暗愚
船の炎上があったのであまり町のことが分からないままだったことを思い出し、改めて町の中を散策する。行商人は、この町が魔法使いと共生していると言っていたが今のところそんな様子を見て取ることはできない。
正確には、魔力を感じるのにその相手が視界に入ってこない。まるでわざわざこっちと鉢合わせするのを嫌がっているみたいで、その証拠にさっきから感じる魔力が周りから離れていかない。こうも魔力がちらちらと感じ取れると鬱陶しいとすら感じる。
「アイラ、ここは手分けして調べよう。魔法使いが一人、隣の通りにいる。合図したらアイラは南から回って欲しい。僕は北から挟み撃ちにするから」
「分かりました!」
アイラは僕の言ったことを忠実に守り、合図をするまで本当に側から離れない。こっちが行動を開始するとは思っていないはずだ。タイミングを見計らう。ちょうど通りの真ん中ほどで僕は彼女に合図を出した。
その瞬間、互いに向く方向を変えると一気に走り出す。最短で角を曲がりこちらが動き出したことに気づかれたがこちらの方が一足早い。すでに隣の通りに入った二人はそのまま後は距離を詰めるだけ。人通りを抜けるとそこには自分達と同じように控えめな黒のマントを羽織り杖を持つ魔法使いの姿があった。
「すみません」
背後から声を掛けられ、逃げ切れないと判断した魔法使いは杖に掛けていた手を降ろす。いざとなればこんな人通りの多い場所でも魔法を使うつもりだったみたいだ。
「なんですか?」
「しらばっくれるつもりならこっちだって考えがありますよ」
彼女が怒り顔で迫る。それにはつい苦笑いをしてしまったが、相手は彼女の方を見ていてそんなことには気づかない。諦めて着いてくるのかと思ったが、その場から男は動かない。
まるで何かを待っているかのようだと思い、夕日で陰る男の背中をよく見るとそれは何かが笑っているように見えてくる。そして段々と立体的に浮かび上がる影は大きな翼とこちらを見透かすような眼球を携えて男の腕にとまった。
「それでは、さようなら」
「ちょ、待てっ!」
咄嗟に手を伸ばしたが、届いたのは中身を失ったマントだけで彼の痕跡はなに一つとしてそこに残っていなかった。周囲の魔力は消え、僕らだけがこの町に取り残されたみたいだ。
「やられた…………」
「でも相手が梟座の人だって分かったんじゃないですか? 梟を連れてましたし」
「だな。進歩だと考えればいいか」
問題はその梟座のある里がどこか分からないこと、そして一番はやっぱり天蝎宮に向かう方法を目の前で失ったことだ。ここから梟座を避けていったとしてもその問題をどうにかしなければ、僕たちはずっとこの町から抜けられない。
「アイラ、港に向かおう」
「探しにいかなくていいんですか?」
落ちたそのマントを両手で持ち上げた彼女は顔を上げる。僕はそれを彼女から受け取り丁寧に畳むと、それを彼女に返し、質問に答えるよりも先に足を動かした。後ろから着いてくる彼女が隣に並んで、僕は改めて港の方を見る。
「もしさっき船を燃やしたのが梟座の誰かの仕業なら、僕らが動いているだけで目をつけているはず。もしもう一度船を燃やそうとするなんてことが起こったら、今度こそ天秤宮の名を以って制裁を加えればいい」
「……師匠、怒ってます?」
「そんなことはないよ。ただ、前にも裏星座の連中には面倒をかけられた事があるだけだ」
とは言っても、その時はここまで派手じゃなかったが。仕方ないか、今日は宿で夜を明かすしかなさそうだ。また明日にでも他の船で天蝎宮に行けないか確かめに行こう。
「アイラ、今日のところは宿に泊まろう」
「師匠。私の話を信じてくれるかは分からないですけど、さっき逃げた人がどこに向かったか分かりました。……追いかけます?」
道理でさっきから彼女は心がどこかにいってしまったような顔をしていたのか。魔法の方に集中していたみたいだけど、魔法陣も敷かず詠唱も行っていないのにどうやってその場所を突き止めたんだろう。
彼女はゆっくりと魔術回路を迸らせたのを隠すように自分の持っている杖を隠す。その視線の先には目標までの案内が見えているように先を見据え、まるで僕が追いかけると言うのを待つ子犬のような上目遣いを向けてくる。
「分かった。探しに行こう」
「師匠ならそう言うと思ってました!」
いつの間にか水平線には半球がかかり、アイラの目に映る太陽が笑顔の彼女を明るく照らす。魔法使いと共生しているという行商人の言葉をどこまで信用していいのかは分からないが、これくらいならいいだろう。
背負っていた大きな杖を手に握り、それを使いながら地面に五芒星を基調とした陣を描くと詠唱を始める。
「シュヴェルクラフト・ホリゾンタル」
僕はアイラの手を引いて飛び上がると、そのまま体が何かに引っ張られるようにして彼女の示した方へと引き寄せられる。あっという間に町を過ぎ去り自然だらけの外界に出ると、さっきの男の姿が見えて魔法を止めた。
勢いに乗った体がそう簡単には止まらないが、ちょうど流れていた川が見えて二人はそのままそこに着水する。反射的に顔を上げると雨のようにしぶきを上げた水が降ってくる。
「ごほっ、ごほっ! アイラは大丈夫?」
「はいっ、それよりも魔法使いを!」
町を出て余裕綽々だった相手は、追いつかれることなど気にも留めていなかった。目の前に大砲で飛ばされたみたいに飛んできた二人を見て走り出した。肩に乗っていた梟は空を飛びこちらを射ぬく視線を夜空に隠して飛ぶ。
「師匠、先に行ってください。私は遅れて着いていきますから。効果付与、身体能力上昇」
軽くなった体で川から軽々と出ることができ、彼女の事を信じてリルは走って逃げる魔法使いを追いかける。重力魔法を駆使して森の中に逃げ込んだ男の前に立つとゆっくりと走る足を止めた。
「いったい、なんなんだ。僕に何か用か?」
「その言葉をそっくりそのまま返すよ。町の中でもこそこそとこっちを追いかけておいてよくもまぁ、そんなことを白々しく言える。こっちの素性を知って偵察にでも来たなら考えがあるぞ、裏星座の魔法使い」
裏星座の人間だとするなら、わざわざこっちに危害を加えることは無いだろう。なんせ、見つかったら逃げる徹底ぶりだ。その腕に梟を手繰り寄せるがまるでこちらの言葉を待つようにその場で立ち止まった。
だがどうやらそうではない。彼がその場で立ち止まったのは言葉を待っていたからではなく、明確な敵対心を融解し表出させるために時間をかけたに過ぎなかった。
「良いだろう。十二宮相手に僕たちが引くと思ったら大間違いだからな」
そう言って男は、腕に留まった梟を解き放った。




