慧眼
荷馬車に揺られた身体に、アイラの頭がぶつかってきて目が覚める。まだ昼も回っていないのにこんなにものどかだとつい、うとうとして目を瞑ってしまう。
馬が歩き、荷馬車の車輪が回る音が一定のリズムを刻みながら聞こえてくる。ふと行商人を見ると僕が起きたことに気が付いたようで町の近くまで来ていることを教えられた。隣でぐっすりと寝ているアイラを起こして顔を上げると、確かに遠目ではあるが町の輪郭が見えている。
「気持ちよさそうに寝ていましたね」
すると顔を見られていたのと思ったのか、アイラは気恥しそうに僕を盾にするようにして顔を隠す。勿論彼は手綱を握っていたのだから見えるわけがないのたが、それに気づかない彼女は冗談だと言われるまで信じきっていた。
「この辺りでよろしいですか?」
「はい、何かお礼が出来れば良いんですけど」
見たところ霊に取り憑かれているなんてこともないだろうし至って健康的な彼にできることはあまり無いかもしれない。が、彼は一つだけ困っていることがあると、少しだけ申し訳なさそうにして言った。
「その、私があまり魔法使いという職業について知識が無いので無理難題を押し付けている事になるのかもしれないんですが、この魔石で動くランタンの調子が最近悪いのが悩みでして、調子を取り戻したりすることはできないですかね?」
魔石というのはこの世界において最も汎用的な燃料だ。魔法使いがもたらしたものの中で最も革命的だったものの一つ。今じゃ魔法を知らなくてもその身近に魔石はある。それくらいに人々の生活にそれは溶け込んでいる。
が、魔石という名前が付いているからと言ってそれが魔法使いが自由に扱うことのできるものになるとは限らない。僕はその調子が悪くなったというランタンを受け取って中にある魔石を確認した。
「純粋に、魔力が無いだけだなこれは」
そうひとりでに呟いて魔石に手を翳すと自分の魔力を送った。それはすぐに溜めることのできる魔力の上限に達して光を放ちだす。そうして元に戻して蓋を締めてスイッチを捻ると光はゆっくりと収まっていった。
「たぶん、中に入っている魔石の質に対して使い過ぎだから切れるんだと思います。できるなら交換した方がいいですよ」
「なるほど。また鉱石店に立ち寄ることがあれば聞いてみることにします」
行商人はお礼を言ってランタンを荷台に置くと、手綱を引いて道を引き返し始めた。別れの挨拶もほどほどに馬はどんどんと歩みを進め、気づけばその背も見えなくなる。
見えなくなってリルはやっと肩の荷が下りたようにどっと息を吐いた。その足はそのまま酒場へと向かう。席に着くと、名物だという葡萄を搾って作ったという飲み物を頼んだ。
「師匠、さっきから疲れた顔してどうしたんですか?」
「じゃあ、なんで疲れてるか当てられたらアイラにも同じの頼んであげるよ」
「え、いいんですか?! …………荷台に乗ってたら酔ったからです!」
「全然違う」
それなら呑気に飲み物なんて頼んでる場合じゃないだろう。だが、疲れたリルはそんなことを返す元気もない。ちょうど、搾りたてのジュースが運ばれて来る。手に取ると程よく冷やされていて僕は一気にそれを飲み干す。
「正解は敬語に疲れた、だ」
「確かに、あの人といるときはずっと敬語でしたね。なんでですか?」
「相手が丁寧なのに、こっちが崩して話してたらあれだろ。僕だってその辺りはちゃんとしてるんだよ」
おかげでしばらく寝ていたはずなのに、全然寝た気にはなれなかった。そういう意味で、疲れた体に流し込む糖分はいつも以上に身に染みる。おかげで元気だけは取り戻すことができた。
「それで、アイラは飲むのか?」
「え…………飲みますっ!」
店を出て隣を見ると満足げな顔でふんふ~んと言いながら歩くアイラの姿があった。確かに、あれはその場で適当に頼んだにしては美味しかった気がする。二人はそのまま天蝎宮の大陸に船で渡るために町の海沿いへと向かった。
人の流れがずっと一定だった通りが突然、道が塞がれたように溢れかえった人が何かを見ている。その奥では黒く煙が上がっていた。
「なんだあれ」
「燃えてる? 行ってみましょう」
人が少ない通りを探して海が見える場所まで進む。するとその煙が上がっている場所が遠目でもはっきりと見える。かなりサイズの大きな船が火をくべられたように燃え盛っていた。
「もしかして、あれって僕たちが乗ろうとしていた船じゃないか?」
僕はアイラの手を引くと確かめるために近くまで人の少ない港の防波堤へと出た。少しづつ沈んでいくと同時に火の勢いが弱くなる船。数分もしないうちに火の手は収まり、白へと変わった煙が静かに空へと伸びていた。
近くにそれらしい船が無いのを見るに、やっぱりあれが乗ろうとしていた船だろう。
「弱ったな。また他に海を渡る方法を考えるしかない」
「それは確かに困りましたね。…………ひとまず情報収集でもしますか?」
「だな。いい具合にお腹も空いてきたしちょうどいいだろ」
さっき来たはずの酒場に舞い戻ると情報だけが流れ込んできたように、多くの人が沈んだ船のことについて色々と話をしていた。聞き耳を立てながら食べる食事の味は正直よく分からなかったが、おかげで情報はそれなりに得ることができた。
「つまり、あの船の炎上は意図的に誰かが行ったものだってことになる。なんだか面倒に巻き込まれた気がするのは僕だけ?」
「師匠ならたぶんなんとかできますよ。それに一人じゃないですよ?」
「そうだな。今回の活躍によってはここでアイラは置いていかないといけないかもしれない」
「そんな師匠、嘘ですよね?」
冗談めかして言ったつもりだったが、どうやら本気だと思ったらしく急にあたふたとこちらを見ながら嘘だと言ってほしそうに見つめてくる。
「冗談だよ、冗談」
それを見ているとなんだか面白くて笑みがこぼれてくる。出会った時ならまだしも、今の僕は別に彼女と別れなくてもいいと思ってる。もちろん、彼女の師匠になるというのは認めていないけれど。
「さて、行こうか。梟座というものを探さないと」
こんなところで旅を終わらせないためにも、梟座を探し出すために酒場を出た。




