第1話 ジンとパパとママ(中)
お別れ会から数日、ジンはママの後ろを着いて歩いた。そんなジンにママは、尋ねる。
「後追い……ママと一緒にいたいの?」
「ちがぅっ」
ジンは即答した。即答したジンにママは笑って、ジンが後ろを着いて歩く事に気にせず過ごすようになった。
料理を作る時はママの隣に土台を置いてその上に立ち、ジンは子供用の包丁を使って一緒に食材を切った。ママに頼まれて調味料を取ったり、テーブルにお皿を運んでもらったりした。
前はご飯ができるまで、ジンはテレビを見たりおもちゃで遊んだりしていたから、ママと一緒に料理を作ることは楽しいと思った。
お風呂は元々一緒に入っていたし、ジンにはジンの部屋があるけれど、引っ越す前から寝る時も一緒だった。
だから、これらに関しては変わらない。変わったことがあるとすれば、ジンがママをよく見てくるようになったくらい。
夜、まだ眠くなくて暇だから横になっていても、足をジタバタ口の中でふんふん音を出して遊ぶ。
けれどジンの目線はずっと、ママの方を向いている。ご飯も食べてお風呂に入ってあとは眠るだけ。ママを見ながら眠ってしまうのが、最近の一日の終わりになっていた。
ママはジンが寝たことに気付くと、ジンを抱えて枕に頭を乗せてやり毛布を被せてあげた。
ジンは毛布が好きだから毛布を被せると、眠っているのに腕を動かして毛布をギュッと抱え込む。
秋でまだ暖かいから、薄い毛布。でもそろそろ冬用の毛布を出してあげてもいいかもしれない。ママはそう思って今週末、ジンのお気に入りの毛布二枚を出すことに決めた。
後追いにママを見続けるのは、保育園に登園しても変わらない。ママが居なくなるギリギリまでそばに居るしずっとママを見ている。
そんなジンにシュノと若菜が近寄って来て、ジンはママをシュノと若菜はジンを見るようになった。
「ジンは、なんでジンのママを見てるの?」
若菜がジンに尋ねる。ジンは考える素振りを見せてから、部屋の角に移動してちょいちょいともっと近付くように二人に手招いた。
「なぁに?」
「どうしたの?」
「あのね、ジンは幽霊と守護霊が見えるようになったんだ」
「えー! そぉうなんだぁ!」
「すごいね」
シュノと若菜はあんまし幽霊と守護霊の違いを理解していなかったが、幽霊は分かっているので胸の前で手をパチパチさせた。
幽霊はテレビで見る怖いやつ。それに普通は見えない。それが見えるなんてジンは凄い! と純粋に褒めてのことだった。
ジンは賢いので、わざわざ見える事を言いふらしたりしないし、見えていると言っても信じてくれない人の方が多い事を理解している。
だから、他に聞かれないように移動したんだ。シュノと若菜ならジンの言うことを疑うことなく信じるし、わざわざ言いふらすような性格でもないから。
特にジンに関しては、ジンに独占欲を抱いている二人なので、ジンの事を自慢したくなっても他者に共有してあげたりしないのだ。
「ジンのママの近くに見えてるってこと?」
「そぉうなのぉ?」
「うん。気になってみてる。でももういいかなって思ってもいるから、あと少し見たらやめようと思う」
「へぇ」
「そっか」
以上、全ておしくらまんじゅうのようにぎゅうぎゅうに詰め寄って、小声で話していた三人であった。
ジンがママの後追いをし始めて、一ヶ月が経とうとしていた。流石にジンも、一ヶ月毎日ママの守護霊を見続けることに飽きたらしい。逆に一ヶ月も見続けていた方がやばいのか。
ジンは執着質で依存しやすく、また熱しやすく冷めやすい性格なので、飽きるまで好きなことや気になることをやり続ける。
まあそんなこんなで、ジンの後追いは数日後に終了した。
ジン五歳、一人でドアの鍵を開けて外に出れちゃうタイプの子供。
ママが休日に昼寝している時、ジンは外を探索することにした。引っ越してきてから、多数の公園や保育園までの道のりは覚えたが、それ以外は行ったことがないので分からない。
ジンの目覚めたママを心配させる必至の未来を生み出す、探索が始まった。
靴は動きやすい靴。水筒には水を入れて、家の鍵とお菓子、小銭を入れた財布をリュクに入れて、ジンは家を出た。
先ずは川の方に行ってみよう。ジンはそう決めて、土手を上がる。右と左どっちに進もうか悩み、右を見たら遠くに車と人が通る橋がある。左には電車が通る橋。
ジンは右に進んだ。橋の前まで来ると、ジンは次はどうしようかと悩んだ。
元来た道を戻って、左の方にあるはずの車と人が通る橋で、戻ってくるにしようか。それとも、このまま橋を渡って向こう側に行き、左に行って次の橋で渡って戻ってくるか。
ジンは周囲を見渡し考える。
橋の向こう、目の前に見える向こうの土手は遠くて近いのに、まるで別世界のようだった。
ジンは怖気付いて、元来た道を戻って次の橋に着いたら土手以外を探索することに決めた。
土手の下の道に行く坂を下って歩く。自転車やジョギングしている人達とすれ違いながら、ジンはコンクリートではなく草の上を踏みしめる。
もっと川の近くに行ってみたかったけれど、ジンよりも遥かに高く歩く大人よりも高い草が邪魔で諦めた。短い草でもジンの膝より上の長さでちょっと歩いてみたら擽ったかったから、半ズボン履くんじゃなかったとジンは後悔した。
電車が通る橋の下には大きな日陰があって、涼しく感じた。石の坂を登って段差に座りリュックから水筒を出して水分補給をする。
汗が涼しい空間で冷えて、体温が下がっている気がする。数分休んだらジンは、次の橋を目指した。
橋は結構すぐ見えてきて、そのまま真っ直ぐ行っても良かったけど、土手の上に上がる坂を登ることにした。
橋まで思っていたよりも長くて、ジンは途中で座り込んだ。視界の端で動くものを見つけて、ジンはそれに近づく。虫だ。なんかでかい虫。ジンに気付いたらしい虫は動きを止めた。
ジンは虫に詳しくない。カブトムシとかクワガタとか、てんとう虫にハエと蚊と蝶々しか知らない。
でも分かった。虫の見た目しているけれどこれの種族は虫ではない。ヤナシだ。ジンは立ち上がるとヤナシを踏み潰した。
ヤナシは踏み潰す瞬間まで大人しくそこに留まっていたので、殺すのは簡単だった。
ジンはテレビで見たから知っている。ヤナシは見敵必殺が推奨されている生き物。世界全ての国にヤナシ討伐部隊が存在するくらいには、絶対に殺したい生き物なのだ。
「小さい虫でも油断するな。小さい体で人間より強い……IQは最低でも一二〇って言ってたのに、拍子抜けって感じだ」
ジンはヤナシを見るのは初めてだったが、想像していたよりも弱いと言うか、無抵抗で踏み殺されたのでテレビは嘘を吐いたんじゃないかと思った。
ジンはヤナシを踏み潰したことで汚れた靴裏を、時々地面に擦りながら歩いた。そうしていると橋に着いていて、ジンはまた悩んだ。
土手に上がった階段まで戻るか、それとも橋を下って戻るか、はたまた螺旋のスロープを下るか。
ジンは、螺旋のスロープが気になったのでそこから土手を下りることにした。
何ヶ所も落描きがされていたし、短かったけど中々にワクワクする螺旋のスロープだった。今度のジンは悩む事なく、左に進んだ。だって家があるのは左側だから。
家の周辺なら覚えているから、家がある道よりも一本手前の道に進み、そのまま小学校の方へ近付いた。
小学校の向こう側の道は歩いたことが無いし、神社と公園への道が向こう側にあるとママやシュノに聞いた。だから、ジンはそこに行くと決めた。
ジンは既に幽霊や守護霊に見慣れている。
元々見えていたのは、気や縁に妖怪と怪異。もはやジンに見えないものなど無いと言いたいところだが、見え過ぎて逆にみんなが見えている物が見えない事がある。
でも見えなくても何となく分かったから、今まで困ったことはない。ジンを困らすのは、怪異。
引っ越してからだ。今まで遠出くらいでしか見た事がなかった怪異によく出会い、ちょっかいをかけられるようになったのは。
幽霊にも見えるようになってからは、ちょっかいをかけられる。でも、幽霊はジンの前から消せるから問題ないけど、怪異は別だった。
幽霊と同じように対応してみたけど、怪異は消えなかった。どうしたらいいのかジンはとりあえず逃げるという選択を取っていたので、今まで被害には遭ってこなかった。
ジンは幽霊の消し方知っていても、怪異の消し方は知らなかった。
何故怪異について話しているのかというと、怪異に追われているからだ。今回のはタチが悪いタイプの怪異。死の気配がする。多分多くの人を食べているんだと思う。
つい先程までは、人とすれ違ったし生命に溢れた道だった。それがどうだろう、今や生き物の気配は微塵も感じられず、逆に嫌な気配ばかりしてくる。
ジンは怪異の領域内に入ってしまったらしい。ジンは知らない。怪異の消し方、怪異から助かる方法なんて逃げるしか知らない。
いつの間にかコンクリートのしかないはずの地面が草や土に変わり、まだ明るい時間帯のはずなのにすっかり夜の闇に包まれている。
ジンはとにかく走った。追いつかれたら絶対に食われて死ぬから。ジンは直感を頼りに、右へ左へ進んで行った。
草土が広がる土地から林へ、そして森と変わっていき崖。落ちそうになって慌てて立ち止まり、後退る。
ネチョネチョ、ズリズリ。キモイ音が背後からする。足が遅い怪異だったから逃げられていたが、もう逃げ場所がない。目の前は崖で、後ろは怪異。左右には逃げ場なんてない。
ジンは後ろを確認する。夜の闇に包まれているのに怪異の姿がハッキリ見える。ニヤニヤ悪意にまみれたキモイ顔を晒している。
怪異はジンの状況を察して、耳の付け根まで口が裂けるほどに口角を上げて、少しの距離を上げて立ち止まりジンを見下ろしてある。
汚らし風体が裂けた口からダラダラと血まで流し更に汚れていくものだから、見ていられない。
ジンは決意を瞳に宿して、怪異を睨みつけた。ジンの直感が言っているのだ。この崖を飛び降りろと。
ジンが崖へ振り返った瞬間、怪異が大きく口を開けてジンに手を伸ばし襲いかかってくる。だが、その手が届く前にジンは崖に落ちた。
「ざまぁみろ!!」
背から崖下へ落ちていく。でもジンは逃げられた喜びで、崖の上から首を伸ばして覗き込む気持ち悪い怪異に向かって叫んだ。
すると怪異がガタガタ揺れて、落ちてくるではないか。ジンはドン引きした。
夜の闇から夕暮れへ。怪異の領域を抜けたことに安堵したが、夕暮れは現世のものではなかった。ジンは焦って下を見ると、そこには大きな川が。
ジンは息を大きく吸って、腕をのばして入水の姿勢をとった。
ジャポンッ。初めての飛び込みどころか落下入水だったが、テレビで見た水泳競技の選手には当然負けるがいい入水だったと思う。ジンは自画自賛した。
沈んだ体を浮き上がらせて水面から顔を出し呼吸をする。ジンは泳ぐことが得意だった。
「あ……」
息を整えていると、ドボンッと重く大きな音が。デカイ水しぶきを浴びたジンは、急いで背を向けて泳ぎ出す。
重く大きな音は、追いかけてきた怪異が水面に打ち付けられた音だったからだ。
ジンは息苦しさの中、全力で泳いだ。でも怪異は地上では遅いのに水中では速かったらしい。
「わっ!」
足を掴まれて、水中へ引き摺り込まれた。空気の泡の隙間から見える、水を汚す穢らわしい怪異。
こんな水吸いたくないと、ジンは自由が効くもう片方の足で怪異の顔面を何度も蹴った。動く度に掴まれた方の足に怪異の手がくい込み、水中に血が流れ出す。
酸素が足りず酸欠になりそうになった時、ジンの耳に鈴の音が聞こえてきた。鈴の音と共に波動が届き、怪異が消えた。
ジンは思わず口を開いてしまって、大量の水が口の中に入り視界が霞んだ。このまま死ぬのかと思ったその時、無傷の足に糸が巻かれて思いっきり引っ張られた。
「ぐうぇっ!」
ジンは引っ張られた勢いそのまま水面から飛び出し、糸がびよーんびよーんと揺れて宙ずりになった。
吐きそう。ジンの顔面は真っ青だった。
「はっはっはっ。強力な怪異の気配がしたから来てみれば……境界に落ちて行くだなんて。--無茶をする」
「はぁはぁはぁ……おろして……」
「あぁ、すまんすまん。足の手当もしような」
ジンを釣り上げたのは、見た目優しそうな釣竿を持った坊主のおじいちゃんだった。坊主は、頭丸めたは同じか、僧侶の方の坊主だ。
釣竿を動かすこと無く、糸が伸びてジンはゆっくり地面に着いて横になった。
糸が巻いてあった足をあげたら糸が消えていて、釣竿を見ると糸が無かった。
「いと」
「これはな、こういう釣竿なんだ」
「?」
ニッコリとおじいちゃんが笑う。ジンは頭にハテナを浮かべた。
「お前さん、強くなれる。この辺りで見たことない子だ。最近引っ越してきたんだな。私が、お前さんを怪異を倒せるように鍛えてあげよう」
ジンは一瞬悩んだけど、怪異を消す方法が知りたかったので頷いた。
「……うん。保育園あるから、土日でいい?」
「あぁ、神社に住んでるから、遊びに来なさい。私の名前は枝根 信勝だよ。お前さんは?」
「こうりゅう、じん」
「では、ジン。お前さんは今から私の弟子だ。いいね」
「うん。……足の怪我治せる?」
「治せるとも。服も乾かさないとな」
ジンはおじいちゃんに足の怪我を直してもらった。それで疲れたからおじいちゃんにおんぶしてもらい一旦神社に行って、お風呂借りて服を乾かした。
神社には、おじいちゃんの娘夫婦と孫が一緒に住んでいて、服が乾くまではジンより年上の孫の服を借りた。
ジンが怪異に会うまでの経緯を、探索の話をするとおじいちゃんが起こって、娘夫婦が慌ててジンの家に向かった。
すぐにママが娘夫婦と一緒に神社に来て、ジンはすごーく怒られた。
勝手に家を出て、一人で探索するのはやめよう。ジン心に決めた。




