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悪魔祓いの跋渉録  作者: 日朝 柳
悪魔の王様
3/17

お断り

「あぁ。あんなに沢山のご飯を食べたのは久しぶりだな。あのお母さんにまたあったらお礼しないと」


  お母さんのご飯はどれも食堂で食べたもののように美味しく、お腹が減っていたこともあって手が止まらずにたくさん食べてしまった。満足気に森の中を歩く足取りは、腹ごしらえをすることができたこtもあり軽い。


 あまり人と接触しないようにするために獣道を利用してその町へと向かっているが、何やら後ろから誰かのドタドタとした足音が時折聞こえてくる。


 最初は獣が通っているんだろうなと思って無視をしていたが、すでに何度もその音が聞こえてくるためどうもそうでは無いらしい。一定の距離を歩くとその足音はすかさずこちらに向かって近づいている。そんなことを獣が考えながら行っているようには思えないし、この森にそこまでの獣がいるとも思えない。


 わざとらしく音を立ててその場で足踏みをしながらゆっくりと後ろを振り返ると、木に隠れきれていない小さなマントと頭がはみ出していた。どうやら僕にバレていると気がついていないようだ。


「もうちょっとだけ気付かないふりをしておこう」


 そう思って何事もなかったかのように再び歩き出す。後ろの足音は十歩くらい進む度に近づいてくる。時々転んだり大きな音を立てたりしているが、気づかないふりをする。きっとよっぽどどんくさいやつなんだろうな。


 ドタンっ!


 綺麗に大きく転んだ音が聞こえ、流石に痺れをきらして後ろを振り返った。すると、ちょうど後ろを追いかけてくる誰かと自分の目が合ってしまった。


 マントに見え隠れしている瞳が青く翡翠のようにキラキラと輝いた。なんだか嫌な気配がしてその場を走り去ろうとするが、背後から聞こえた声はこちらに必死に迫ってくる。


「ま、待ってください!」


 僕のコートを強く握り締め、歩みを止めようとする。振り返るとマントを頭からとった少女が体を引きずられるようにしながらこちらを見上げていた。


「…………ごめん、だれかな?」


 薄灰色の髪に白い肌、瞳の色が少女の容姿を大きく目立たせている。だが見たことも無い彼女を前にして、かける言葉はこれくらいしか思いつかなかった。


 少女は少し逡巡した後、意を決したようにこちらに目を向けながら口を開いた。


「リルさん、ですよね?」


「そうだけど。なんで僕の名前を?」


 すると尋ねてきたのは彼女のほうなのに何故かあたふたと慌て始めた。深呼吸を促して一旦落ち着かせると、またその翡翠の瞳をこちらに向けてくる。


「私、あなたの弟子になりたいんです!」


 精一杯叫んだ彼女の声はちゃんと僕の耳元に届いた。なんの突拍子もない少女の言葉に一瞬驚く。だけど、僕はそれを聞いて少しだけ心が痛んだ。なぜならその願いに応えることはできないから。


「…………それは、無理な話だよ」


 こういう時ははぐらかすのではなく、キッパリと断った方が彼女のためだ。何より僕なんかよりも魔法を教えるのなら向いてる人なんていくらでもいる。こんな出来損ないの、厄災みたいな僕には弟子なんて似合わないし、いるべきじゃない。そう考えてしまうくらい、思い出の中で失ったものが頭の中で巡る。


「どうして、ですか?」


 当然、少女はその言葉を聞いて食い下がらない。その不安げな声はさらに僕の心を強く締め付けていく。どうしてそんな顔をして僕の事を見るんだ。余計に苦しくなるじゃないか。


「だいたい、君は誰なんだ? 僕は名前も知らないようなやつを弟子にする気になんてなれない」


 逆に言い寄られることは予想もしていなかったようで、僕の質問にはすぐに答えが返ってこなかった。まるで何か慎重に言葉を選んでいるような感じで彼女は質問に答える。


「私は…………アイラ。そう呼んでください」


「……? そうか、アイラって言うんだね。いい名前だ。それじゃあまたどこかで会ったら」


 僕は少女の名前を聞いた途端、自分のコートを手放していることを確認すると森の中に隠れるようにして走り出した。彼女も慌てて追いかけてくるが、さっきまでどんくさかったのが嘘みたいに一瞬で今度は足にしがみついてきた。


――――――――――—―――――――――

 ズザザザザザ。


「重い、離してくれないか」


 丁重にお断りしたはずの少女は足にしがみついて離れない。自分の体が砂まみれになるのも躊躇せずに必死で力を込めている。


「弟子にしてくれたら、離します」


 さっきから問答を続けながらその足を引き摺っているが、帰ってくるのはその言葉だけ。もう弟子はとらないとさっき答えたはずなのに一向に引く気配が無い。


 このままだと純粋に度に影響が出ると思ったリルは一度立ち止まって彼女を立ち上がらせる。きっともう一度ちゃんと言えば諦めてくれる。そう思って今度は少し厳しい口調で彼女に言った。


「いいか、僕にはもう誰かに何かを教える資格はないんだ。だからどうしても魔術を学びたいなら他の人をあたってくれ」


 そう声を張り上げて立ち去る。少女はやっと言葉を受け止めてくれたのか、体を掴んでくることは無い。


 だがしばらくして突然、口を引き縛ってそれでも我慢できなかったかのような声を彼女はあげた。


「それでもっ! 私はあなたじゃないとダメなんです……」


 最初こそ力強かった言葉も、最後の方には自信が無くなったように彼女の声はだんだんと小さくなって消え入りそうな大きさになる。


 そこまでして僕に執着する理由なんてあるはずがないと思っていただけに、足が自然と止まる。ただぶっきらぼうにしたことこそ反省するつもりもないが、彼女にも何か理由があるんだと思い、とりあえず事情を聞いてみることにした。


「そこまで言うなら理由があるんだろ? それを教えてくれないか」


 するとさっきまで元気の無かった少女の顔に少しだけ明るさが戻っていく。彼女はその日の事をまるで今日の出来事かのように話し始めた。


「これは、私の村での出来事です。私には双子の妹がいていつも一緒に遊んだりしていました。服も、靴も、髪型もお揃いにして、とにかく仲が良かったんです」


 彼女はそのまま続けて話す。


「でもある日、彼女が突然魔法を見せてきたんです。最初は驚いたんですけど、それがいいものでは無いと知っていました。だけど、誰にも言わないまま二人だけで遊ぶ時にはこっそり魔法で遊んでたんです」


「もちろんそんなことは長続きしません。二人でいる時に魔法を使っているのが親に見つかって、すぐに妹は異端児とされて幽閉されました」


 すると彼女は顔を上げて言った。


「その時にたまたまやってきた祓魔師があなただったんです。妹に憑いた悪魔をあっという間に祓うと、すぐに去っていきました。その姿が私には眩しすぎて、私もあんな優しい人になりたいと思ったんです」


 そんなことを言われたのは初めてだった。禁忌を侵した僕にとって優しいなんて言葉は似合わない。分かっていても、実際に言われるとやっぱり嬉しいと感じてしまう。たくさんの祓魔をしてきて、そんなことをしたのかと自分でもあまり記憶は無いが、誰かの役に立てたのなら良かった。


 …………だけど、それとこれとは別の話。その話は彼女の信頼にも繋がらないし、僕が弟子をとる理由にもならない。


「こちらこそありがとう。僕もそんな風にして誰かを助けることができたんだったら、とても嬉しいよ。でもだからと言って僕は君を弟子にする事は出来ない。これは僕のケジメなんだ。それを果たさないと僕の気持ちが収まらない」


 それでも彼女は一歩も引いてこようとはしない。むしろさっきよりも強気になっている。


「いいえ、私はそばにいるだけでいいんです。お願い出来ますか?」


 何がそんなにここまで彼女を意固地にするのかが僕には理解が出来なかった。僕にあるのは一つの禁忌と、どうしようもないろくでなしの思い出だけだ。


 踵を返して僕は再び歩き出そうとする。このまま引き伸ばしてもどうせ彼女は引いてくれない。なら、無視をしてやればいい。いつか言葉を投げることすら億劫になってどこか他の誰かの弟子にでもなるだろう。


「それなら、私にも祓魔を手伝わせてください」


「君に何が出来る」


 無視すると言って数秒もしないうちに思わず僕は振り返ってしまった。彼女の言葉に希望を見出したのか、呆れて怒りを感じたのかは分からない。だが振り返ったのを見て彼女はさらに頼み込むように言う。


「私は、普通の魔法は使えないです。だけど貴方の隣に、いや後ろから支えることは出来ます。一人じゃいつかは倒れちゃいますよ。でも私を支えにして、また立ち上がってくれませんか」


 まるで僕の足跡を辿ってきたかのような言い草だ。そんなことは僕以外ありえない筈なのに。だけど、そんな彼女の言葉がストンと心に落ちてきた。もちろんそれで彼女を弟子にするわけじゃない。ただ、なんとなく彼女の言葉には自信があるように感じた。


「僕は君を弟子にする気は無いよ」


「必ず弟子になってみせます」


「言っておくけど、いい暮らしは出来ない」


「大丈夫です。こう見えて、森育ちなので!」


 もう半ば諦めで、言葉も出てこない。自然と苦笑いをしてしまうくらいに。


「分かった。そこまで言うなら勝手に着いてくればいい。どうなったって知らないし、いつまでも僕は弟子を取るつもりは無いから」


「やった! ありがとうございます、師匠!」


 だから師匠じゃないってば。そう言い返す頃にはもう大はしゃぎしていて、こっちの言葉なんて全然聞いてさえいなかった。


 薄灰色の髪の隙間から覗く、彼女の翡翠色の瞳に自分が反射して見えた。どうしてか、そこまで嫌そうな顔じゃなかったのが少しだけ不服だった。

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