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悪魔祓いの跋渉録  作者: 日朝 柳
悪魔の王様
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追憶

 そこに選択する猶予は確かにあった。でも僕にはそれを選ぶことができなかった。ただそれだけ。流れた血を止めることも、ましてや閉じてしまった目を開かせる事など僕にはすることができない。


「さよなら、師匠」


 伸ばした手は彼に届かず魔法陣は光を放ちながら、ただ僕だけを照らしている。


「お願いだ。どうか戻って!」


 杖を強く強く握りしめる。それだけが彼女の最後の希望であり、自分の存在価値であった。


 マントは血で赤黒く染まり、両手は風が吹いて冷たく感じる。なんの役にも立たないゴミ同然の杖を思いっきり地面に叩きつける。木が砕け散り、原型を留めないほどに粉々になった。


「もう、いいや」


 この日、僕は自分の人生に終止符を打つことにした。


 ―――――――――――――――――――――

  隣町に向かうまでの間、互いに名前も聞いたいなかったことを思い出して自己紹介をする。


「僕はリル。今は祓魔師として旅をしているんだ」


  彼女とはまだ出会って間もない。だからあえて余計なことは何も話さなかった。僕の秘密の話はもう少し心を打ち解け合えるようになる関係になれた時に話すつもりだ。


「私はアイラって言います。私も祓魔師で、出身が処女宮だと言えばわかってくれますか?」


「処女宮のヴァルゴか?」


「そうですよ。私は優秀なんです」


 彼女はそれを聞くと嬉しそうにヒラヒラとその場で回転し、あまり喜ばしいとは言えない胸を張りながら自信満々に言う。これにはリルも驚かないわけにはいかなかった。


 この世界には初めから魔法が使える者がいる。彼らは十二の隠れ里の中で育てられ魔法使いになるために研鑽を積んでいく。その中でも優秀な者は祓魔師として悪魔を祓うための試験を受け、それに合格することで里を出て祓魔師を名乗ることができるようになる。


 合格率は決して高いとは言えず、魔法使いになるのならともかく祓魔師というのは魔法使いになるよりも高度な魔力と素質を兼ね備えている必要があった。そういうこともあり、魔術の勉強を始めてからどんなに早くても10年。長ければ20年以上もかかると言われている。


 もちろん僕もその試験を受けて合格したからここにいるわけだが、僕が外に出られるようになったのは十七の頃だ。僕ですらかなり早いと言われていたのに、こんな十代半ばもなっていないような子供があの試験に合格するなんて。


 そして、もう一つの疑問が浮かぶ。ヴァルゴの出身なら、なぜ彼女の妹に悪魔が取り憑いたのか。悪魔は魔法の適性が無い人にしか取り憑かないはずなのに。


「アイラ、君は.……....」


 それより先の言葉は、隣町が見え始めたことで遮られる。リルのしようとした会話は口に紡がれる事も無く有耶無耶になる。そんな雰囲気など気づいていないかのようにアイラは目の前に見える町を指差した。


「師匠、町が見えてきましたよ」


「........だから僕は師匠じゃないってば。でもそうだね、行こうか」


 今いろいろ考えたところで仕方ないし、とりあえず目先のことに集中しよう。この謎はきっと僕と同じように彼女の秘密事なんだ。そうやって互いに折り合いをつけることで忘れることにした。


 目の前に広がる雰囲気が暗く活気のない場所、悪魔の王様がいる町は目の前だ。


 門で区切られた町の中に入ると、ただただ活気の無い陰湿な雰囲気が漂う、いたって普通の町の光景が広がっているように見えた。悪魔の王様がいるというくらいだからもっと魑魅魍魎とした町を想像していたけど、そんなことはなさそうだ。


「何かあるのは分かるけど、そんなにおかしな町ってわけでもないね」


「でもそれが逆に気味が悪いです」


 そう、それがこの町の異質さを表している。普通すぎるのが逆に怪しく感じてしまう。歩いていても表情のない挨拶があることも、市場も商会も当然のようにやっていることも考えれば考えるほどおかしなことのようにしか思えない。


「あの、すみません」


 試しに声をかけてみるも、その声は届いていないのか返事はない。あくまであちら側から挨拶はするという体裁らしいがこれでは情報収集も何もあったもんじゃない。


「あの、聞こえてますか?」


 そう言って何度も声を掛けても返事がないので、我慢しきれず彼女の肩に手をやった。するとゆっくりと彼女は振り返ると合わない目を合わせてくる。彼女の目は完全に虚ろになっていた。


「えっ?」


 困惑して後ずさりする。 周りの人たちをよく見るとその目には生気が灯っていなかった。瞳孔の開いた目には僕たちのことなど映ってはいない。これでやっと噂は確信的なものへと変わる。


 やっぱりこの町には悪魔の王様がいるんだな。


「アイラ、一旦この町を出よう。ここにずっと居たら危ない気がする」


  彼らの目を見ていると自分まで何かに取り憑かれてしまうような気がしてくる。安全を考えるなら町の状況がどうなっているのかを見極めた方が良い。最悪の場合も視野にいれるべきだ。だが、事はそう簡単な話ではなくなっていた。


「そうもいかないみたいですよ」


 アイラの言葉通り、町の人たちの動きがなんだかおかしい。


 ガガガガガガガッ。


 町の入口の門が閉まっていく音。家の中にいた人々は合図を受けたように外へと出てくる。彼らの手には様々な武器があり、虚ろな表情と相まって今すぐにでも襲いかかってきそうだ。


「ほんとだね。これは、逃げられそうにないかな」


 夕刻に無く鴉の声が、王の笑い声のように聞こえる。どうやら二人は既に、王の足元まで足を踏み入れていたようだった。

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