第16話 大巨人
「梨奈ちゃん、たいへん! 子供たちが学校に入れない!」
16日火曜日、朝7時半。
梨奈の裏手に住む昼屯さんの奥さんがインターフォン越しに訴えた。
昼屯さんには中学生と小学生の子供がいる。
なんだって?
梨奈は昼屯さんと一緒に春野小学校に駆け付けた。
メイクをしていない。
緊急事態だ。眉だけ描いた。
南銀の騒動の後、梨奈は閻魔大王徳田さんを大宮市の副市長に任命した。
「市長、疲れたろ。本格的な作業が始まる前に体を休めとけ」
「リーダー、昨夜も遅かったんでしょ? 今日は帰ってください」
徳田さんと大和田灯里のアドバイスを受け入れ、梨奈は自宅に帰った。
小学校の周りには大きなトラックが何台も停まっていた。
作業員が机や椅子を運び出している。
上空にはヘリコプターが旋回している。
「見沼区の春野小学校では机や学習機材の搬出が行われています」
大日本テレビの腕章を付けた記者がレポートを始めた。
「さいたま市は、岡林市長の地元の見沼区を中心に、パソコンや什器類の搬出を始めました。大宮市に資産を渡さないという浦和の強い意思表示です」
見沼区じゃないぞ
梨奈は、ソバーバ蠅島のインタビューで、区制の廃止を表明した。
ここは、大宮市春野だ!
梨奈へのみせしめ。
春野中学校の前にもたくさんのトラックが停まっていた。
「岡林市長が辞任を表明しなかったことを受け、浦和のさいたま市教育員会は、昨夜、大宮の教職員の出勤を禁止する通達を出しました。
春野小学校には校長を始め、教職員の姿はありません。
校舎に入れない児童たちは、異変を察して駆け付けた保護者が校庭に移動させています」
ひどい
さいたま市の教職員は子供たちを放り出して浦和に従うんだ。
「市長、どうやって責任をとるつもりですか?」
大日本テレビの記者が梨奈にマイクを向けた。
詰問口調。
なんでこんな朝早くから大日本テレビのクルーがいるんだ。
ヘリコプターには目玉が大きい豚みたいなロゴが描かれている。
アニメの監督が描いた大日本テレビのマスコット。
なんでヘリコプターまでいるんだ。
なんだろう。
頭が回らない。
「俺たちにまかせろ!」
黄色いヘルメットを被った爺さんが叫んだ。
「こんな奴ら、叩き出してやる! 革命だ!」
あーばんミライ全共斗
黄色いヘルメットには、書きなぐった大きな黒い文字。
「トラックを押さえろ!」
「机を奪い返すんだ!」
「浦和の好きにはさせないぞ!」
造反有理
革命無罪
周りの爺さんたちが拳を突き上げる。
やばい!
「皆さん! 落ち着いてください!」
梨奈は両手を広げて叫んだ。
「喧嘩はダメです! 暴力は絶対にいけません!」
「行け~!」
黄色いヘルメットを被った爺さんたちが走り出す。
駄目だ
梨奈の言うことなんか誰も聞きやしない。
「静まりなさい!」
凛とした女性の声が響いた。
白髪の女性が立っている。
「ここは学校です。子供たちに争いを見せてはいけません」
爺さんたちの動きが止まった。
「東二番街の池山です。
みなさん、レッドラビットに踊らされているのかわからないのですか!」
池山さんは爺さんたちを睨みつけた。
「昨夜、春里老人会を名乗るメールが入りました。
机搬出を力ずくで阻止しろって。
春里老人会などという組織はありません。
レッドラビットが出した偽メールです。
浦和は、騒動を起こして岡林市長をテロリストに仕立てようとしているんです」
STOP詐欺被害
私たちは騙されない!
爺さんたちは黄色いヘルメットを脱いだ。
「池山さん、すまない、俺たちが馬鹿だった」
頭を下げる。
「子供たちに大人の争いのつけを回しちゃいけない。
危うく市長を陥れるところだった」
よかった
アーバンみらい全共闘の爺さんは素直。
「✕◆▲■!」
叫び声がした。
うわ!
外国人がいっぱい。
「✕✕●●◆▲!」
外国人たちが大声で叫びながらトラックに駆け寄る。
まずい!
「ストップ! ビー、クワイエット!」
梨奈は外国人の前に立ちはだかった。
「◆▲✕■!」
梨奈は外国人に跳ね飛ばされた。
「キャー」
周囲から悲鳴があがる。
あれ? 私、空を飛んでいる
春野小学校の昇降口が下に見える。
トラックに外国人が群がっている。
怒号
狂暴
見沼区にも外国の人はたくさん住んでいる。
皆さん、穏やかな人たちばかり。
小さなお子さんがいる家も多い。
小学校に押し掛けている外国人は違う。
何者?
そうだ
私、空を飛んでいるんだ。大丈夫かしら。
「●●■▲◆!」
大きな声
目の前にトラック。両手にアスファルトの感触。
地上に戻ったんだ
梨奈は昇降口の前に座り込んでいる。
うわ、大巨人!
梨奈の前にカーリーヘアーの大きな外国人が立っている。
大巨人が外国人に叫んだ。
「◆▲、レッドラビット、✕●」
トラックを取り囲んだ外国人の動きが止まった。
「レッドラビット、✕✕✕。●◆▲●」
大巨人は、レッドラビットって言っている。
なんだろう。
「ク~シナ、ダヒ~メ、●◆▲✕~」
大巨人が叫ぶと、外国人は急に大人しくなった。
「●◆▲✕~、ク~シナ、ダヒ~メ、〇◎◇▽」
外国人が引き上げて行く。
なんだかわからないけれど、よかった。
「市長さん、大丈夫ですか?」
大巨人が梨奈に手を差し伸べた。
「お騒がせして申し訳ありません。みんな、レッドラビットに命令されたんです。
トラックを襲え、騒ぎを起こせ。
捕まったら、岡林市長に指示されたって言えって」
綺麗な日本語。
大きな身体に似合わないやさしい口調。
「レッドラビット、月下ですか?」
梨奈は大巨人の大きな手を握って立ち上がった。
「そうです」
大巨人は頷いた。
「レッドラビットは埼玉を支配している。レッドラビットの親玉、ツキシタは大臣、レッドラビットに従えば、在留資格がもらえる。
嘘です。
今、言い聞かせました。ごめんなさい」
大巨人は梨奈に頭を下げた。
「みなさんは悪くありません。巻き込んで申し訳ありません」
頭を下げるのは梨奈だ。
「在留資格を持っている者も、レッドラビットに脅かされているのです。
レッドラビットの命令に従わなかったら、在留資格を取り消される、子供たちは、学校から追い出される。レッドラビットに従うしかないんです」
大巨人は目を大きな手で覆った。
泣いている。なんとかしなくちゃ。
「大巨人さん、私に任せてください。
大宮を外国の人も安心して暮らせる街にします」
よかった。大巨人が微笑んだ。
「そうだ、ク~シナ、ダヒ~メって、誰ですか?」
●◆▲✕~
南銀のお兄さんと同じセリフ。
「市長さんには関係ありません」
大巨人は目を伏せた。
「男の問題です」
なんだろう。
「市長さん、市民会館に行ってください」
池山さんの声がした。
「たくさんの人が市長さんを待っています。貴女が指揮を執るんです」
わかりました
梨奈は家に戻ると顔を整え大宮市民会館に向かった。




