ライブラ
彼女がまだ助かる可能性を見出すのであれば、最短最速で彼のことを倒さなくてはならない。
「大人しくついてくるつもりはないってことだね?」
「だから何度言えばわかるんだい? この場の主導権は僕が握っているんだよ」
あぁ、もちろんもう答えを聞くつもりは無い。これはただの確認みたいなものだ。そこまで言うなら彼本人に直接僕の力の全てをぶつければいいだけの話。今更、足掻いたところでもうお前が助かる未来は無いんだから。
「忠告はした。これからは殺す気でやる」
「いいとも。どこからでも来なよ」
トウに対して杖を構えながら詠唱を始める。彼は流石に何かを感じたのか、ナイフを僕に対して振りかざしにこようとした。
だがリルは彼のその攻撃をゆるりと躱しながら、耳元でこう囁いた。
「もう、遅いよ」
次の瞬間には彼は地面に叩きつけられていることに気が付いた。
「な、に」
今の一瞬で何が起こったのかをトウは理解できていないらしく、歪んだ表情のままその場から動けずに地に伏している。
「これが僕らライブラが使える魔法、シュヴェルクラフトだ」
――――――――――—―――――――――
リルはライブラ出身の祓魔師だった。魔法使いの集落は代表的な12の里が存在しており、それぞれが十二星座になぞらえて名前が付けられている。
その集落で一人前として旅立つためには、ある一つ条件がある。それは、その集落ごとに存在する固有の魔法を覚えることで、自分の出身地がここだという自信と自覚を持って魔法使いや祓魔師となることだ。
固有魔法はその集落ごとの秘匿であり、たとえ同じ魔法使い同士だったりしたとしても出身地が違えば例外を除けば明かすことの無い魔法。その魔法を使うということは、必ず相手を仕留めるということを意味している。
「そんな魔法、本では一度もっ!」
トウが声をあげるが、そりゃそうだ。集落ごとの魔法はそれぞれの里が自力で生みだした魔法なんだから。普通の本なんかに載っているはずがない。
「そんなことはどうでもいい。早く皆の魔法を解くんだ」
トウの顔はとても脅えていた。僕の顔はその時どれだけ怖い顔をしていたんだろう。
「分かった、分かった! 魔法を解くから許してくれ」
確実に魔法が解かれたのを確認するまでリルは決してその杖を彼から逸らさなかった。魔法が解けたのと同時に隣で悲鳴のような叫び声が聞こえてくる。振り向くとそこには先程の彼女が痙攣しながら倒れていた。
その後ろでも悲惨な状態の彼女を見て真っ青な顔をしたアイラが立っている。
「アイラ、回復魔法が使えるんだったよね? それなら早く彼女に手当を!」
「いや、でもこんなに酷い怪我…………」
「まだ分からないだろ!」
勢い余って口調が強くなってしまう。ハッとした彼女は急いで彼女の手当に回った。回復魔法を使って彼女に治療を行うが、いっこうに血が止まることはなくすでに血の海となって床を見れば流れ出た彼女の命を取り戻すことはできないと察することができた。
「くそっ! まだ何か出来ることがあるはずなのに。また何も出来ないのか!」
もう人は死ぬのは見たくない。生きないと、生き続けないと、未来は創ることが出来ないのに。
「待っ、て」
少女は辛うじて言葉を話すことが出来たらしい。急いで彼女のもとに駆け寄った。
「お、とう、とは、、いきてい、る?」
彼女の震える指が差した先にはトウの姿がある。リルの魔法で身動き一つ取ることのできない彼は返事もままならない。
「トウはあなたの弟なんですか」
ゆっくりとうなづく彼女。息をしているだけでも奇跡的な状態で、苦しそうに呼吸を続ける彼女に対してリルは続けた。
「でも彼はあなたを殺そうとしていました。…………これも、あなたの弟がしたことです」
ゆっくりと空いたその胸の穴に向いた視線を彼女は捕らえて、全てを察した表情を見せる。アイラのおかげで少しだけ呼吸が楽になり、彼女はトウとの思い出を話せるだけ話し始めた。
「私が、6歳の頃に、トウは生まれてきたの。でも両親はトウに全く興味を示さなかった。女の子が生まれることを望んでいたらしくて。だから名前も冬に生まれたという理由だけでトウになったの」
途切れ途切れでも彼女は少しずつ言葉を紡いでいく。
「私たちの一族はとても珍しくてね、女性の方が跡継ぎにふさわしいとされて男性は兄妹である女性に付き従うのが慣習とされていた」
「私はそういう一族の掟みたいなのが嫌いだったから、極力命令みたいなことはせずに、兄妹のように接していたの。…………だけどある日、私は見てしまった。両親がトウに対して罵詈雑言を浴びせながら痛めつけているのを」
続けようとした時に、強く彼女は咳き込んだ。口からは血が溢れ、顔はもう青白いを通り越して精気が無い。それでも彼女は話しを続けた。
「私は、その時絶対に、両親を許さないと誓った。それで、計画したのが両親がいつも飲む紅茶に睡眠薬を入れて、眠ったところをナイフで突き刺すっていうものだった。」
「殺すことがいけない事、だというのは分かってはいたけど、そんなことを考えられないほど、私は焦ってたんだと思う。作戦は成功して両親を私は殺した」
「でも、その時に弟は見ていた。それが彼を狂わせてしまった。次の日にトウは蝶に釘をさして私のところに持ってきたの。昨日のお姉ちゃんだって言ってね」
無邪気な彼の笑顔を見た時の苦しさは、言葉に代えがたい。今でも彼女はトウのあの顔を昨日のことのように思い出せる。そして、その笑顔を今日もまた見てしまった。
「それからトウは、だんだんと色んなものを殺すようになった。先月、どこかの家の裏に捨てられていたという、赤ちゃんを連れて帰ってきたの。まさかね、と思って夜にトウの部屋を覗いてみた。人を殺したことは無かったし、その一線は絶対に越えないと、思っていたの」
「そうしたら、その部屋には心臓がくり抜かれた赤ちゃんがいた。私はバレないように急いで、その赤ちゃんを庭に埋めたの」
「…………だから、あんな風になってしまったのは私のせいでもあるの。お願いだから、私が死んでも文句を彼に言ってあげないでくださいね、リルさん」
悲しさと苦しさが彼女の表情を複雑にしていた。それでも一生懸命に笑顔を作っているのは、トウに罪悪感を与えないようにするためなのか。彼にそんな心はもう持ち合わせていないのに。
それを見ているだけで僕はどうしていいのか分からなくなっていく。彼を生かしておいていいのかと。




