徳田さんの指摘はビンゴ。

 

「浦和の市役所は中に入れてくれません。門前払いです。

 応対に出た副市長の逢坂さんからは、備品類の搬出は市民の財産を守るための当然の処置だ、と言われました」


 上空にはヘリコプターが旋回。梨奈と徳田さんをテレビカメラが取り囲んでいる。

 

「ご協力頂ける方は、大和田の大宮体育館にお持ちください。

 お名前とご住所、家族の方のリストをご提出頂けると助かります。

 個人情報保護条例により、さいたま市が持つ市民の情報は大宮市に提供できないそうです」


「市税の情報も渡さないそうだ」


 徳田さんが真っ赤な顔で続いた。


「逢坂の野郎、ご自分で一軒一軒回るんですな、って笑いやがった」


 閻魔大王は怒りでツルツル頭から湯気が出そう。


 大宮市に誰が住んでいるのかわからない。

 税金も集められない。


「あなたが市長になったからですよ」

 大手町新聞の記者が割り込んだ。


「さいたま市の図書館から本を借りている大宮市民の元には督促通知が届いています。大宮市民には一日あたり10万円の延滞料を請求されています」


 系列の大日本テレビのレポーターが続く。

「大宮の保育園は浦和の職員により全て閉鎖されました。

 介護サービスも停止です」


 なんで浦和は政治の争いになんで市民を巻き込むんだ。


「ご覧ください、さいたま市役所に、大きな横断幕が掲げられました!」

 大日本テレビのレポーターが大声をあげた。


  なんだ? 


 梨奈は市役所を振り返った。


  岡林梨奈市長の辞任を要求する

  埼玉職員連合労働組合


 大宮市長の辞任要求を、さいたま市役所に掲げていいの?


「大宮区役所の職員から寄せられた映像です。市長、コメントをお願いします」

 大日本テレビのレポーターがモニターを梨奈に突き付けた。


『岡林市長なんか、大嫌い~』


 大きなメガネ。目がウルウル。


  稲田媛子


 自分の名前を書いたうちわを振りかざしている。

 

『だあって、私たちをウンチ扱い。許しません~』


  区や糞


 言ったのは、衣偏に谷の杉沢裕です。


「埼玉職員連合労働組合は支援する協和党に対し、蓮沼代表が独断で決めた岡林市長への公認を取り消すよう要求しました」


 大手町新聞の記者は喜色満面。


「今入った情報です。協和党は常任幹事会を開き、岡林市長の公認取り消しを決定しました。供託金は、選挙活動を行った協和党が受け取るそうです」


  なんだと? 


 安田の野郎、何していやがる。


  もう嫌だ


 梨奈は独りぼっち。

 市長なんか辞めてやる!

 

  落ち着きなさい。


 声が響いた。


  動くんだ。

  動けば、人はついてくる。


 誰? 


 徳田さんではない。

 徳田さんはスマホで誰かと通話している。


  そうだ


♪ムーブ 君が好き ムーブ さあ動くんだ♪


 多くの市民が梨奈に投票してくれた。

 市民を犠牲にしてはいけない。


  動け! 


 梨奈が動くしかない。


「わかりました。子供や病人をいじめないよう、奈良首相にお願いに行きます!」


 トート・バックを掴むと梨奈は浦和駅に向かって歩き出した。


「市長、どこに行くんだよ!」


 徳田さんがあわてて追いかけてくる。

 記者団も続く。


「東京です。徳田さん、首相官邸に連れて行ってください!」

「ちょっと待て、アポなしじゃあ、会えないよ」

「行かなきゃわからないでしょう!」


「仕方ねえなあ」

 苦笑いを浮かべた徳田さんはスマホを仕舞った。


「市長、さっきの電話は大宮体育館にいる秋山からだ」

 徳田さんが親指を挙げた。

「机や椅子、パソコンを寄付する市民がたくさん来ている。受け入れで、体育館は、てんやわんやだそうだ」


 ホントですか!

 やった、応援してくれる人もいる。

 梨奈は独りぼっちじゃない。

 

 がんばろう。

 動くんだ!


「行ってきます!」

 記者団に一礼をして梨奈は浦和駅に向かった。

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