相棒
飛び立つ梟は森の中へ姿を消し、その羽ばたく音すら耳には届かない。遅れてアイラは追いついたが、まるで誘き寄せられたように彼女もまた森の中に迷い込む。
「戦うってことは、やましいことでもあるってことだ。………あの船を燃やしたのもお前達だね」
「知る必要は無いだろ。なんせ、ここでその命を朽ち果てさせることになるんだからなっ!」
男が腕を振り下ろした瞬間、音もなく迫った何かがリルの肩を切り裂くようにして通り過ぎていく。咄嗟に反射で躱したがその肩にはしっかりとかぎ爪で削り取られたように服ごと切り裂かれている。
肩を抑えながら後退するも四方は既に森の中、いわば相手の独壇場。深入りせず早々に手を引いておくべきだった。わざわざ相手の懐に入り込むなんて自分も頭に血が昇っていたのかもしれない。
「師匠、血が……」
「これくらいどうってことない。それよりも飛んでる梟に意識を向けて。どこから攻撃してくるか分からないから」
こんな無限に姿を隠せる場所があるといってもいいような場所で攻撃を避けるのは至難の業だ。だが決してできないというわけじゃない。
魔法使いや祓魔師の中で召喚士、つまりテイマーと呼ばれる人達には総じて共通の弱点ともいえる課題が常につき纏っている。それこそが使役している対象に指示を出す瞬間に生まれる大きすぎる隙。防御の障壁を貼ろうと何をしようとも、その瞬間だけは自分自身の危機に対応する術を持たない。
だからこそその指示の瞬間は絶対に見られてはいけないのだ。……お前のようにすれば、こうなるんだから。
「シュヴェルクラフト・ホリゾンタル」
見せた一瞬の隙、暗闇だろうと月夜の下なら見逃すはずもない。男の足元に歯車が回るように陣が形成されると魔法は男の常識を飲み込んだ。理を傾けるその魔法によって体が浮き、地面から解放され、一直線にリルに向かってくる。
「ほら、言わんこっちゃない」
向かってくる男を球に見立て、大きな杖をバットのようにして大きく降り下ろす。直撃の寸前で魔法を解けば重力に従い再び地面に引き寄せられるが、一瞬その身体は宙に浮いた。直後、地面に叩きつけられた男は呻きながら意識を失う。
いくら非力なリルだとしても硬い木でできた杖で思い切りお腹に降り下ろされれば耐えられない。出遅れたように背後から背中にかぎ爪を突き立ててきた梟だったが、アイラがリルを呼んで気づいたことでそのまま重力魔法の餌食となった。
「治癒魔法、干天の慈雨」
癒しの雫が滴り、それに触れると流れていた血は止まり傷が少しづつ塞がっていく。
「完全に治癒した訳じゃないですけど、多少は体の痛みも治りましたか?」
「うん。ありがとうアイラ」
さて、ここからはこいつを問い詰めないといけない。少なくとも天蠍宮に行く方法だけは引き出せなかったら僕らはわざわざこの町に来ただけで時間を無駄にしたことになる。
それに後々のことを考えれば、また88星座の何処かの祓魔師なり魔法使いがここに訪れて同じ目に遭わないようにするためにもこの問題は解決してもかないと。
しばらくして、気絶していただけの男はゆっくりと目を覚ます。夜の森の中、じんわりと辺りを照らす焚き火の炎に見えるその顔は二人を目にして何があったのかを思い出す。手足は縛られ、隣では木で編まれた籠の中に梟が放り込まれている。最も得意な夜のフィールドで負けたんだ。これ以上の言い訳のしょうがない。
「やっと目を覚ました。寝心地はどうかな」
「見た目に反して、えげつないことするんだな」
「褒めてるのか貶してるのか分からないな」
「褒めてるんだよ。さすが”本物”の魔法使いはやることが違う。偽物には到底真似できない」
言葉の節々から随分と十二宮の人たちを毛嫌いしているのが伝わってくる。小馬鹿にしたその態度にいちいち噛みつくほど子供じみてはいないリルだったが、どうして彼がそんな態度を取るのかは理解ができない。
「どうしてそこまで十二宮の人間を毛嫌いする? 何かお前達に不利益になることでもしたっていうのか」
「何ふざけたこと言ってんだ? だいたいお前たちがっ…………やっぱりなんでもない。神様はどうやらちゃんとみているみたいだ。お前たちに天罰が下ると知って僕は安心したよ」
突然、森がざわめきだした。波打つようにして木々が沸き立ち何かが押し寄せて来る気配を感じ取る。確かこの男が向かっていたのもこの森のはず。いつの間に仲間を呼んだんだ? だが今はそんなことを考えている暇は無い。草木を掻き分ける音はあっという間に近くまで迫ってくる。
逃げる間もないほどのスピードで戦いを終わらせようと何人もの魔法使いがその影を地面に映した。追い詰めたはずが追い詰められた二人はその背中を互いに預けて、相手と睨み合う。
「なぜ、表舞台にいるお前たちがここにいるんだ」
現れた人影の中で、一際年を取った半生を過ぎ去ったであろう男が前に出て二人に問いかけた。その眼には明らかに敵意を感じる。
「僕たちは別に争うために来たわけじゃない。ましてや、裏星座の人の住まう領域を奪いにきたわけでも」
そんな言葉を信じてもらえるなら話は簡単だが、そういうわけにもいかない。男はリルの言葉が終わった瞬間、それを拒絶するように手を挙げて何かの合図を送る。すると影は動き、音のしない何かが次々に飛び交った。まるで狩る側と狩られる側。交渉の余地は見込めない。
「ならこんなところに何をしにきた。山を越えてまでここに来る理由は? どうせお前たち、ライブラの者だろう」
「だからなんなんだ。僕たちはただ、天蝎宮に向かいたいだけ。すぐに出るつもりだったのに邪魔をしてきたのはそっちだろう」
「やはり相容れんな。…………やれ」
男の一言でリルたちを囲っていた魔法使いは一斉に杖を向けると寸分の狂いも無いように一言一句同じ詠唱を行う。影が地を離れ節を作ると二人に掴みかかっていく。
「シュヴェルクラフト・ホリゾンタル」
優位だった状況はたった一節で覆る。伸びた影は二人を掴めず、どんどんと距離を取っていく。杖をまるで箒のようにして跨る二人は目の前に次々と飛び込んでくるように見える木々を避けてながら森を抜けた。
「ここまでくれば大丈夫なはず」
ゆっくりと魔法を解くとそのまま地面に着地して辺りを見渡す。開けた場所に出たのは良いが、それは逆に見つかれば格好の的になるということ。すぐにでも港町に戻った方が良い。そう思った時には後ろの森から影が這い出てきたように空を覆う何かが飛び立つ。
「梟だ。急ごう」
「そうですね。走りましょう!」
町に梟たちが襲来するまでに二人は何とか宿を取り切って中に入ることができた。その慌てっぷりに宿主は不審に思ったが、出すものはしっかりと出されては見逃すしかない。
宿の窓から外を覗くと夜に特化した梟は鼻までいいということはないみたいで、二人のことを見つけられずただ静かに空を舞っている。これで夜に外は出られないことは確定したが問題は明日だ。
「もうこの町に逃げ込んでるのはバレてるし、どうしようかな」
「とりあえず寝ませんか。師匠も疲れてますよね?」
確かに、夜になってもずっと気を張りっぱなしな気がする。なんなら今も梟に見つかるんじゃないかと気が気ではないのはアイラには言っていない。だが目の前にはふかふかのベッドに気持ちよさそうに倒れ込んでいる。
「師匠、寝ないんですか?」
最初こそ朝まで警戒を緩めるつもりはなかったが、その言葉はゆっくりと溶けていくと僕を堕落へと誘う。布団に入ると自然と警戒は緩んで気づいた時には目を閉じていた。
「おやすみなさい、師匠」
そうしてスイッチが切れたように意識が閉じていく。握られた彼女の手の温もりを最後まで感じながら。




