第2話 ジンとプール(上)
金曜日の保育園。ジンの従姉妹である『悟能朱猪』が帰ることを嫌がって、駄々を捏ねていた。理由は、ジンと一緒に居たいから。
家は近所だし、保育園に帰ってから会いに行けばいいものを、シュノは全身を使って駄々を捏ねていた。
「うーん。……ジン、ママはいつも何時くらいに迎えに来るんだっけ」
「翠、ママはあと三十分くらいだよ」
「そう。ありがとう。朱猪、帰るよ」
「やぁだあ! ジンの家、泊まるのぉ!」
床に大の字でうつ伏せになっているシュノ。手足をジタバタさせて、起き上がらせようとするシュノのパパである『悟能翠』を困らせている。シュノは全力で翠の足に蹴りを入れて、手を叩き落とす。
翠はシュノを見下ろしながら、腰に手を当ててため息を吐いた。だがこの攻防を繰り広げている間に一〇分も過ぎて、ママがジンを迎えに来るまであと少しになった。
いつも決まった時間に迎えに来るようにしているが、道路の交通状況によって変わる。ママが迎えに来るまで遊びもせず、そんな二人を眺めていたジンは、今日は早く来るといいなと思った。
ジンは別にシュノが泊まろうが泊まるまいがどちらでも構わない。他の子の親達から生暖かい視線を向けられている翠が可哀想で、シュノが大人しくなるには一緒に帰るしかないだろうと考えた訳だ。
ジンは離れた場所に座って二人を眺めていた。シュノの近くに行ったら、シュノに捕まってシュノのが余計に帰ろうとしなくなるので、ジンは離れるしかないのだ。
実際、つい先程までシュノに捕まっていたのだが、翠によって引き離されて今に至る。その事にムカついているシュノは余計に翠の言うことに素直に従わない。
「ジン」
「ママ」
良かった。どうやら今日は早く来れたみたい。そしてシュノもママが来たことに気付いたらしく、起き上がりママに駆け寄った。
翠は呆れた視線をシュノに向けていた。そりゃあそうだろう。
「ジンのママ! あのねぇ、シュノ今日ジンの家でお泊まりしたいのぉ」
「お泊まりしたいの?」
「うん」
ママの足に抱きつきながらシュノが、お強請りする。ママが困ったように翠を見て、翠もどうしようか悩んでいるみたいだった。
「明日土曜日だけど、私仕事なのよね……」
「ごめんねぇ、玲ちゃん」
「ううん、ちょっと悩んでるだけだから。シュノちゃん、うちがいいの? ジンが泊まりに行くっていうのは?」
「やだぁっ! パパが居るから」
「あらまぁ」
「……はぁ」
ジンはすっかりシュノに嫌われた翠に、哀れみの視線を向ける。
ジンの視線に気付いた翠と目が合ったので、慌てて顔を背けた。そしたら翠が近付いてきて、頭を撫でてきた。
「悟空も一緒に泊まるならいい?」
「あぁ、悟空くんね。それならまぁいいかな」
「本当っ!? やったー!」
「……どうしてそんなに信用を獲得してるんだぁ、あの野郎」
「悟空はいい子だよ、翠」
「……、……そっかぁ」
という訳で、悟空をお泊まりに誘う為に帰りに神社へ寄ることになった。
ジンは既に帰る準備が出来ていたけど、シュノは出来ていなかったのでシュノを待つ。
「玲ちゃん今日は歩き?」
「うん、そう電車使ったからね」
「朝駅向かうの見えたよ。俺車で来たから乗りなよ」
「あら、ありがとう。そうするわ」
「車か」
「そう。ジンはママの膝の上座ってなぁ」
「分かった」
「お待たせぇ〜!」
保育園から出て、車に乗る。シュノは今度はチャイルドシートを乗ることに渋りだしたが、ジンがベルトを閉めてあげると言ったら、大人しく座った。
保育園から家まで自転車で一五分以内で着く。車ならもっと早い。今回は奇跡的に一度も信号に捕まらなかったから、スムーズに神社の前の細道まで来れた。
神社の階段は一段一段が高くてしかも急。登るのが正直言って怖い。手すりがあるけど子供だと使いにくいので、ママと手を繋いで上まで登る。
何度も修行の為に神社に来るけど、一度一人で登っている時に転びそうになってからは、悟空がジンを抱えて行くようになった。あの時は悟空が腕を掴んでくれたから転ばなかったけど、心臓がキュッとした。
反対側に神社までの坂があるけど、家に帰るなら階段側の細道に車を止めた方が、早く帰れる。背が高くなれば、この一段が大きくて急な階段も危なげなく登れるようになるのだろうか。ジンは神社に来る度に考えている。
砂利の上を歩き面倒な作業は省いて、そのままおじいちゃんの家に向かう。悟空は、おじいちゃんの家に居候しているのだ。
シュノがインターホンを押して、ジンは不用心にも鍵をかけていない扉を開いて勝手に中に上がる。ジンの後にシュノも着いてくるが、ママと翠は外で待っている。
「……いいのかしら?」
「これが当たり前なんだろうね……」
そうである。鍵はかかってないけど実は結界が張ってあるし、そもそもおじいちゃんの許可が無い者が扉を開けることは出来ないようになっている。術って便利。
インターホンは鳴らさなくても中にいる者達は来訪者に気が付けるけれど、インターホンを押したくなるのが子供だ。意味はない。
廊下を歩いているとジン達が行こうとした部屋の障子が開き、中から悟空が出てきた。ジン達に近寄る悟空の後ろ、障子からひょっこりとおじいちゃんが顔を出す。
「どうした。こんな時間に」
「こんばんは。二人とも。遊びに来たのかい」
「悟空呼びに来た」
「もぉう! こんな時間に遊ばないよぉ。ジンの家でお泊まりするからぁ、悟空も一緒に泊まるのぉ!」
「はっはっはっ。そうかそうか!」
「俺様も? 玲は……外で待っているようだな」
「うん。翠と一緒。荷物持っていく?」
「--いや、いい。このまま行こう」
「行ってらっしゃい」
「あぁ。行ってくる」
「バイバイ」
「またねぇ」
「またね」
手を振るおじいちゃんを背に、ジン達は玄関へ向かう。座って靴を履いている時、悟空は翠とママに事情を聞いて、大変だなと翠に同情していた。
「悟空は、子育てした事あるの?」
「子供みたいな大人を世話したことがあるし、子供の世話くらい俺様にかかれば容易いことだな」
「ふーん。そうなんだぁ」
「--いいのか? 玲、俺様が泊まっても」
「えぇいいわよ。ジンが懐いてるし、排他的なシュノちゃんも懐いてるからね」
「そういうものか」
「そういうものよ」
シュノと手を繋ぎ、悟空の横に立って話す三人を見上げる。三人は話すのを止めて、ジンは悟空に抱えられてシュノはママと手を繋ぎ、戦闘を翠が歩き車に向かった。
車の中で今度は助手席にママが座り、後部座席にシュノと悟空、悟空の膝の上にジンは座った。シートベルトをして家へ発進する。
シュノは保育園の荷物を置いてお泊まりセットを準備する為に、一時帰宅した。家に帰ってきたジンも手を洗ってうがいをして、保育園の荷物を片付けて、着替えはせずにリビングでテレビをつけた。
悟空とテレビを見ていると、インターホンが鳴りシュノが来たことを知らせる。料理を作っているママの代わりに悟空がシュノを出迎えに行く。
ドンドンと騒々しい足音を立てながらシュノがリビングへやってくる。後から戻ってきた悟空は袋を持っていて、テーブルの上に袋の中身を出す。気になって見てみると、食べ物だった。
「それねぇ、うちで作ってたおかず! ママが持って行きなさいってぇ」
「あらあら。ありがたいわね」
「シュノ、先にお風呂入ってしまおうか」
「 !!うん! わかったぁ」
夜ご飯が出来る前に、シュノと一緒にお風呂に入る。ジンとシュノは二人とも肩より上の長さの髪だから洗うのは早く終わるし、お腹すいたからお風呂って気分じゃなくてシャワーだけして終えた。
「見てぇ新しいパジャマ! ……私、ジンとお揃いの服が欲しい」
「急にどうしたの。可愛いね。似合っているよ。今度買いに行こう。後でママ達に言ってみようか」
「うん!」
リビングに行くと元々作り置きがあったので、もう食べられるようになっていた。椅子に座って、手を合わせて皆一緒に。
「いただきます」
「いただきまぁす」
「いただきます」
「いただきます」
ジンは黙々と食べているのだが、シュノが大変お喋りでジンに沢山話しかけてくる。その度にジンの食べる手が止まるので、悟空が時々シュノに食べるように促す。
話しながら食べるからジン達が食べ終わる前にママが先に食べ終わって、お風呂に入りに行った。悟空も食べ終わっているけれど、ジンとシュノを待っている。
「悟空お風呂は?」
「信勝の所で入ってきた」
「ねぇねぇ、明日私出かけたいなぁ。悟空ぅ」
「……構わないが、何処に行きたいんだ」
「プール!」
「プール。暑いもんね。夏だしいいね」
「そうか。水着は持ってきているのか」
「へへぇ持ってきてるのぉ」
「準備万端だ」
やっと食べ終わって、悟空がお皿を洗ってくれた。ママがお風呂から上がったので、ジン達は洗面所に向かい歯磨きをする。
毎週金曜日はテレビで映画を放送しているから、それを見る。CMの度に、CMが何個流れるか当てるゲームをした。
「プールって何処にあるのぉ」
「昨年ジンと行った頃がある、そこに行くか」
「え!? 何それ! 私知らない! なんで誘ってくれなかったの?」
「え、すまん」
「明日一緒に行くでしょ。あとあのスタジアムにもプールあるよ」
「あそこならぁ、行ったことある!」
「なら次はそこへ行こう」
「悟空は水着あるのぉ?」
「プールで買えるし、昨年買ったよね」
「あぁ。ある」
というわけで、映画を見終わったあとは既に二三時になっているから眠り、朝を迎えた。
シュノは準備万端だけれど、ジンは水着の準備をしていなかったので、朝ご飯を食べた後に準備をする。悟空はその間に神社へ水着を取りに戻った。
悟空が戻ってきたら電車とバスに乗って、プールを目指した。
プールまであとバス停二、三個だったが、ジン達はバスを途中下車した。真っ直ぐの道だったから、真っ直ぐ歩けば着くので迷子になる必要はないけれど、下車した理由は乗り物酔いだった。
「うぇ……」
ジンはバスの臭いと揺れに酔い、外に出て吐いた。気分最悪である。朝ご飯が全部出た。揺れには弱くないけれど、臭いがダメだった。臭いで気持ち悪くなっている時に揺れが重なれば、あとは吐くだけである。
バスにもタクシーにも当たり外れがある。車はうちのとシュノんちの車は、臭いがキツくないので乗れる。シュノんちの車は、小さい頃は乗る度に吐いていたので、臭い対策をしてくれたのだ。
悟空に背中をさすられながら吐き切ると、水で口を濯ぎしばらく日陰に座って気分が落ち着くのを待った。
元気になったら、人通りがほとんどない真っ直ぐの道なので、シュノと競走しながらプールを目指す。
「ジン、さっき吐いたからプールに入る前にお腹に何か入れておこう」
「うん。お腹すいてきた……」
「アイス食べる? 美味しそぉう」
「唐揚げがいい。アイスはお昼ご飯の後に食べよう」
「……。……買ってくるから、そこで座って待ってろよ。シュノも唐揚げ食べるか?」
「うん」
六個唐揚げを買って、三人で二個ずつ食べた。プールと温泉に食べ物も少し売っている、なんて素晴らしい施設だろうか。
流石に本格的にご飯を食べるのには向いていないので、お昼ご飯は遅い時間になるけれど、駅の方で食べることになる。
水分補給をしたらプールの方へ移動する。ちなみに悟空は変化の術で女性になっているので、一緒に更衣室に入る。着替えたらシャワーの下をくぐって、キャーキャーとはしゃぐシュノの勢い着いた飛びつきに転びそうになりながらも、なんとか耐えた。
悟空が危ないからとシュノを叱ったら、シュノが膨れっ面になっていた。
「危ないからやめて」
「うん」
「本当にお前、ジンの事好きだな……」
「当たり前でしょう?」
何言ってるのと真顔で言うシュノに、悟空が遠い目をしていた。
シャワーの後は、空気入れゾーン。浮き輪に空気を入れる。ここにあるのは流れるプール。浮き輪を浮かべて穴に入る。
流れるプールに永遠と流れ続けるだけだが、これが飽きを感じつとても楽しい。不思議。ジンは流れるプールが大好きなのだ。
悟空はジンの浮き輪に捕まって浮いているから近くにいるんだけど、シュノはどんどん流されていってしまって見えなくなった。悟空が泳いでシュノに近付くが離れて、また近付いては離れるを繰り返す。
シュノは楽しそうだ。ただ水に濡れて浮かぶだけなのがジンは楽しく感じられて好きなので、ジンはぼーっと天井を眺めた。
すると悟空が覗き込んできて、イタズラっぽい表情を浮かべてジンに水をかけてきた。
「うわっ!」
「へへっ」
「……」
ジンはムキになって、悟空に水をかけ返す。そうして遊んでいると、どうやらシュノは一周まわって来ていたらしく、悟空の背中に衝突した。
「もぉう! --あ、あの水の下に行こう!」
「うん」
崖みたいなオブジェクトから滝のように水が流れる。その下に行き、顔を出したり体の半分だけ浴びたりして遊んだ。いやぁもう飽きることなく流れ続けること、お昼過ぎ。少し超過したけど仕方ないよね。楽しいのがいけない。
プールの後は、温泉だ。
「あったかぁい」
「はぁ」
「お風呂の後は、コーヒー牛乳」
「早いな。入ったばかりだぞ」
「フルーツ牛乳あるかなぁ。ちゃんと見てなかったぁ」
「あったと思う」
「本当? やったぁ」
冷水に使ったりサウナに入ってみたり、ジャグジーに浸かって体が痒くなって、結局は普通の所に落ち着く。
手もふやけてきたけれど、ジン達はまだまだ温泉に浸かる。




