第1話 ジンとパパとママ(上)
「--見つけた」
小さな花々が咲き乱れる草原に立つは、光の角度で虹色に輝く白色の鳥と、増え続ける赤色の花弁を身に纏った白色の髪をした女性。
白色の鳥は、異海の渡り鳥。宙を飛んで旅をする。飛んだ先にあった草原で、赤色に彩られた全身真っ白なこの女性と出会ったのだ。
季節は秋、時間帯は昼。女性と出会って、赤色の花弁がこれ以上増えないようにと止めてあげた、たった数分で青空が広がっているはずの空は、黒色に変わっていた。
『ねぇ、ジン。貴女はどんな人生を歩んだの? 暇潰しに教えてよ』
成り行きで共に旅をすることになり、相手のことを知ろうとした異海の渡り鳥が、白色の髪の女性--ジンに乞う。
すると、ジンが身につけている黄金の花の髪飾りが形を変えて、人の形を作った。その人は金色の髪を風に遊ばせながら、言う。
『ジンが覚えていない記憶は、私が補完しよう』
その言葉を聞いてジンの肩に、黄金の鳥が降り立った。そして、黄金の鳥が言う。
『ならば、ジンが知らない場面は私が教えてあげよう』
『本当? 楽しみ』
現れた二つの命に戸惑うことなく異海の渡り鳥は、黄金の鳥と笑い合う。
一連のやり取りに、めんどくさがりなジンは思った。全てを知っいる二人が話せば、ジンが話す必要はないのではないかと。
だが、そういうものではないのだろう。異海の渡り鳥は、ジンが話すジンの話が聞きたいのであって、ジン以外からジンの話を聞きたい訳ではないのだ。
『--みんなよりも長く生きてはいないけど、今日までを話すなら時間がかかると思う』
『いいよ。次の目的地まで何万光年もあるんだから。私だから一週間間もあれば着くけど、一週間もあればほとんど話せるよね?』
『話してみないと分からない』
『それもそうか!』
ひまわり見たいな笑みを異海の渡り鳥は浮かべる。ジンはすかさずカメラを起動して、写真を撮った。
ジンはずーっとずーっと昔から、この顔に弱く甘いのだ。
『さぁ、行こうか』
『--ねぇ』
『ん? なぁに』
異海の渡り鳥がジン達の手を取って、言う。ジンは微笑みながら、飛び立つその瞬間に異海の渡り鳥に尋ねた。
『コスモちゃんの旅には、目的はあるの?』
『……あるよ』
『それは何?』
出会ってからまだ二十分足らずだが、出会ってから一番の笑顔を異海の渡り鳥--コスモちゃんは浮かべて答えた。
大きな羽を羽ばたかせて黒色を散らし引き裂いて、その際に生じた風が草花を空へ舞わせた。数秒前まで四つの命があったその場所には、草原だけが広がっていた。
『--私の魂!!』
ジン、逃走成功。
日本帝国の横浜県横浜市にて新暦五一三五年一月二二日、江流陳が生まれた。
鮮やかなやわい紫色の髪に、宝石のような金色の瞳。生まれる前から愛されている、神々に求められて祝福された赤子。
ジンはよく眠りよく食べた。病も怪我も滅多にせず、健康優良児。
言葉を発することも一人で立って歩くことも、早かった。ジンは賢かった。分からないことも多かったが、分かることの方が多くあった。
教えていない言葉を知っていて、パパとママさえ知らない知識を必要になった時に披露する。
ジンのパパとママは健やかに成長していることに安心したが、同時に心配もした。特にママは不安そうな顔をしては、パパによく相談していた。
パパは、ジンと同じ金色の瞳を細めながら母親に、「大丈夫。気付いてないか? この子は容姿だけじゃなくて性格も俺とそっくりだ。知識については、あれだな。魂をは巡るというし、無意識の内に前世で培った知識を引き出しているんだと思う。ほら、テレビでもこの前前世の記憶がある子供の特集してただろ。俺だって完全に信じているわけじゃないけど、そういう事もあるかもしれないだろ」と言った。パパの言葉を聞いて、ママは納得して微笑んだ。
「確かに、視野が狭くなっていたみたい。ジンったら貴方に中身までそっくり。前世とか占いとか、私好きだから信じるわ。疑ったりもするけれどね」
「--ふっそれくらいがちょうどいいよ。この世の全てはちょっと疑うくらいが、ちょうどいい……」
ジンはちゃんと子供なのだ。
外に出ては思いっきり走ったし、虫を触り友達に見せては嫌がられた。何でもかんでも拾っては投げたり、家に持ち帰ってママに怒られる。
泥で遊んでは服どころか全身を泥だらけにしたしたし、保育園のみんなと土手の坂を滑り台のように滑り続けて、ズボンのおしり側に穴を作ったりもした。
公園で滑り台を逆走したり、永遠とブランコを漕ぎ続ける。教えて貰った食べれる木の実を勝手に食べて、口を汚す。
蛇口で遊んでびしょ濡れになり、ママに怒られる。従姉妹の朱猪--シュノはそれで風邪を引いてもジンは風邪を引かない。元気いっぱいのジンはお見舞いに、折り紙を折ったり絵を描いて贈った。
表情が豊かですぐに顔に出てしまうから、嘘をつくのが下手だった。すぐにバレてしまうから。
いつも笑顔で楽しげで、でも迷子になったら大声で泣くし、パパとママを見失ったら大声出してパパとママを呼んで探す。
昼寝は毎日するけど、夜に寝る時間になると夜更かしすることなく眠れる。朝は寝覚めが良くてパッチリ決まった時間に起きて、保育園が大好きだからすぐに服に着替える。
シュノと保育園が同じの友達の若菜と秘密基地を作ったり、お昼は若菜が苦手な野菜や料理をこっそり食べてあげたりする。
その代わりにジンは、若菜が食べられる料理をこれまたこっそり分けてあげるのだ。ジンは隠密行動が得意なので、先生達には今のところバレていない。
そしたらいつの間にか若菜が、ジンの好きな食べ物をくれるようになった。なのでジンはいつも一口だけ貰って返している。
だって若菜はジンと違って細いから。本当は断りたいけど若菜が引かないから、仕方なく一口だけ食べるようにしている。ジンはちょっと不満を抱いた。
隠れんぼが得意な若菜を見つけることは、ド下手なシュノと比べるまでもなく難しい。でも保育園のみんなが見つけられなくても、時間がかかってしまうがジンは必ず見つけられる。
だから保育園のみんなに、かくれんぼマスターと言う二つ名をジンは付けられていた。
例に漏れず無限にあるように思える子供の体力を持つジンも、疲れれば地面にしゃがみこみパパとママに抱っこをせがんだ。
ベビーカーは大好きで買い物に行く時はよく乗りたがったし、パパとママの股下をくぐったりパパの腕にぶら下がって遊んだ。
小さい頃から食べ物で好き嫌いもしないし、残すこともない。なんなら何でもかんでも食べたがったし、同年代の子よりも沢山食べる。
食欲は体が成長するから当然、増える。まだ食べたがるジンに、三歳ってもうこんなに食べるのねとママを驚かせる。
楽しくて幸せな日々だった。
休みの日に出かけて、映画を見たり買い物したり、友達と一緒に公園で遊んだり遠出して遊んだり。大好きな友達と家族と過ごす、毎日。
誰だって当たり前の日々が、明日も同じように続くと思っている。明日、それか今日突然の不幸が起こるかもしれないなんて、そんな事考えながら生きてはいない。
四歳。原因不明の高熱がジンを襲った。
滅多に見ないジンの高熱に慌てて心配になった共働きだったパパとママは仕事を休すんだ。そして--。
そしてパパは、家に入ってきた不審者に殺されて、ママは重症を負って生死を彷徨った。
高熱はジンに大きな負担を与えたようで、それだけでは無いけれど、事件当時の記憶を曖昧にした。ジンにとって今回何よりも悲しい事は、パパが死んだ事ではなくパパを忘れてしまったことだろう。
ママが退院して、家に入ると冷静でいられなくなるママをシュノのママが連れて行き、シュノのパパとジンとシュノの三人で引越しの準備をした。
途中で、パパが写った写真を見たけれど、どうしても顔を認識出来なかった。それをシュノのパパに伝えると、ジンは頭を撫でられた。シュノのパパは黙ったまま写真を持って、他の写真と一緒に仕舞った。
引越しの準備は数日かかって、その間シュノパパはほとんど話さなかった。シュノはちょっとそんなシュノパパを怖がって、ジンにくっついていた。
仕方ないだろう。だってパパとシュノのパパはお互いが結婚するまで、唯一の家族だったんだから。もっと若い頃に両親が死んだから、ジンとシュノには祖父母がいない。
シュノのママは妖怪で、妖怪の中でも短命で人間と同じ寿命。しかも弱いから、とっくの昔にシュノのママの家族は死んでいる。
ジンのママもヤナシに家族を殺されて天涯孤独になった時に、ママに惚れてたパパが一人にしたくなくてプロポーズしたって聞いた。
それもあるけど、シュノのパパは所謂ブラコンと言うやつなんだ。
元々重い性格だったシュノのパパは、両親を失ったことでバパに重い思いを全ブッパしてしまったんだ。両親に分散されていたのにたった一人になったから、ブラコンが酷くなった。
だからシュノのパパが引越しの準備が終わったから言ってきた。
「パパの荷物全部貰っていいかな? 特に服とか。着たいんだけど」
「んー、分かんない。ママとお話して」
「おっけー。そうする。小さい荷物車に運ぶの手伝ってくれる?」
「うん」
「シュノも?」
「シュノも」
小さい荷物は運んで、それ以外は業者に頼む。先に新しい家に行って、業者が到着して中に運ばれていく様子を、シュノと外で近くを遊びながら眺める。
全部入れ終わったら、ママ達も一緒に荷解きをしていく。たった二日で生活感溢れる新居になった。新しい家なのにジンは秒で慣れて、ずっとここに住んでいたかのように振舞った。
新居はシュノの家の近く。頼れる家族なんて、シュノ達しか居ないから。
火葬だけしたんだ。葬式はしなかった。ママが入院してたから。だから落ち着いてから、お別れ会をした。家族は少ないけど、他の縁はある。友達や先輩に後輩、パパの仕事仲間。
パパは二八歳だった。シュノパパと一緒で早生まれだったから、同級生には可愛がられたとかなんとか。
パパ達の友達の話とかいろいろ聞いても、飽きて駄々こね始めたシュノに構ってと押し倒されても、ジンはその日一日は心ここに在らずといった感じでボーッとしていた。
みんなは、パパが死んだからたまと思っているようだけど違う。ならば何故なのか。
あぁでも、シュノのパパは違うと気付いていたな。
「疲れたなら、寝なよ。シュノも連れてってね」
「うん」
それだけ言って、席を立ちお酒を飲みに行ったんだ。
そうジンは疲れている。そして驚いていたのだ。今まで見えなかったモノが見えるようになったから。
七つまでは神の子と言うし、生まれつき何かしらのモノが見えている子は結構いる。でも七つ過ぎれば自然と見えなくなるものだ。
ジンは違う。今まで見えていなかったのに、見えるようになった。--いや、全く見えなかったわけではない。今まで見えていたモノもあるけれど、見えるモノが増えたのだ。
そしてジンは見えてるようになったモノが何なのか理解していた。だから戸惑ってさいなかったし、ジンは至って正気で冷静だった。
それなのに心ここに在らずといった状態になってしまったのは、今まで見えなかったモノが見えるようになったことで、視界からの情報量が増えてしまい、脳の処理が追いつかなかったしそのせいでとても疲れた。
ジンの視界はみんなが見えないモノで溢れて、みんなが見える物がそれらのせいで見えにくくなった。
その事実にジンは目を瞑り、ため息を吐いた。耳元でシュノのため息が聞こえる。ジンを真似してため息を吐いたのだ。
ジンは抱きついて離れないシュノを起こして手を引き、ママ達にもう寝ると言って部屋を出た。
少し暗い廊下を手を繋いで歩く。シュノはご機嫌らしく鼻歌を歌っている。
見えるモノが増えた。幽霊に守護霊。今まで見えてなかったモノ。守護霊はまだいい。
でも幽霊、お前等はダメだ。別に怖くは無いけど、特に怪我とかしてるやつは見たくない。
ジンの前から消えろジンの視界に入ってくるなと考えながら、ジンは歩く。
するとどうだろう、お別れ会をしているからか集まってきていたうっとおしいほどの幽霊達が、消えていくではないか。
ジンは歓喜した。ジンは幽霊を消せる。ジンは実績と自信を手に入れた。
部屋の中に入り、横になる。シュノが入り込んでくるが、気にしない。いつもの事だから。
--さて、もう寝てしまおう。夜になるし。
ジンは五歳。ジン達はこれからも生きていくけれど、パパの時計はもう動かない。
ジンが見えるようになって初めて見たモノは、ママの隣に居たモヤモヤとした守護霊だった。
『ジン、シュノちゃん、おやすみ』
その声は、誰にも届かない。




